Vitamin Cの構造

新Googleサイト移行のために自動変換されたファイルです.修正版をご覧ください

先に,「ヒト脳内ビタミンCのプロトン NMR (1H-MRS) による in vivo 測定」について紹介したが,何となく気になるのはビタミンCの構造である.学生に講義する際も苦労する課題である.一般にはビタミンCは構造式 A で示される.ところが,以下のように構造 B, C, D の可能性もある.A ↔ B の平衡は形式的には 1,5-sigmatropy 転位反応であり,C, D はエノール化によって生成する可能性のある化合物である.

有機化合物の構造は単結晶X線構造データがあれば,その構造を用いて物性や反応挙動が議論されることが多い.ところが,この種の化合物においては,結晶状態と溶液状態では,明確に異なる構造で存在する場合がある.その典型的な類似例は1,3−ジケトン構造の dimedone(1, 2)である.

Dimedone の場合,NMRスペクトルにおいては1と2の混合物(濃度によって存在比が異なる)として,結晶状態では2が分子間水素結合した鎖状構造として存在する.

Dimedoneの分子計算(密度汎関数法)では,ケト体1の方が 5.7 kcal/mol ほど安定であるので,分子間水素結合力が如何に強いかが分かる.ビタミンCについても同様に考えることができるので,これまでに報告された結晶解析データを精査してみた.

結晶構造

国際結晶学連合 (IUCr) 誌オンラインで化合物名検索を行い,投稿雑誌名を調べると,1968年に,J. Hvoslef によるX線回折と中性子回折の解析結果が存在する.三次元座標データは,ケンブリッジ結晶データセンター(CCDC)から晶学情報共通データ・フォーマット(CIF)形式でダウンロードすることができる.結晶構造を表示する CCDC 配布ソフト Mercury で調べてみると,1個のセル(結晶繰り返し単位)の中に対称操作(並進,回転,反転,鏡映)によって関連付けできる分子が非対称単位内に配置され,その繰り返し構造が三次元的に積み重なって存在する.注)解析の場合は繰り返しの最小単位を扱う.

ビタミンCの場合は,P21という光学活性空間群に属している.光学活性体が2分子存在するはずであるが,4分子入っている.微妙に配座の異なる2分子が一対になって1個の分子の様に振る舞い,見かけ上4分子詰まった結晶を形成する「へそ曲がり」な分子である.ご覧のとおり,満員電車のようにすし詰め状態であり,隣接分子との接触が分子構造の安定化に大きく影響している.1分子取り出して原子間距離を調べると1位がカルボニル,2,3位が水酸基の構造である.電子密度に依存するX線解析では水素原子位置が不明確のため,水素原子位置をより正確に決定することができる中性子回折も実施していて,同じ結論を得ている.

等価な分子を同じ色で表したものが下図である.緑分子と青分子を別々に切り出し,コンピュータ上で重ね合せても,側鎖の配座が異なるため.立体的に重ね合わせることができない.緑と青の両分子が一対になって,繰り返し構造を形成するわけである.

X線や中性子回折法の結果は 2,3−位に水酸基が付いた構造であることを示すが,隣接分子との水素結合によって,安定化している様子は下図のとおりである.

エンジオールの2個の水酸基は,それぞれ隣接分子の2個の酸素と水素結合(赤点線)している.

NMR構造(溶液と固体)

結晶構造が単分子で存在する溶液構造と同じであるか否かは核磁気共鳴法と比較する必要がある.

溶液状態の13C-NMRと固体13C-NMRのデータを比較したウエブ情報(参考資料)が存在する.よく見ると,固体13C-NMRの結果は,ピークが二重になっていて配座異性体?の存在を示唆している点は結晶解析の結果と同じである.3−ケト体の場合は,カルボニル炭素がもっと低磁場に現れるはずである.カルボニルのピーク(黄色部分)は二本に分かれていないため,3−ケト体は混在せず,溶液構造は固体構造と同じとみなすことができるようである.

ナトリウム塩の構造

ナトリウム塩のX線解析も実施されている(次図).研究の動機はアニオン構造を明らかにすることであった.ラクトンのO4 酸素以外はすべてナトリウムと結合(配位)している.O1, O2に結合しているナトリウムは周囲の6個の酸素に囲まれているのが分かる.この結果が,そのまま溶液においても適用できるとは思わないが,結論としてO3がアニオンになっているとしている.

ビタミンCは,いろいろな場面で,種々の反応様式に対応するため,反応によって分子認識様式が異なるはずである.それゆえ固定概念にとらわれず,柔軟に考えるべきではないだろうか.分子計算による安定構造予測やラジカルへの変化予測については別稿で取り上げたい.

参考資料

ジメドンの構造

M. Bolte and M. Scholtyssik (October 1997). “Dimedone at 133K”. Acta Cryst. C53 (10): IUC9700013.

ISHWAR SINGH and CRISPIN CALVO Can. J. Chem. 53, 1046(1975).

ビタミンCの結晶解析

・The crystal structure of L-ascorbic acid, `vitamin C'. II. The neutron diffraction analysis

J. Hvoslef, Acta Cryst. (1968). B24, 1431-1440, doi:10.1107/S0567740868004449

・The crystal structure of L-ascorbic acid, `vitamin C'. I. The X-ray analysis

J. Hvoslef, Acta Cryst. (1968). B24, 23-35, doi:10.1107/S0567740868001664

・Changes in conformation and bonding of ascorbic acid by ionization. The crystal structure of sodium ascorbate

J. Hvoslef, Acta Cryst. (1969). B25, 2214-2223, doi:10.1107/S0567740869005474

CMRスペクトル

University of Ottawa NMR Facility Web Site

(2016.3.21)