エリントンのアルバムは、一説には1,000枚以上あるとも言われています。
たしかに、いざ聴こうと思ってタワレコやHMVなどのエリントンのコーナーを覗いても、ずらっと数列にわたって輸入盤が並んでいて、どれを聴けばいいのか迷いますよね。
ジャケ買いしようにも、どのアルバムもエリントンの顔がアップで写っていて大した違いがありませんし…。
あるジャンルやミュージシャンにどういう形で出会うか、というのはとても大事なことで、その出会い方でその後のつきあい方が決まってしまうことが多々あります。
聞いた話では、20世紀の文学にあれほどの博識である故・柳瀬尚紀氏が映画に言及しないのは、学生の時に観た『去年マリエンバードで』がトラウマになっているから、らしいですし(若島正氏・談)、
わたしが初めて飲んだ日本酒は「料理用」の「鬼ごろし」を飲まされたために、そのえぐみにやられて、長いこと日本酒は苦手なお酒となってしまいました。
また、これは友人の話ですが、Steely Dan、Donald Fagen が素晴らしいという噂を聞いて初めて手に取ったアルバムはなぜか『Kamakiriad』で、いまひとつピンとこなかった彼は、その後Steely Danを手にすることはありませんでした…。
そういう意味でいうと、管理人のエリントン初体験は高校生の頃で、決して幸せな出会いではありませんでした。
今でも鮮明に覚えていますが、エリントンを聴こう! と意を決して、休日に埼玉の田舎から上京し、池袋西武のWAVEのエリントンの棚の前で、どれがどれやら判断がつかぬまま30分近く迷ったあげく、購入したのはなぜかトリオのニューヨーク・コンサート。
……これが絵に描いたような「失敗」。
色彩豊かなゴージャズなビッグバンド・サウンドはいつまで経っても現れず、CDの再生が終わってからジャケ裏を読んで、初めてこのCDがトリオによる演奏であることを知りました(…遅すぎます。しかし、ジャケ裏のクレジットを確認するのがジャズファンのマナーであることを知るのは、数年後のことなのです)。
以後、大学に入るまで、自分からエリントンの音楽を聴くことはありませんでした。
New York Concert - May 20, 1964
因縁の一枚。
だが、ピアノトリオとして聴くと実は面白い1枚です。
…と、管理人のように、せっかくエリントンに興味を持った人が、
その出会いを不幸な形で終わらせないために、
簡単なディスクガイドを作ってみました。
「質」と「量」がこれだけ手強い大物に取り掛かるときは、
道に迷わないためのガイドブックが必要なときもあるのです。
膨大なエリントンの音楽をとりあえず分類すると、
ざっくりと「編成」「音楽の内容」「時期」の3つに分類できます
(それぞれの特色などは「1 デューク・エリントン」のところを参考)。
これに「録音形式」を加えれば4つでしょうか。
以下、具体的なディスクの紹介に入る前に、
その音楽の分類を「分類」してみましょう。
【1】
編成 … オーケストラ / コンボ・少人数編成
「オーケストラ」とありますが、編成としてはジャズのビッグバンドです
(ただし、原則としてギターなし、パーカッションなし)。
エリントンは「ビッグバンド」ではなく、この「オーケストラ」という名称に終生こだわりました。
この名称へのこだわりは「ハーモニー」「サウンド」を重視していたことの表れです。
「コンボ・少人数編成」は、1~9人くらいの少人数による演奏、くらいの意味で分類しました。
ピアノソロからスモール・ビッグバンド(形容矛盾ですね)まで、
探してみると実に多様な編成の演奏を残しています。
【2】
音楽の内容 … ジャズ / 前衛美 / ワールドミュージック
・「ジャズ」
ここでいう「ジャズ」とは、
「4ビート」「アドリブ・ソロ」
「構成はテーマ及びそのコード進行の繰り返し」程度の意味です。
…エリントンの音楽は果たして「ジャズ」なのか?
というかそもそも「ジャズ」とは何なのか?
