仮面のライダーが
ライダー:へーんしん!とうっ!
バイク屋:あっ、またあの仮面のおじさんだ!今日は、何だか、素敵な乗り物の後ろからおりて来たぞ!あっ、いつものポーズだ!ジャンプした!ああ・・・こけた!
ライダー:いたた・・・おい、バイク屋、いまのは見なかったことにしておいてくれ。
バイク屋:おじさん、今日はいったい何に乗って来たのですか?
ライダー:いつも言っているが、私は「おじさん」ではない!私は・・・
バイク屋:知ってますよ、仮面のライダーさん。
ライダー:おう、今日は間違わずに私の名前をよんでくれたな。
バイク屋:それより、今日は、いったい何に乗っていらしたのですか?
ライダー:インドの三輪タクシー「オート・リキシャ」だ!
バイク屋:運転手さんが、ユニークな制服を着ていますね。
ライダー:ああ、親近感のある目出し帽だ。このタクシー会社の運転手は、いろいろ相談をもちかけても、すべて「いい」とこたえてくれるから好きだよ。
バイク屋:なんというタクシー会社ですか?
ライダー:Shock Car という会社だ。
オート・リキシャ
ライダー:「リキシャ」は、まるで日本語みたいな言葉だな。
バイク屋:語源は日本語の人力車だそうですよ。rickshawと書きます。英語を経由してインドの言葉になった珍しい言葉ですね。
ライダー:インドでは、人力車は走ってないのか?
バイク屋:はい、走っていません。ヒンドゥー教の思想では、ヒトの身体は聖なる器であり、人を動力として使うことは、人格を否定すると考えるのです。
ライダー:ほう、人力車を引くことは、インドの人にとって非人間的な作業なのか?
バイク屋:極端な屈辱であるといいます。カースト制という身分制度をご存知ですか?
ライダー:厳しいインドの身分階級のことだな。
バイク屋:はい、そうです。上位カーストが下位カーストを支配する構造があって、高貴な労働と不浄な労働とが厳格に限定されています。ヒトがヒトにのって運ばれるという行為は、その上下関係を屈辱的にあらわにするものだと考えるのです。
ライダー:なるほど。人力車はそれだけで「隷属」を意識させるものなのだな?
バイク屋:その通りです。
ライダー:それにしても、インドのオートリキシャの数は、はんぱなく多いなぁ。
バイク屋:実は、インドの農民は、カースト制の影響で何代にもわたって農民であり、貧しいものと決まってました。
ライダー:農村の外へ出る方法がなかったというのだな。
バイク屋:ところが、オートリキシャを手に入れて運転手をすれば、都市へ移り住み、収入を得ることができるようになりました。
ライダー:なるほど。インドの農民を都市労働者へと移行させ、カースト制の身分制を解体するのにオート・リキシャが一役かっているということだな。
カースト制度、男尊女卑にメスを入れる
ライダー:インドでは、カースト制の階級意識の強さに加えて、男尊女卑の感覚が強いと聞いたことがあるよ。
バイク屋:男尊女卑という言葉より、結婚したら女性は夫の家の所有物になってしまうという感覚が強いといいますね。
ライダー:昔の日本の、農家にとつぐ嫁のようなものだな?
バイク屋:まさにその通りです。娘は結婚すれば出ていく人であり、娘に教養をつけてやっても親は損するばかりです。さらに娘が嫁ぐには、金や車を持たせてやる必要があります。
ライダー:なるほど。女性が生まれれば損、男性が生まれれば得、という図式だな。
バイク屋:そうです。男性が主体であって女性は付属物であるかのようなイメージだといいます。
ライダー:女性が車やバイクをほとんど運転しないのは、そのせいか?
バイク屋:その通りです。運転をする「主体」は男性、女性はその付属物であり、バイクの後ろに乗る時も、女性はヘルメットをほとんどかぶっていません。
ライダー:あかんやないか。
バイク屋:仮面のライダーさんは、関西のご出身なのですね?
ライダー:動揺するとなまるのだ。
バイク屋:インドでは多くの州で、サリーを着れば女性はヘルメット不要と決められています。
ライダー:ううむ。車やバイクの運転は「女がすること」ではなく、ましてや女が外に出て運転して「金を稼ぐ」ことなどもってのほか、女は家の中にいろ、という日本ではもはや化石になっているような感覚だな?
