こんこうとは?
と、思っておられる方は、世界に何人かはおられると思います。
金光教と書いてある文字を見ても、
金光教と説明しても、
未だに「こんこんきょう?」と、言われることがあります。
葬儀場で司会をされている方が、よく言います。
名前を間違えられて、あまり良い気はしないです…
生まれてから、
「光」という字を、「こん」と読んだことがあるのだろうか?
と、いつも不思議な思いを抱いています。
キツネかタヌキの宗教と思われているのでしょうか?
金光という字からして、
「お金をまきあげる宗教だ」と勝手に思われている方もおられるようですが、
すごい偏見だなぁと思います…
高校野球の甲子園で、金光大阪のユニフォームや生徒の皆様など、
見られたことはないでしょうか?
学校も建てさせていただいている宗教団体の一つであると思います。
前振りが長くなりました。
金光教の
金光とは? どういう意味でしょうか。
明治16年、金光教の教祖様が亡くなられる年の1月16日、
息子の萩雄さんに、このようにおっしゃっておられます。
と言われて、
と示された。
また、
金光という名の意味は、奥深いものです。
誰も自分のことを守ってくれない、助けてくれない、
ひとりぼっちでさみしい… という思いになる時、
一筋の明るい光に導かれるように、
助かりへの道を歩めることを望んでいます。
真っ暗な夜のキャンプ場では、懐中電灯などの明かりがなければ、
一歩も前に進むことができず、周りに何があるかも分からず、
自分がどこにいるかも、何かが襲ってくるかどうかも分からず、
本当に怖い思いをしますが、そこに光があることで、
ただ周りが見渡せるだけでなく、安心を得たり、前に進む勇気を得たり、
一筋の光から色んな感情を抱くことになると思います。
神様から授かった名前が、
駅名や地名、名字になったりしているわけですから、
世界は面白いものですね。
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