――これはわたしが加藤総夫氏の著作から受け取った「問いかけ」であり、
このサイトはその「問いかけ」への「答え」となる予定です。
なので、管理人は必ずしも「エリントン=ジャズ」とは考えてはいませんが、
「エリントンはジャズの父」と評されることもあり、
ジャズな要素に満ちていることも事実です。
「ジャズ」という観点から聴いてみると、
エリントン・オーケストラは確かに数多くのとんでもない演奏を残しています。
特にライブ盤がすごい。
・「前衛美」
ストライドピアノなどのOJTを受けたとはいえ、
エリントンは正規の、つまり当時の常識で言えばクラシック音楽の教育を受けておらず、
作曲の方法も自己流で学びました。
そのため、エリントンにとっては、
「よいサウンド」の判断の根拠は「自分がよいと思うかどうか」であって、
「あってる/あってない(協和/不協和)」といった、
伝統的・保守的/楽理的な根拠は重要ではなかったにちがいありません。
理論的にはうまく説明がつかないのに、出てくる音は限りなく美しい。
エリントン・サウンドの魅力はまさにここにあり、
どちらかというとリスナーよりもミュージシャンにエリントンファンが多いのもむべなるかな。
音楽史的には、エリントンは「初めて意識的にコンディミ(combination of diminished scale)を使った人物」なんて
説明されることもありますが、果たしてどこまで「意識的」だったのでしょうか。
エリントンのサウンドを分析したら、バークリーメソッドの「コンディミ」に該当した、
というのが実情ではないでしょうか。
エリントンの書法、特にその発想回路は解析不能、再現不能な「謎」として、
いまもわれわれの前に現前しています。
次に、形式的なことについて述べましょう。
このような前例のない前衛的な美しさを表現する媒体として、
エリントンは「組曲」という形式を好み、
これは晩年の1970年代まで変わりませんでした。
もっとも、その形式は、
「舞曲を中心として序曲で始まり終曲で終わる」というようなスタイルにこだわらない、
「あるテーマを元にした一連の曲を自由に並べた」スタイルです。
題材としたテーマは、
シェイクスピア(Such Sweet Thunder)からアメリカにおける黒人の歴史(Black Brown Beige)、
世界的規模の文化混淆(Afro Eurasian Eclipse)まで、実に幅広い内容です。
・「ワールドミュージック」
エリントン・ミュージックの大事な一面。
それは民族音楽にインスパイアされた曲が多いということです。
もっとも、エリントンが果たしてどこまで民族音楽を研究したのかはわかりません。
というか、オリエンタリズムすれすれの独自解釈がほとんどのような気もしないでもありません。
エリントンのすごいところは、それが安っぽく希釈されたワールドミュージックに収まらず、
「エリントン・ミュージック」という一つのジャンルの音楽に創り上げてしまうところ。
ある意味、力技なのですが、若き日のエリントンを一躍有名にした「ジャングル・サウンド」や、
「caravan」はそうした独自解釈によるものです。
【3】時代区分
≪初期≫ 24年 ~ 39年
ワシントニアンズ~コットンクラブ時代 ( -'34)
≪中期≫ 40年 ~ 55年
「3B」の時代 ('39 -'43)
青の時代 -組曲への志向とホッジスの乱 ('43 - '55)
≪後期≫ 55年 ~ 74年
55年体制確立 -後期円熟期の始まり ('55 - '67)
晩年前衛期 -民族音楽への回帰 ('67~'74)
ジャズ史における伝統的なエリントンの評価としては、
やはり戦前の46年頃までを全盛期と考える立場が一般的。
この戦前期は、それぞれ、'27-'34年(コットン・クラブ時代)、
'40-'42年(ブラントン=ウェブスター・バンド)、
'44-'46年(ブラック・ブラウン・ベージュ組曲)とざっくり区分することができますが、
あえて管理人はこれらを戦前の黄金期、とくくってしまいました。
これは、この時期については、すでに比較的多くの言及/研究がされていること、
そしてそれよりも他の年代のエリントンの音楽に光をあててみたい、との考えによるものです。
