「腹が立った時の対処法」⑥
金光教では、よく「信心辛抱」(しんじんしんぼう)と言われます。
どうすれば信心辛抱できるのか?
これが一番大事なことかもしれませんね。
一般的な考えというか、私が金光教を知るまでは、
まず「辛抱させていただこう」という思いがなかったので、
「我慢我慢」という感じでした。
1、とにかく言い返さない 反論しない
2、相手にしない
3、聞きながす
4、腹を立てない 怒らない
そんな感じだったと思います。
そして、我慢してたまったストレスを、どう発散させるか?
ということを考えていたように思います。
ストレス発散方法としては、
1、とにかく寝る
2、漫画を見る
3、お笑いのテレビ番組を見る
4、おいしいものを食べる 自分へのご褒美
5、身体を動かして良い汗をかく
6、自然を感じる 山や海へ行く
7、大声を出す 車内やカラオケなど
8、好きな音楽を聴く
9、温泉に行く
10、ゲームをする
11、泣けるドラマや映画を観る
私としては、そんなものでしたが、他の皆様はどうでしょう?
今まで私が接してきた人が、こんな感じで発散していたのでは?
と思うところを書き出してみますと、
1、ショッピング お金を使う
2、ギャンブル
3、酒・煙草
4、アロマテラピー
5、マッサージ
6、ヨガ
7、サイクリング
8、英会話
9、生き物を飼う
10、しゃべりまくる
11、お茶する
12、掃除
13、絵を描く
14、恋をする
15、旅行
あ~思いつかない… まだまだあると思うのですが…
いざ書いてみますと、身体に良さそうなものがあれば、悪そうなものもありますね。
ストレス発散のつもりが、かえって身体を壊してしまう場合もあったり、
逆にストレスが増えたり、その場しのぎの解決法のようにも感じます。
それに、これらは休みの日にやることであって、
仕事中にはできないとか、人前ではしたくないとか、そんなことがあります。
やっぱり仕事中は、とにかく「我慢我慢」の道だったでしょうか…
金光教に深く関わるようになり、私は少しずつ変わっていったと思います。
私と周りの皆様とで、何か違いがあったとすれば、
小さい頃から、金光教の教会にお参りしていたということです。
また、お参りしていた教会には、
青少年育成団体の金光教フォーゲル隊というものがあり、
休みの日に集会があって、ハイキングやキャンプ、焼きいもやスケートなど、
色んなことを、色んな年代の子や大人のリーダー達と過ごしていました。
東京や名古屋、岡山や山口など、フォーゲルの子達と関わることもあり、
色んな方言を知ったり、友達ができ、世界が広がった感じもしました。
大きくなってからは、リーダーとして、集会を企画する側となり、
一緒にお育ていただいてきたことが、大きな力になっていると思います。
また今回も話が長くなってますね。すみません…
そんなわけで、みんなとちょっと違う私の特殊なストレス解消法としては、
1、教会にお参りする
2、神様に心を向け、神様とお話をする
3、自己を見つめ、自分の思いや願いを確かめる
4、その思いをノートに書き出す
5、教会の先生や信仰の先輩、リーダーの先輩に話を沢山聴いていただく
6、教会や先輩の家に泊まり、更に考えを聴いていただく
7、自分の願い、神様の願いに気づかせていただく
8、生きる元気が湧き、取り組むべきことも見つかり、人生が楽しみになる
9、もっと生き方を学びたくなり、勝手に金光教のことを勉強しだす
調子良く進んだと思えば行き詰まり、神様のことも教会のことも忘れたりして、
また上記の内容を繰り返し、段々と深く分からせていただけたように思います。
また、神様に心を向けてお願いすることは、仕事中でも出来ます。
遊んでいようとトイレにいようと、困ったことがあれば、どこでも出来ます。
嫌な人と接しなければいけない時は、その場で神様に願います。
言いたくないことを言わなければいけない時も、すぐに願います。
自分一人で抱えることなく、神様と共に生きる生活です。
少しずつ、私の心に変化が出てきたように感じました。
我慢って、何でするのでしょうね。
我慢しなければ、喧嘩になり、それが発展すると、暴力をふるわれたりして傷つけられ、
自分の身も心もボロボロになってしまう危険があるし、
相手との関係が悪くなれば、自分の居心地が悪くなるので、
自分を守るために無意識に我慢しているのかな?と思ったりします。
だから、自分のことや相手のことが、どうでもよくなったりすると、
人間は我慢しなくなるのかな…と思っています。
金光教での信心辛抱の具体的な中身としては、
上記に書かせていただいた特殊なストレス解消法が当てはまるのではないかと思いますが、
これは私の思いのみであって、金光教を信仰させていただいている方々皆様が、
同じことではないとも思っています。
金光教の神様は天地であり、
仕事中でも学校でも、困ったことがあれば、すぐその場で神様に心を向け、
助けを求めていくことが大事であると教えられています。
「神と共に生きる」ことが、信仰であると思います。
ただ、やっぱり生き方を求めること、信心辛抱させていただくことは、
頭では分かっても、一人ではなかなか難しいところがあります…
だからこそ、教会があり、話を聴いてくださる先生がおられ、
祈りやすい空間があるということは、本当に有り難いことだと思っています。
こんなことを書いていると
「何だよ、結局金光教の教会への勧誘かよ」と思われる方もおられると思いますが、
そんなつもりはないです。
金光教だけでなく、色んな宗教があるでしょうし、色んな助かる場があると思います。
ただ、どこへ行っても意味がなく、
何をしても上手くいかない…
もうどうして良いか分からない…
という方が、もしおられるのであれば、
「こういう道もありますよ」ということは、お伝えさせていただきたいだけです。
他にも、私の頭の中で何が駆け巡っているのか?
思いあたるところを次に書いていきたいと思います。
もしよろしければ、腹立てる者は四つ足 というお話をお読み下さい。
腹が立った時の対処法として、
教会参拝ってのもアリだと、私は思います。
金光教の教会って何やってるの?
と思っている方が大半だと思いますので、
のお話もしておきたいと思います。