(たけみつ とおる,1930, 8/8 - 1996, 2/20)
エリントンを20世紀を代表する偉大な作曲家と賞賛し、
そのオーケストレーションは誰にも模倣することのできない、と述べた。
留学の際に師事する音楽家として、エリントンを指名したほど。
だが、「クラシックの作曲家がジャズ人に師事する?」と財団に冗談と受け取られてしまい、
これは実現しなかった。
その代わり、ちょうど当時のニューヨークで行われていた「Second Sacred Concert」を鑑賞する機会に恵まれ、
会場に足を運んで現地で生のエリントン・サウンドを体験した。
だが、実際、エリントンを生で聴いた感想は「絶望的」。
その絶望は、自分の望むオーケストレーションを実現させるには、
単なる楽器の組み合わせや和音の構成方法についての知識・技術だけでなく、
まず「個性的なプレイヤー」の存在、そしてそれをまとめ上げる個性が必要であることを理解したことから来る絶望だった。
絶望の中に、自分が求めるオーケストレーションの本質を見出した武満は、
以後、特定の演奏家を意識した作品を作ることに積極的になっていく。
集団演奏の中に「個の自由」を確立させること。
逆に言うならば、理想のオーケストレーションを実現させるためには「個の自由」の確立が不可欠である。
その認識の中、音楽活動を続けることになる。
以上の内容は、武満徹の研究者による著作を参考にして、別館にまとめた。
・エリントンを仰ぎ見るタケミツ、その後を継ぐサイモン・ラトル。
別館には、ほかにも武満徹自身のエリントンに関するコメントをいくつか引いている。
・誰もが模倣できない個の世界 -武満徹 talks about エリントン。
89年の「ライブ・アンダー・ザ・スカイ」のパンフレットに寄せた文章。
武満の最終的なエリントン像が端的に表されている。
67-68年、武満はロックフェラー財団の招聘に応じて渡米し、
「ノヴェンバー・ステップ」を発表して成功を収める。
在米中に現地で敬愛するエリントンを聴くわけだが、そのときのエリントンの印象について。
【参考文献】