【4】
「録音形式」、「販売形式」
録音形式 … スタジオ録音/ライブ録音
販売形式 … 邦盤/輸入盤/ダウンロード
以上、簡単な分類でした。
音楽の内容面にしたがって、
とりあえず管理人オススメのオーケストラの3枚のアルバムを紹介します。
それぞれの内容ごとに「気に入った人のために」として、
リンク先にさらにオススメのアルバムを紹介してあります。
あと、エリントン・オーケストラには、
ホッジズやカーネイといったセクションプレイヤーに匹敵するような、
長期雇用のボーカリストこそいませんでしたが、
ボーカルをフィーチャーした、いわゆる「歌もの」の録音はたくさんあります。
これもエリントンの音楽の魅力の一つなので、紹介しておきましょう。
さらに、残念だけどこれらのオーケストラの演奏にピンとこなかった人、
またはピアニストとしてのエリントンに興味がある人のために、
コンボ/ソロ・デュエットの演奏も紹介しておきます。
紹介した時期が「後期円熟期」に偏っている感がありますが、
それは管理人自身がこの時期の演奏を愛しているせいです。
ただ、そうは言っても、戦前の黄金期の3期の音楽('27-'34,'40-'42,'44-'46)は、
エリントン・ミュージックの本質を語る上で外せないので、
管理人がこれらの音楽をどう考えているかも述べました(それぞれのリンク先)。
以下、エリントンの膨大なディスコグラフィーの中からの、とりあえずの5枚。
簡単なディスクガイドとして参考にしてください。
【オーケストラ】
・The Great Paris Concert, 1963, 2/1, 2, 23
(ジャズ、後期円熟期、ライブ録音、輸入盤)
エリントンのライブ盤ベストにして、
「ジャズ的」要素に満ちたアルバム。
ファンの間では「パリコン」と呼ばれたりもしますね。
軽いレベルからシリアスなレベルまで、
いろいろな人から、「ジャズってなに? どんな音楽なの?」と、よく質問されます。
それだけ「ジャズ」という音楽の定義は難しく、
つかみどころのない音楽だといえるでしょう
(ちなみに、管理人の考えは、『We Live Here』の広告コピーのパット・メセニーの言葉、
「ジャズの唯一の伝統。それは、絶えることのない変化だと思う」が一番しっくりきます。
もっとも、そう答えたところで、質問した相手には何も伝わらないのですが)。
ただ、そうはいっても「ジャズ」という言葉でぼんやりと共有されるイメージは存在します。
それは例えば「インプロヴィゼイション」、「4ビートに代表されるグルーヴ感」、
「モダンなハーモニー」、「コンボ、ビッグバンドという編成」などが挙げられます。
この観点で聴くなら、エリントンのこのパリのライブ盤はまさに「ジャズ」。
意外なことに、コテコテのジャズファンから敬遠されがちなエリントンですが、
このライブ盤はむしろジャズファンにこそ愛されそうな音楽です。
難を言うならCDで2枚組なので、少々長尺であり、
焦点がぼやけてしまうところでしょうか。
2014年にvol.1, 2 の形式で邦盤が発売され、入手しやすくなったのも嬉しいですね。
ぜひ、2枚組の購入をオススメしますが、どちらか1枚というのなら、vol.1。
エリントンのヒット曲が多いvol.2も悪くありませんが、
音楽的な完成度から考えると、まず聴くべきなのはvol.1なのです。
エリントンのピアノトリオ演奏「Kinda Dukish」で幕を開け、
「Rockin' in Rhythm」に雪崩れ込む流れは聴くたびに昇天。
この流れ、大西順子さんもカバーしてますね。
そして祝祭のグルーヴに満ちた「Perdido」…!
クールなテナーのユニゾン・ソリからの大ソロ大会。
単なるソロ回しに終わらず、その順番・バッキングなどの有機的な絡み合いはすべてが完璧。
ホッジス、クーティ、キャット、ポールのフィーチャー曲もあり、
ソリスト対オーケストラという緊張感も十分味わえます。
さらに、「Suite Thursday」組曲(「木曜組曲」)や、
ボレロのリズムに着想を得た「Bula」も収録。
(「木曜組曲」第4楽章ではレイ・ナンスのバイオリンも聴けます!)
