まとめに入るには早い気もしますし、
まだまだ言い足りないことは沢山ありますが、
長々とお話しますと、説明っぽくなってしまうので終わります。
金光教の神様は、天地金乃神(てんちかねのかみ)です。
神様の体が、この天地であり、
人間だけでなく、動物・植物など、
生きとし生きるもの、全てを生かす 「恵みの神」です。
神様の中に人間がおり、
それはまるで母親の体内にいる赤ちゃんのように
どこへ行こうとも、何をしようとも、神様の中にいるのが私達です。
天は父、地は母。神様は 「親神様」です。
神様には「いのち」があり、
神様の「いのち」と、私達の「いのち」が繋がっているから、
毎日生きていられるのです。
神様は私たちの 「いのちの根源」です。
金光教の神様が、「天地」と言うのなら、
宇宙はどうなるのか? 宇宙とは何でしょうか?
「天地」と言えば、地球をイメージする方もおられると思いますが、
一体どうなんでしょう?
宇宙飛行士の方々が、ロケットで飛んで月へ行くと、
神様の外へ飛び出してしまうのでしょうか?
いずれは宇宙旅行も可能になる。とも言われていますが、
宇宙に行けば、神様はおられないのでしょうか?
考えてみましたが、そうは思わない自分がいます。
なぜでしょう…
「天地」の「天」のはたらきとして、
「太陽」がイメージされやすいですが、
では、他の星達や火星や木星など、
全てが消滅しても、地球は生き続けることはできるのだろうか?
そう考えますと、実際なってみないとどうなるかは分かりませんが、
何だか、地球は生きていられないような気がします。
何の理論もありませんので、
突っ込まれると、すぐに「すみません」と謝るしかないですが、
感覚として、そのように思います。
人間の他に、神様がおられ、
神様が宇宙をつくり、太陽をつくり、沢山の星をつくり、
地球をつくり、植物をつくり、動物をつくり、人間をつくったというよりは、
それら全てが神様であり、神様の一部である。
と、とらえています。
なので、金光教では、
神様が新たにジャジャーンと現れると言うよりは、
元々おられる神様、いつも側におられる神様
私達を生かし育てる神様、親としていつも願って下さっている神様
そういう神様に 「気づく」、「目覚める」という言い方をします。
大切な親様を亡くし、
初めて親の有り難さに気づいた… という方がおられます。
「親孝行したい時には親はなし」とも言われますように、
人間とは、当たり前に「ある」ものに対し、
喜びや有り難さはなく、逆に腹立ちや怒りが込み上げる場合もあります。
しかし、その「当たり前」と思っているものが、
自分にとっての一番の幸せだったり、
自分が一番失いたくないものだったり、
自分が本当に望んでいる土台の部分だったりします。
私達が生きるのに、一番必要なのは神様であり、
一番無くなると困るものは神様であると思います。
その神様にお礼を言うこともなく、
その神様がいてくれることを喜ぶこともなく、
その神様と一緒に生きていこうともしない生き物が、
人間ではないでしょうか?
朝、目が覚めるのは、何ででしょうか?
自分で起きたのでしょうか?
寝ている間、何が起こっていたのでしょうか?
「あ~しんどい」
「あ~体がだるい」
「あ~頭痛い」
「あ~仕事行くのいやだな~」
それはそれでおいといて、
今日も神様ありがとうございます!
そんな生き方もいいんじゃないかな?
とも思います。
その後に
「あ~しんどい」とか言ってもいいじゃないですか。
それだけでも、何か日常が変わってくると思います。
金光様には、
何事も順序が大切である。と教えられています。
お礼が先にあって、不足があるのと、
不足ばっかりになるのとでは、
全く違うものになってくる。と言われています。
「神様とは?」というお話から、
次は「人間とは?」というお話に進みたいと思います。
人間はなぜ生まれ、どうして死んでいくのか?
興味のある方は、是非ご覧下さい。
読んで下さり、ありがとうございました。
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