菊地成孔(きくち なるよし、1963, 6/14-)
「デューク・エリントンという人は生涯、
「ここではないどこか」の音楽を夢想して追求した音楽家でもあります」(菊地成孔・大谷能生)
(『東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史編』、メディア総合研究所、2005年、66頁)
菊地成孔はその著作、発言でエリントンに最大の賛美を送っている。
以前特集された「情熱大陸」でも、
「ジャズ名盤10枚を」というリクエストにエリントンの廉価版のコレクションを選んでいた。
CHANSONS EXTRAITES DE DEGUSTATION A JAZZ, 2004, ewe
Live DUB クインテットによる「Isfahan」のカバーを収録(#5)。
「Isfahan」は、後期~晩年のエリントンの傑作、『極東組曲』の中の1曲。
ジャズ・スタンダードとなったエリントン曲は圧倒的にSP時代(~50年)に作られたものが多く、
LP時代に書かれた曲でスタンダードとして他のミュージシャンにカバーされる曲は少ない
(一般的に、エリントン最後のヒット曲は53年の「Satin Doll」とされている。
ただ、このヒット曲とは、お茶の間で流れるような「誰でも知ってる」ヒット曲という意味であり、
50年代以降のヒット・チャートはジャズというジャンル自体が縮小していったことは留意すべき)。
66年に録音さかれた「Isfahan」はその数少ない中の1曲で、
有名すぎずマニアックすぎないこの選曲、菊地成孔の本領発揮といったところだ。
管理人はこの選曲の時点でうなってしまった。
(特に60年代以降のエリントン印のスタンダードとなると本当に数が少ない。
すぐに思い浮かぶのは『Money Jungle』の「Fleurette Africaine (African Flower)くらいか)
DUB クインテットの演奏動画はこれ。
え? 4人しかいないよ、クインテットじゃなくてカルテットじゃないの?
と思うかもしれないが、5人目のメンバーは「Live dub acoustic」としてエフェクト担当。
クレジットがないから確かではないけど、多分 zak がやってるはず
(後でtpの類家心平が加入し、sextetになったときはパードン木村がダブを担当。
そのときのクレジットは「Real Time Dub Effects」)。
このカバーには唸ったね。うまいことやるな、と思った。
というのも、エリントンナンバーは名曲、とよく言われるけど、
正確にはメロディーラインではなく、そのサウンド・ハーモニーが肝。
『憂鬱と官能を教えてくれた学校』の菊地成孔自身の言葉を借りるなら、
「音韻」よりも「音響」こそがエリントン・ミュージックの特長なわけだ。
なので、エリントンのカバーをする際にはそこを理解してないと面白くない。
脳天気にスタンダードをカバーしただけの凡作で終わってしまう。
Dub Quintetはそこを意識してのカバーで、
エリントン・ナンバーとDubの相性はバツグン。
Isfahanはエリントン曲ではあるが、作曲のクレジットにはストレイホーンの名前があり、
その大部分はストレイホーンの筆によるものと思われる。
この選曲、「エリントン/ストレイホーン問題」も響いているのかもしれない。
しかし残念なのは、以後、この方面での掘り下げを止めてしまったこと。
Live Dub の探求はむしろポリリズム時代のマイルスの方向にシフトしたため、
ストレイホーン・サウンドの「音響」面からの解釈は途絶えたまま。
数あるプロジェクトの中の一つでいいから、復活してくれないかなあ?
……いや、もしかしたら、エリントン/ストレイホーン曲の解釈は別の方向を考えているのかもしれない。
以後、エリントンのカバーは、菊地氏主催のプロジェクトではペペ・トルメント・アスカラールがメインとなり、
それ以外では他者作品への参加など、見方によっては多角的な解釈を行っている時期なのかもしれない。
野生の思考, 菊地成孔とぺぺ・トルメント・アスカラール, 2006, ewe
TABOOからのリリース第1作目。
アルバム最後の曲として、#11「たゞひとゝき」の中で「A列車」が引用される。
この「たゞひとゝき」という曲は、ディック・ミネがドイツ映画で使われた曲のカバーであり、
それを菊地氏がさらにカバー、という多層的な構成。
「A列車」は、数々の「戦争」をまたいで経験した音楽家エリントンによる「戦前」の曲として召喚されている
(これについては、別館で書いている )。
で、「A列車」もストレイホーン。
菊地氏の録音するエリントンはすべてストレイホーン曲なのだ。
これ、どう考えればいいのだろう?
意図的なものなのか、偶然なのか。
とりあえず保留。
この項目は、以後、改訂が続くと思われるので、保留状態のまま結論を出さない。(2017. 5)