この時期のエリントンは、明らかにその人生で何度目かのアクメーに達していました。
このパリコンの前年は後述のミンガス・ローチらとの『Money Jungle』、
コルトレーンとの『Duke Ellington & John Coltrane』を録音しており、
ピアニストとしてもまさに絶好調。
このパリコンでも、ソロ、オケ・ソリストを挑発、そしてオケと交戦と、
エリントン自身のピアノの、最高のパフォーマンスを聴くことができます。
まずは、エリントンの「ジャズ」をどうぞ。
→ The Great Paris Concert を気に入った人は、さらにその先へ
・The Queen's Suite Recorded 4/4, 1959 (#1-6), <Goutelas>4/27, 1971 (#7-12) & <UWIS>10/5, 1972 (#13-15)
(前衛美、後期円熟期、スタジオ録音)
(1976発表時, 邦盤)
(90年以降の米・欧盤CD)
俗に「女王組曲」の名前で知られているこの組曲は、
1959年にエリントンが1枚だけプレスして英エリザベス女王に献上したもの。
エリントンの生前はエリントン自身の考えから、複製が許されませんでした。
ここには、「美」が流れています。
「ジャズ」とか「クラシック」とかジャンルも関係ないし、
演奏技術・奏法に関して、
巧拙、正統/異端の区別もどうでもよい。
ただただ、美しいエリントン・ミュージック。
それだけがあります。
全6曲、時間にして約20分。
エリントンはそこに永遠を閉じ込めました。
ミディアム・テンポの4ビートなのに、どうしてもジャズに聴こえない
#1 Sunset And The Mocking Bird(シンバル・レガートも添えられてるのに!)。
エリントン・ハーモニーのサックス・ソリを堪能できる、#3 Le Sucrier Velours。
そして、ソロピアノThe single petal of a rose の美しさ・・・!
(厳密にはベースとのデュオ)。
これを文化遺産と言わずして、なにを文化遺産というのか。
エリントンと同時代に生きた人は決して享受することができなかった快楽。
人間、長生きはするものですね。
59年録音当時は聴けなかった音楽が、その20年後には鑑賞できるのだから。
貴族でも何でもない我々庶民がこの音楽を1,000円台で聴けるようになるんだから。
スノッブな音楽ファンは、オーディオセットの視聴の際に
Donald Fagenの『Nightfly』をかけるそうですが、
管理人は決まってこれをかけることにしています。
なお、このアルバムには「Goutelas」(1971年)と「UWIS」(1972年)という晩年の組曲作品も収録。
これらはホッジスなどのスター・プレイヤー(?)亡き後の作品で、
エリントン全盛期に比べるとサウンドの「ツヤ」はやや劣るものの、
なんとかしてバンドサウンドをまとめあげようとするエリントンのアイデアが散見。
エリントン・ミュージックに親しんだ後に聴くと、これはこれで興味深いです。
後述の『The Popular』と合わせて、晩年の実験精神がうかがえる一枚でもあります。
音楽から漂う気品、エレガントさ。
それをブラックミュージックで初めて実現させたのがエリントンだといえるでしょう。
→ The Ellington Suites を気に入った人は、さらにその先へ
・Far East Suite 1966, 12/19-21
(ワールドミュージック、晩年前衛期、スタジオ録音)
西アジア~日本をエリントンが解釈した音楽で、
第10回グラミー賞受賞作品。
受賞当時は66歳ですが、これは決して年功序列による名誉勲章的なものではありません。
聴けばわかりますが、相当トンガってる音楽です。
「デューク・エリントンという人は生涯、
「ここではないどこか」の音楽を夢想して追求した音楽家でもあります」(菊地成孔・大谷能生)
という言葉通り、異国への憧憬は確かにエリントンのインスピレーションの源のひとつでした。
そもそも、ハーレムのコットン・クラブで人気が出たのも、
「ジャングル・サウンド」なんてエキゾチシズムを前面に打ち出した音楽のおかげでした。
(「caravan」もそうして生まれた曲)。
終生演奏旅行を続けたエリントンは、その旅先での印象を元に曲を書き続けます。
