2024-01 数の減ってしまったオオカミ。保護すべき?駆除すべき?
オオカミが来た!
狼 : うぉぉぉぉ、おまえら!
ヒツジ: なんか変な動物が呼びかけてるよ。
狼 : …あのな、オレ様が登場したらおまえ達は大声でメエメエなきながら逃げ回るのが、昔からのならわしだろ?
ヒツジ: 自分の呼び名に「様」をつけるなんて、普通じゃないね。頭悪いんじゃない?
狼 : あ、あのなぁ…
ヒツジ: それに相手のことを「おまえ」なんて呼び方するのも、尊敬語や謙譲語を無視してる証拠だ。学校時代に勉強しなかったんだよ。
狼 : ちょ、ちょっと待ってくれ。なんだか調子狂うなぁ。仕方ない、やりなおすぞ。・・・うぉぉぉぉ、あなたたち!
ヒツジ: ねえ、あの動物、まだ何か言ってるよ。
狼 : あのな!私が登場したら、君たちは 大声でメエメエなきながら…
ヒツジ: あの動物、絵本で見たことあるよ。たしか、あたまズキンとかいう絵本
に登場してたな。
狼 : それって、赤ずきんじゃない?
ヒツジ: そうそう、それそれ。
狼 : …君たち、「オオカミ」をほんとうに知らないのか?
ヒツジ: オオかみ?知らないね。大きくかみつくの?それなら、小さくかみつくやつは「ショウカミ」だね!
狼 : おもしろいこと言うじゃないか!
オオカミは悪者?
ヒツジ: おじさんはオオカミなんだね。ということは、悪者?
狼 : 悪者かと聞かれてそうだと答えるのは勇気がいるが、まあそうだ。昔から悪者にされて、とにかく人間の目にふれたら「駆除」されてきた。そして、標的にされて殺され続けたから、生態系の中で一時絶滅するほど数が減ってしまったんだ。
ヒツジ: 日本ではクマとかイノシシはともかく、オオカミに襲われたなんて話は聞いたことがないね。
狼 : そう、日本の「ニホンオオカミ」は1905年に奈良県の吉野村で捕獲されたのが最後で、それ以後はだれも見たことがない。
ヒツジ: ということは、日本ではオオカミは絶滅危惧種だね。
狼 : いや「危惧種」ではなく、過去50年間生存の確認がなされていない「絶滅種」だ。
ヒツジ: ヒツジの私たちにとっては、オオカミがいなくなるのはうれしいことかも知れないけれど、生態系のことを考えると、オオカミも絶滅するほど殺しちゃいけないんじゃないかしら?
狼 : おっ、君、いいこというじゃないの!
ヒツジ: オオカミは、ヨーロッパでは依然として危険な動物として考えられてるの?
狼 : ドイツの「ユーロ・ナチュール」という自然保護団体は、オオカミを人間の脅威と見なすのは誤りだと言ってるよ。
ヒツジ: どういうこと?
狼 : オオカミが家畜を襲うことはもちろんあるのだけれど、襲われないようにする方法も人間はよく知っているはずだ、むしろ家畜は病気や自然災害によって死亡する割合の方がはるかに多いよ、ということさ。
ヒツジ: なるほど。ということは、そのドイツの団体がいうように、オオカミを目の敵にして人間が殺さなくってもいいってことだね。
生態系を考慮すれば、オオカミは生かすべき?
狼 : EUでは1992年に動植物の生息地を保護せよ、オオカミも絶滅させるな、保護せよという「ハビタット(生息地)指令」というのを制定したのだよ。
ヒツジ: おじさんたちオオカミにとっては朗報ね。
狼 : ところが、保護され続けてきたおかげでヨーロッパでのオオカミの生息数が2万匹にまで急激に増えた。
ヒツジ: 保護されすぎってこと?
狼 : 保護されすぎかどうかはさておいて、ベルギーでは、100年ぶりにオオカミが出たと大騒ぎだ。
ヒツジ: そんな勢いで数が増えると、オオカミが人間に危害を与えない?
狼 : まだ人間への危害はないのだけれど、今までには見たこともない場所にオオカミが現れて、家畜に危害を加えはじめた。
ヒツジ: あかんやないの。
狼 : あんた、関西出身のヒツジやな?
