ディオニソスが
神さま:おい、おまえ!
酔払い:うわっ、わたし…ですか?
神さま:そう、おまえだ。ちょっとこっちへ来い。
酔払い:ごめんなさい、谷村新司が好きたっだので、つい大声で歌いながら歩いてしまいました。
神さま:おまえ、酒くさいな。
酔払い:わ、わかりましたか、会社帰りに、ちょっと飲み屋で一杯、いや、2~3杯かな・・・
神さま:なにをごちゃごちゃ言っているのだ?
酔払い:わ、私は、酔ってなんかいませんよ。酔ってま…せん。ところで、あなたは…どなたですか?
神さま:私はディオニソスだ。
酔払い:デミグラス・ソース?
神さま:それは、ハンバーグにかけるやつだ!あのな、私はバッカスともよばれているぞ!
酔払い:ばか…カス?
神さま:これだから酔っ払いはいやだ。あのなぁ、わたしは酒の神だ!
酔払い:おおっ!神様!許してください!もう酒は飲みません!
神さま:心にもないことを言わなくていい。ちょっと、おまえに聞きたいことがあるのだ。
酔払い:…私に聞きたいことがある?あなたの知らないこと?
神さま:そうだ。
酔払い:…それならそうと、言ってくださいよ。よし・・・ちょっと、そのあたりで酒を飲みながら話しませんか、あなたのおごりで。
世界の5大ウィスキー
神さま:わしは、うまい酒を追い求めて世界中を旅している。
酔払い:お酒の神様が、日本にいらっしゃったとは、光栄ですね。お探しなのは日本酒ですね?
神さま:いや、ちがう、ウィスキーなのだ。
酔払い:それならば、アイルランドに行かれてはどうですか?ウィスキーの元祖は、最も古い歴史を持つアイリッシュウィスキーですよ。熱いコーヒーとあわせたカクテル「アイリッシュ・コーヒー」は、それはもう美味の一言ですよ。
神さま:上手に説明するな。ただ、今回は・・・
酔払い:わかりました、わかりました。それならば、スコットランドへどうぞご訪問ください。自然豊かな土地に100以上のウィスキーの蒸溜所があって、個性豊かなウィスキーが、たくさんあります。麦芽を乾燥させるのに使うピート(泥炭)のスモーキーな香り、これはもう病みつきになりそうですよ。
神さま:ああ、それもよく知っているが、今回は・・・
酔払い:アメリカのウィスキーをお探しなのですね?ケンタッキー州でつくられるバーボンは、トウモロコシや大麦小麦、ライ麦まで原料として使われています。夏暑くて冬寒い自然の中、独特の甘みがあって、それはもう舌がとろけそうですよ。
神さま:ああ、わたしもバーボンは好きだ。ただ・・・
酔払い:なるほど、カナディアン・ウィスキーをお探しなのですね?ライトな酒質で軽快なフレーバーなので、カクテルにすると、それはそれはマイルドで、口にすると時のたつのを忘れてしまいます。あの、 私のグラスが空です。もう一杯飲んでも・・・。
神さま:おまえ、ほんとに酒が好きだな。
世界に誇れる日本のウィスキー
神さま:私は、スコットランドの流れを汲みつつ日本人の繊細な心遣いが活かされている日本のウィスキーを探し求めてやってきたのだ。
酔払い:おお、日本のウィスキーのことをよくご存じですね。
神さま:サントリーの角瓶のファンが多いことも知っているが、山崎(やまざき)や、響(ひびき)など、世界でも高い評価を得ておるじゃろ?
