2022-10 消えゆく有名ブランドの革製品。世界の意識の流れは?




                                                                                                         








きさき

お妃さまが…

お妃: かがみよががみ、この世でいちばん美しいのはだあれ?

 鏡: おっ、お妃さま、今回は革のコートで登場ですね!

お妃: あのね、いちばん美しいのはだれかを…

 鏡: 黒いコートなんか着ちゃって、どういう風のふきまわしですか?白と雪という言葉にすさまじいコンプレックスをいだいているお妃さまとしては、晴天の霹靂(せいてんのへきれき)ですね!

お妃: 私はおしゃべりなひとはきらいよ。

 鏡: いえいえ、私もお仕えして200年、黒のレザーコートを着たお妃さまの迫力ある目つきはさらに意地悪になられ、驚愕の極みです。

お妃: あのね、そうじゃなくて、この世でいちばん…

 鏡: いえいえ、白雪姫の白いドレスに対抗心をあらわにしてのその黒い革、スターウォーズのダースベイダーと見間違われるような装束は、ご自分が悪役であることをようやく認められた証でしょう。

お妃: ええい、シャーラップ!ネットで本革のコートを安売りしてたから、ポチッと買っちゃったのよ!


「脱・毛皮」宣言

 鏡: お妃さま、またどうして、このタイミングで革のコートを買い求められたのですか?

お妃: 高級ブランドのGUCCI(グッチ)だとかSAINT LAURENT(サン・ローラン)の革製品が以前から欲しかったのだけれど、高かったから免税店でに行っても買えなかったのよ。

 鏡: お妃さまも、免税店にいらっしゃるのですね…。

お妃: ただ、どうしてだか分からないのだけれど、突然安く売るところが出てき始めたの。

 鏡: やっぱり…そうですか。

お妃: かがみよかがみ、なんだかワケを知っているようね。

 鏡: 実は、世界をリードしてきたヨーロッパの有名ブランドが、次々と「脱毛皮」宣言をしているのです。

お妃: 脱毛皮?

 鏡: そうです。グッチやサンローランだけでなく、イタリアのアルマーニやプラダも脱毛皮を宣言、さらにファッション雑誌で有名なパリの「ELLE」も、毛皮を使った商品の掲載を一切やめることにしたのです。


毛皮はもはや価値観に合わない

お妃: かがみよかがみ、どうしてこんなことになってきたの?

 鏡: 革を手に入れるのに「動物を殺すこと」は、ダメだという考えが広がってきたのです。

お妃: 革ジャンを着た人はかっこいいし、女性のミンクのコートは、お金持ちの象徴よ。

 鏡: お妃さまは、Animal welfare(アニマルウェルフェア)という言葉をお聞きになったことがありますか?

お妃: な、なによ、その北海道フェアーみたいなのは?ご当地弁当でも売ってるの?

 鏡: いえ、日本語に直すと「動物も正しく生きるべき」という考え方で、もとは1960年代のイギリスでニワトリや牛が劣悪な飼育環境に置かれていたことを問題視して生まれた言葉です。

お妃: 冗談言っちゃいけないわよ。動物はヒトのために生きているのよ。ヒトが食べたって、革をはいで使ったって、ヒトのためになってるのなら、仕方ないことよ。


ペットショップの閉鎖

 鏡: フランスでは、2024年からペットショップでの犬や猫の販売も禁止されることが決まりました。

お妃: かがみよかがみ、どうしてなのよ?

 鏡: 動物をモノのように扱い、安易に飼われたり捨てられたりする犬や猫を減らそうということになったのです。

お妃: ペットショップにしてみれば、そんな制度、大反対でしょうに。

 鏡: 確かに、ネットでもイヌやネコを買えるわけですから、店頭販売だけを規制するのはおかしいとペット業界は反対しています。

お妃: じゃあ、誰が禁止しようと言ってるのよ?

 鏡: フランス国民です。国民の75%が、ペットショップでの動物の販売に反対しているのです。

お妃: フランス国民が…?

 鏡: そうです。さらに今年1月の世論調査では、フランス国民の89%が本物の毛皮を使った商品にも反対しているのです。

お妃: ヨーロッパの人たちが、ここ何年かの間に変わってしまったの?