ヒツジ: 動揺するとなまりますのや。
環境より農業、やっぱりオオカミは殺せ?
ヒツジ: 実害が出始めると、人間は黙ってないでしょ?
狼 : そう、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーでは、絶滅から保護せよという方針から一転して、一定数のオオカミを駆除する許可をハンターに与えた。さらにフランス政府もオオカミ保護規制をゆるめる「国家オオカミ計画」が発表された。
ヒツジ: 「オオカミはやっぱり殺せ」って言い始めたわけね?
狼 : そのとおりだ。
ヒツジ: 保護せよって言ってみたり、駆除しろって言ってみたり、どっちが正しいのかしら。
狼 : 実は、EU幹部は環境団体よりも農家のいうことをよく聞く。
ヒツジ: どういうこと?
狼 : EUの農業補助金制度(CAP)の総額は3870ユーロでEU総予算の3分の1をしめるほどの金額があてられてる。
ヒツジ: すごく多いわね。
狼 : 実際にEU内の農家の生産額(GDP)は1.4%しかないのに、だ。
ヒツジ: 農業生産額は極めて少ないのに、補助金は大量につぎ込まれているってことね?
狼 : そのとおり。さらにヨーロッパの農業がEUの温室効果ガス排出量の10%を占めているのに、2050年までにヨーロッパで達成しようとしている温室効果ガス排出実質ゼロの取り組みから除外されてる。
ヒツジ: 農業には補助金をたくさん出して、さらに温室効果ガスを抑える取り組みからもはずす…。農家重視の姿勢がありありなわけね。
狼 : その通りさ。
ヒツジ: どうして、そこまで農家を重視するの?食糧問題?
狼 : それもあるのだけれど、環境や生態系に厳しい自然保護の人たちよりも、農業の人たちの方が人数が多い、選挙のために重視しなければならない、という理由が大きいと言われてるよ。
ヒツジ: なるほど。オオカミの数が増えて家畜が危害を受けるようなことになれば、農家が選挙に票を入れてくれなくなるということね。
狼 : その通りだ。
ヒツジ: 農家が「オオカミが来た!」と叫べば、EUは「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」と大騒ぎするわけね。
オオカミを、生かすも殺すも人間の都合?
狼 : なあ、ヒツジちゃんたち、ぼくらオオカミも人間の選挙と政治の都合で、保護されたり殺されたりするのは、もういやだよ。
ヒツジ: 私たちにとっても、オオカミの数がいつの間にやら減ったり増えたりすれば、生活がちっとも安定しないから、いやだわ。
狼 : よし、ぼくと君たちヒツジが、手を組もうか?
ヒツジ: ええ?ヒツジとオオカミが手を組むですって?
狼 : 君たちヒツジを守ってるのは誰だい?
ヒツジ: 羊飼いの少年と…犬のシェパードかしら?
狼 : そのシェパードの代わりに、ぼくらオオカミがヒツジを守ったらどうだろう?
ヒツジ: オ、オオカミが、ヒツジを守りまんのか?
狼 : また動揺してるようだね。
ヒツジ: そ、そんなことできまんのか?
狼 : 理性と知性とを備えたぼくなら大丈夫だ。毎日きちんと人間が食べ物をくれたら、わざわざヒツジを襲って食べなくたって済む。安定して食べ物にありつける。そうすれば、ぼくは食べ物を探す作業から解放されて、他のことができる。
ヒツジ: はたして、人間がオオカミを信頼するかしら?
狼 : 心を尽くして説得してみる。人間だって、信頼できる頭のいいオオカミが自分のヒツジたちを守ってくれてれば、他の仕事に専念できる。
ヒツジ: 私たちヒツジはどうすればいいの?
狼 : ぼくを信頼してくれればいい。できるだけぼくが守りやすい形態で団体行動をとってくれれば、毎日安全に草を食べるために野山を歩けることを保証するよ。
ヒツジ: なんだか、あなた、登場した時とずいぶん違う雰囲気に変わったわね。
狼 : これは、頭のいいオオカミと、人間、ヒツジによる働き方改革だ。
ヒツジ: さっそく人間に相談してみましょう!反対するヤツはいないかしら…?
狼 : 反対者ゼロとは…いかないだろうな。
ヒツジ: だれが反対するというの?
狼 : …シェパードだ。
文責 玉木英明