酔払い:そうですね。サントリーは2010年、業界で著しい貢献をしたメーカーとして、ディスティラー オブ ザ イヤー」を受賞しました。
神さま:NHKの「マッサン」は、わしも見ていたぞ。
酔払い:おお、ディオニソスさんもNHKを見ていたのですね。
廃業の作り酒屋から世界を席巻するウィスキーが
神さま:じつは、日本のつぶれかけてた造り酒屋で、すごいウィスキーがつくられてると聞いて、いてもたってもいられなくなって、やって来たのだ。
酔払い:…ご存じでしたか…。肥土伊知郎(あくといちろう)のことですね。
神さま:おお、そいつだ、そいつだ。
酔払い:次々と日本中の造り酒屋が廃業していた20年ほど前、彼の実家の家業だった日本酒の造り酒屋も、廃業することを決めていました。
神さま:日本酒の冬の時期じゃな。
酔払い:はい、おしゃれな飲み物のイメージから、日本酒が外れてしまっていた時代でした。
神さま:特に日本の酒造りは、古い体質じゃからのう。
酔払い:実家の造り酒屋の経営権も他人に譲り、いよいよ廃業というところで彼が出会ったのが、彼の祖父が残したウィスキーの原酒でした。
神さま:原酒なんて、しろうとが見れば、ただの発酵した、くさり水じゃろ?
酔払い:そうです。その「くさり水」の栓を開けた彼が、その可能性に気づき、200軒ものバーを巡ってブレンダーの素地をつくり、祖父の残した原酒をもとに異なる樽で追加熟成(フィニッシュと呼ばれる)を加えていったのです。
神さま:彼は、すごい勉強家だったのじゃな?
酔払い:そうです。ひと樽ずつをボトリングする4種のシングルカスクウィスキーを発表したのです。・・・あの、もう一杯飲んでも・・・?
神さま:いいよ、飲め。それが英国ウィスキーマガジン誌のジャパニーズモルト特集で最高点を獲得した・・・ええと・・・
酔払い:「キング・オブ・ダイヤモンズ」です。
神さま:おお、これだこれだ。私も一本ほしいと思っているのだ。
酔払い:このスペードのエースは、1本1250万円で売られています。
神さま:おおおお!なんと・・・高い・・・
酔払い:ラベルに書かれたトランプ柄と同じ54種の「カードシリーズ」は、熱狂的な支持を得ています。世界中の収集家たちが狙っています。
日本人の繊細さが
神さま:なんで肥土のウィスキーは、こんなにも熱狂的に支持されるのだ?
酔払い:肥土さんが新たにつくった埼玉県の秩父につくったウィスキー蒸留所では、1回の仕込みで生産できるウィスキー原酒は、たった1樽分なのです。
神さま:要は、スコットランドの伝統に100%のっとった方法でウィスキーをつくっている醸造所だということだな?
酔払い:はい、しかも、そんな作り方をしているところは、もう世界中にないのにも関わらず、です・・・。あの、もう一杯飲んでもいいですか?
神さま:ああ、飲めばいいよ。ベンチャーでウイスキー醸造所を立ち上げたのなら、新しい方法を試してウィスキーをつくってみるのがふつうだろ?
酔払い:製麦と呼ばれる作業から、樽づくり、大麦の栽培まで近所の農家と連携して、スコッチウイスキーづくりに必要なものをすべて忠実に実現したのです。
神さま:大麦の栽培にまでふみこんで?
酔払い:そうです。こだわりぬいて作り上げているのです。
神さま:聞くところによれば、それを世界中のバーテンダーや醸造者たちに公開して、おどろくほどオープンに情報を教えてやっているというじゃないか。
酔払い:はい、世界中で立ち上がる新たな蒸留所の道しるべ、ウィスキーの大学と世界最高峰のウィスキー評論家デイブ・ブルームが称賛しています。
神さま:おまえ、ウィスキーのことを話していると、止まらないな。
酔払い:お酒のことならいくらでも話せますよ。
神さま:今日は有意義な時間を過ごすことができた。礼をいうぞ。
酔払い:ディオニソスさん、今日はウィスキーの話でしたが、ワインや、ビール、日本酒のお話などもいかがですか?
神さま:おう、せっかく来たのだから、それもいいな。
酔払い:わかりました。あしたも飲みながら話しましょう、あなたのおごりで。
文責 玉木英明