これはそのアジア周辺のスケッチ。
インド、イラン、レバノン、トルコ、セイロン、そして日本。
「組曲」の名に恥じぬ統一感があります。
まず、緻密なアンサンブル・曲構成の「Tourist Point of View」に圧倒。
ああ、こういう音楽をやりたいがために、エリントンは楽団員に変態ばかりを集めていたんだな、と納得。
そしてこれはこのアルバム全体にあてはまることでもあります。
かと思えば、ソロ回しの8ビートブルース「Blue Pepper」もあったりする
(「Far East of the Blues」というサブタイトルがグッド。
「~の極北」という表現はあるけど、「~の極東」という言葉はあまり耳にしませんよね)。
何度聴いても感心するのは、これだけの多彩な音楽を、
ゲスト・ミュージシャンを呼んだり、安易に民族楽器を導入したりせず、
いつものメンバー、いつもの楽器で表現しているところ。
例えば、「日本」を表現した「Ad Lib on Nippon」で
尺八を表現しているのはクラリネット、形式はB♭ブルース。
まさに換骨奪胎。
晩年を代表するエリントン・ナンバーである「Isfahan」も収録されています
(ちなみに、この曲ベスト・カバー/解釈は、DUBでカバーした菊地成孔だと思います。
これについては、「交流・影響関係 菊地成孔」の項 で。)。
ワールドミュージックは、エリントン・ミュージックの原点です。
→ Far East Suite を気に入った人は、さらにその先へ
【歌もの】
・Ella at Duke's Place 1965, 10/ (17) 18-20
(後期円熟期、スタジオ録音)
管理人がエリントンの全盛期と考える、65年の録音。
エラとの共演作としては、
57年の”Sings The Duke Ellington Songbook”がありますが
(レイ・ナンスのソロがグッとくる「DROP ME OFF IN HARLEM」収録!)、
それから8年後のこの作品は、本当に全曲が素晴らしい。
DJ的に言うなら、「捨て曲なし」と言うやつです。
いつもながらの耽美的なハーモニーのサックス・ソリの「Something To Live For」、
ゴージャスなビッグバンドサウンドの「Imagine My Frustration」に
エリントンのピアノとエラの絡みに涙する「Azure」
(音数が少ないのに、なんであんなに説得力があるのか…)。
そしてエンディングの高速4ビート&スキャット爆発のCottontail!
すべての曲が名演奏。
ジャズ・ボーカル作品として名盤です。
長年連れ添った夫婦のような雰囲気のジャケットもいい。
アナログ盤を部屋に飾っておきたいくらい。
録音当時、エリントンは66歳、エラは50歳前で、
2人とも相応の貫禄ですね。
なんかCDは入手困難みたいでエライ値段が付いてますが、
MP3なら手軽に買えるみたいです(2015年12月現在)。
エリントン・ナンバーのメロディ・ラインをじっくり堪能できるのは、
もしかしたらボーカルものなのかもしれません。
→ Ella at Duke's Place を気に入った人は、さらにその先へ
【コンボ・少人数編成】
・Money Jungle, 1962, 9/17
(コンボ、後期円熟期、スタジオ録音)
コンボのエリントンを聴くなら、まずこれを。
バップ、モードといった流行関係なしにガンガン弾きまくるエリントンがいます。
チャールズ・ミンガス、マックス・ローチと「ガチンコ」でやりあった演奏。
60年代のエリントンは本当に精力的で、
上述のパリコンの前年はこんなセッションを録音していました
(ちなみに、61年はルイ・アームストロング、カウント・ベイシー・ビッグバンドと、
本作の10日後はコルトレーンと、そして63年はコールマン・ホーキンス、
ステファン・グラッペリとの共演作を録音しています)。
ミンガス、ローチは演奏家としても人種差別反対運動家としても過激でしたが、
このアルバムでは、エリントンもこの2人に負けず劣らず荒ぶっています。
半ばフリー・ジャズの域に達しながらもバンドとしての統一感を失わず、
緊張感を保ちながら繰り広げられるセッションはまさに異種格闘技戦。
独特のタイム感とハーモニー、アタックで場を支配するエリントンのピアノに圧倒されます。
ピアノがリズム楽器であることを思い出させる演奏で、このピアノはもはやパーカッション。