 鏡: 若いヨーロッパの若い人たち、特に西暦2000年以後に生まれた人たちをZ世代と呼んでいます。そして、この世代の人たちは環境に対する意識が高く、モノを選ぶときにエコであることや倫理的に問題がないかを重視するのです。

お妃: 確かに…動物をショーケースで売ることや、毛皮をとるのに動物を殺すことも、何となく気がひける感じがしてたわ。


持続可能な素材

お妃: かがみよかがみ、動物の皮を使ったバッグやコートはとても素敵よ。なのに使わないと宣言しちゃって、大丈夫なのかしら?

 鏡: 今年2月のパリで開かれた見本市では、サボテンやパイナップルを素材にした製品が披露されたそうです。

お妃: さすって、なぶる、でべそのゴールってやつ?

 鏡: …何ですか、それは?

お妃: あれよ、あれ、SDG…なんとかいうやつよ。

 鏡: お妃さまがおっしゃりたいのは「サステナブル・ディベロップメント・ゴール」、持続可能な開発目標のことですね。

お妃: そうよ、それそれ。はやく言ってよ。いじわるね。


魚の皮

 鏡: 中でもひときわ注目を浴びたのが「魚の皮」だそうです。

お妃: 魚の皮?

 鏡: フランスのバンジャマン・マラトレさんが、パリの寿司店で大量に捨てられる魚の皮を見て、再利用を考えたそうです。

お妃: 魚の皮なんて、ぬるぬるしてて臭くて破れやすくて…

 鏡: 寿司店でさばかれたばかりのサーモンの皮をていねいに洗って、着色料で色づけし、乾燥させて色合いに深みを持たせて、機械を使って柔らかく加工した製品があります。

お妃: ほんとにそんなものが美しい素材になるの?

 鏡: まあ、この写真を見て下さい。

お妃: うわっ!素敵じゃないの!


自動車の本革シート

お妃: かがみよかがみ、高級な自動車の座席は「本革シート」と相場がきまってるわよ。牛の革がふんだんに使われてるから「高級車」なのよ。

 鏡: スウェーデンのボルボは、昨年の9月にすべての新型電気自動車のシートに革の使用を取りやめました。再利用の素材を使います。

お妃: だって、高級な車は…

 鏡: 先進的な自動車メーカーとは、二酸化炭素の排出量だけでなく、サスティナビリティーのあらゆる分野に取り組むメーカーのことである、とボルボは説明して発表会場で大喝采を得ました。

お妃: ということは、本革シートの高級車をいばって持っている人の方が、むしろ恥ずかしいという時代がやって来るってこと?

 鏡: その通りです。


ミンクの毛皮、革のコート

お妃: かがみよかがみ、ミンクの毛皮や牛の革のコートを着たヒトは、どんなふうに見られるようになるのかしら?

 鏡: お妃さま、例えばどこかの宇宙人が地球を征服して「人間の皮」を防寒着として着ていたとするならば、どんなふうに見えるでしょうか。

お妃: 人間の…皮?

 鏡: そうです。その宇宙人は、地球に住む人間よりも高い知能を持っていることを誇示しているのでしょうね。

お妃: 人間の皮を身にまとっているなんて、おぞましいわ。

 鏡: その宇宙人は、ヒトに対して「優しい心」を持っていると思えますか?

お妃: とうてい思えないわね。

 鏡: 世界でいちばん美しいかどうかはさておき、革のコートは、動物に対するお妃さまの意識、倫理観を如実に表現するものとなるでしょうね。

お妃: わかったわ。…このコート、買ったばかりだけれど誰かにゆずることにするわ。かがみよかがみ、このコートを誰かに売ってさしあげて。

 鏡: 承知いたしました。お妃さま、これをメルカリに出品いたしますね。

お妃: お願いするわ。…しかたないわね。

 鏡: あ、お妃さま、すぐに買い手がつきました。

お妃: え?もう売れたの?買った人、誰だかわかる?

 鏡: はい。ええと…白雪姫という名前の方…のようです。

文責 玉木英明