バイク屋:そのとおりです。ただ、この古い感覚も、ようやく一部で変わり始めました。
ライダー:ほ、ほんとうか?
バイク屋:インドのお笑いタレントのジャミー・レベルさんがオート・リキシャの運転手姿をタイムズ・オブ・インディアに発表したり、インド北部ルックナウという州では政府が18000人の女性にEVリキシャの運転訓練と購入支援を行っているそうです。
ライダー:それは画期的なことだな。
バイク屋:はい、女性が車を運転するだけでなく、男性客を乗せたり、現金の授受をしたり、、事故などトラブルに自分で対応することは、インド社会で女性が「家の中の存在」から「街の主体」になっていくことであって、実に意味が大きいといえます。
三輪タクシー。日本では人気がない?
ライダー:ところで、日本ではオート・リキシャが走ってないのは、どうしてだ?
バイク屋:三輪で不安定な感覚がすることと、安全で優雅な印象とは・・・
ライダー:料金がタクシーの半分くらいなら、庶民が乗らないか?
バイク屋:タクシーの半分の料金で、運転手が収入をきちんど稼げるでしょうか?
ライダー:なるほど、収入にならんな。
バイク屋:それに日本の道路は舗装が良くて、信号も車線も明確で、歩行者の分離も徹底されています。
ライダー:なるほど。小回りが利く小さな三輪車でなくとも、しっかり雨風をしのいでエアコンが効く堅牢な車の方が、料金が高くても速くて安心だというのだな。
バイク屋:その通りです。日本でヒトを運ぶということは、大きな責任があって、運転手はその責任を負えるだけの資格をもって、訓練が徹底されいて、さらにアルコールの検出や労働時間の厳格な管理、半端な装置は許さないという日本人の国民性があります。
ライダー:日本で生活をしている人が、一人で短い距離を動くには・・・
バイク屋:原付バイクか、自転車を用いるでしょうね。
ライダー:家族を運ぶには・・・
バイク屋:軽自動車を使うでしょうね。
ライダー:高齢者は・・・
バイク屋:コミュニティバスが便利でしょうね。
ライダー:長距離を移動するには・・・
バイク屋:鉄道やタクシーを使うでしょうね。
ライダー:私が、三輪のオートリキシャを使ったタクシーで営業を始めるとしたら・・・
バイク屋:許可もされないし、乗ってくれるお客も、はたしているでしょうか。
インドの町を走りたい
ライダー:私は、バイクの免許をとったら、インドを走ってみたいのだ。
バイク屋:アグレッシブ(攻撃的)な感覚ですね。常にクラクションにせきたてられ続ける街の中、車線も守らず信号も半分無視して猛スピードで走り抜けていくすごい数の3人4人乗りのバイクやオートリキシャの間を、ウシや野良犬をよけながらスリリングに走ることができます。
ライダー:わくわくする交通社会だな。
バイク屋:はい「無法地帯」という表現をする人もいます。
ライダー:爽快なインドの風を感じられるだろうか?
バイク屋:インドの風に含まれる、PM2.5の微粉末を顔で感じることは、実に容易です。
ライダー:幻想的だな。
バイク屋:はい、昼間でも景色がかすんで、もやがかかっていますから、幻想的という表現は、まさにピタリです。
日本の暴走族、インド留学のすすめ
ライダー:ところで、先日、うちの近所で暴走族がけたたましい音を出して走っていたのだが。
バイク屋:日本の交通社会の中に、たまにいますね。
ライダー:あいつたちは、どうしてあんな走り方をするのだろう?
バイク屋:前の車も後ろの車も、車線を守って、あおることもなく割り込むこともなく、町にはクラクションが全く聞こえない日本の交通事情が、つまらないのです。
ライダー:あの連中には、何が必要だ?教育か?それとも指導か?
バイク屋:暴走族の人たちに必要なものは、ひとつだけ、経験です。
ライダー:どういうことだ?
バイク屋:インドのデリーでもジャイプールでも結構です。オートバイに乗って2~3日走ってくればいいのです。
ライダー:え?それだけで、暴走族をやめることになるというのか?
バイク屋:社会がみんなで規則を守って、譲り合って道を走ることの楽しさ、うれしさ、高度に成熟した社会構造のありがたみが、30分でわかるにちがいありません。
文責 玉木英明