過激な#1 Money Jungleの後の#2 Fleurette Africaine、そして#4 Warm Valley。
山下洋輔的な肘打ちスレスレの暴力的なまでの#6 Caravan からの
アフターアワーズな#7 Solitudeというように、
アルバムの緩急のバランスもいい。
アルバムに漂う空気感は、レーベルがBlue Noteということもあるのか、
当時の時代の雰囲気も感じられるから不思議です。
この10日後、エリントンはコルトレーンとの共演を果たし、
『Duke Ellington & John Coltrane』という作品を発表しますが、
アルバムの完成度としてはこの『Money Jungle』の方が数段上(後述)。
惜しむらくは、ピアノの音色がやけに「キンキン」と聞こえること。
それだけエリントンのアタックが強すぎたのか、単に録音の問題なのか、少し耳ざわりに聞こえます。
ルディ・ヴァン・ゲルダーだったら、どんな音になっていたのか、興味のあるところ。
なお、今は未発表音源を合わせて合計15曲のバージョンも入手可能ですが、
オリジナルの全7曲で十分、でしょう。
コンボのエリントンもすごいんです。
→ Money Jungle を気に入った人は、さらにその先へ
・Piano Reflections
・uncommon market
《参考》
管理人は、初めてエリントンを聴く上では以上の5枚で充分だと考えていますが、
世間では、特にジャズファンが初めて聴くエリントンってこれですよね。
それ、よくわかります。
でも、これは今回聴かなくても、いずれコルトレーンを聴くときに出会えるアルバムじゃないですか。
エリントン・ミュージックという意味からいうと、
この1枚を聴いて、エリントンを判断してほしくないんです。
『Duke Ellington & John Coltrane』(1962年)
このアルバムについては こちらに詳しく書きました。
以上、この5枚を聴いてもいまひとつピンと来なかった人は、
残念ながらエリントンの音楽とは縁がない人なので、
エリントン以外のものを聴いたほうが時間を有効に使えると思います。
エリントンの音楽は、来世の楽しみにしておきましょう。
【NGアルバム】
最後に、蛇足ながら付け加えておきますが、
「オススメアルバム」ならぬ「オススメしないアルバム」を。
こういう項目、イヤミで上からの言い方に聞こえるかもしれませんが、
エリントンを聴くにあたって、あまりにも陥りやすい罠があるので書いておきます。
管理人のように、ヘンなエリントンのCDを買ってエリントン・アレルギーを起こさぬよう。
・The Popular 1966, 5/9-11, RCA → BMG(BJ)
最初にこの『ザ・ポピュラー』を聴いて、
「エリントンを聴いた!」と満足しないようにしてくださいね。
エリントンのアルバムは膨大で、なんの情報もないとどれを聴けばいいのか迷います。
『ザ・ポピュラー』は大抵のTSUTAYAにもおいてあるほど流通している邦盤だし、
ビッグバンド編成だし、スタジオ録音だし、エリントンの有名どころな曲ばっかり収録されているし…
…と、手を伸ばしやすいのはわかります。
有名曲ばかり収録されていても、エリントンにありがちなコンピレーションでなく、正式な発表作品というのも大きいでしょう。
でも、このアルバムは実は特殊な内容で、
65歳のエリントンが過去のヒット曲の手直しを中心として、いろいろと音楽的な実験を試みたアルバムなのです
(そう考えると、"The Popular" というのは随分皮肉のきいたタイトルですよね)。
だから、「A列車」も3拍子のワルツで始まるし、「twitch」なんてバストロをフィーチャーした曲も演奏してます。
サウンドの実験という面が強いためか、グルーヴ感は少なめです。
そういう実験作と思って聴くと実は聴きどころ満載の面白い作品なのですが、
初めてエリントンを体験する人には、途中から聴いてて辛くなるんじゃないかな、と思います。
そう考えると、あえてこの作品でエリントンと「出会う」必要もないかと。
「A列車」や「I Got It Bad」はいいけど、
もはやハーモニーを聴かせるだけで、
メロディが聞こえてこない「Mood Indigo」辺りで嫌になっちゃうのではないでしょうか。
日本でエリントンがあまり聴かれてないのは、
みんな初めにこの『ザ・ポピュラー』を聞くからじゃないかな、と管理人は半ば真剣に考えてます。
・Digital Duke, 1987
初めてエリントンを聴こう、と思った人が罠にはまる1枚。
管理人の周りでは、なぜかこのアルバムに手を出す人が多かった…。
はっきり言っておきます。
このアルバムはDuke Ellington Orchestraの演奏ではありません。
1987年頃に息子のマーサー・エリントンと、かつてのエリントニアン達が集まって、
さらにブランフォード・マルサリスまで呼んで録音した「企画もの」です。
そもそもジャケット裏をみてみると、ピアノはローランド・ハナだし、
なにより「1987 GRP RECORDS」というクレジットがあるので、
74年に亡くなったエリントン作品であるはずありません
(しかも、クレジットのどこをみても録音日の記載なし)。
でも、収録曲もエリントン・ナンバーばかりだし、
80年代のCD作品らしく小ギレイなジャケットなので、
他のエリントンのバストアップなジャケットに比べて手に取りやすいのかもしれません
(ちなみに、この「エリントン切手」はアメリカで実在したもので、
元ネタの写真は阿部克自氏によるもの)。
GRPはこういう企画ものが本当に得意ですね。
このアルバムも、クラーク・テリーやブリット・ウッドマン、
ノリス・ターネイ、チャック・コナーズ、そしてルイ・ベルソンといった
エリントニアンが参加しており、そういう意味で面白い内容で、
ちょっと聴いてみたい作品ではあります。
が、エリントンと最初に出会うべき1枚ではないでしょう。
"The Popular"のようにイヤになることは少ないと思いますが、
このアルバムでエリントン・サウンドを体験することはできません。
印象の薄い1枚です。
今から考えると、このアルバムを聴いた人が多かったのは、
中古市場に大量に出回ってて、廉価で入手しやすかったせいでしょう。
同じ理由から、次のものも危険。
・Mood Indigo, 1976, 10/2
なんかamazonですごい値段が付いてますが、これはたぶん何かの間違い。
1974年のエリントン没後、エリントン・オーケストラ来日時の録音です。
マニアの研究材料としては興味深いかもしれませんが、
Digital Dukeと同じく、何もこのアルバムからエリントンを聴かなくてもいいはず。
マニアでない限り、中古店で見かけてもあえて手を出す必要はありません
(投資対象としてなら別ですが)。
老婆心ながら、エリントンを聴く上で、簡単な判断基準をいくつか。
せっかく手にとってもらえたんだし、
ジャケットをひっくり返してせめて後ろのクレジットだけでも確認してください。
録音日が1974年の5/24以降だったり、
「p. Duke Ellington」の記載がないものは止めておいたほうが無難。
慣れてくると、ジャケットを見ただけで、
エリントン作品かそうでないか(企画ものやマーサー・エリントンもの)がわかるようになります。
見分け方は簡単で、原則バストアップのエリントンがジャケットだったら大丈夫。
逆に、変に小ギレイなものは危ない。
上記の「Mood Indigo」なんて典型的な地雷例です。
・・・というわけで、
「エリントンを聴いてみたい!」という人のためのお節介なディスク・ガイドでした。
エリントンの音楽は本当に興味深く、一生聴ける音楽なので、
音楽が好きな人なら絶対に聴いて損することはありません。
ぜひ、上記の作品あたりから聴いてみてください!
そして、管理人はこのサイトの他にも、以下のところでエリントンについて書いてます。
とにかくエリントンに関することを書き散らしているブログ。
当サイト「デューク・エリントンの世界」が本館で、このブログは別館です。
他のブログやtwitterで書き散らかしたことや、本家サイトで書くとややこしくなるものなどを集約しています。
毎日がエリントン記念日。
エリントンほど活動期間が長く、行動範囲が広く、影響力が大きい人間はいません。
1年365日、74年間にわたるエリントンの行動を中心につぶやきます。
また、エリントニアンやエリントンと関係のある人物の誕生日、命日に関するツイートも。
本館サイト、別館ブログ更新の告知もやってます。
エリントンに興味がある方は、こちらもどうぞ!
(2016. 1)