2023-02 こけないバイク。機械と人工頭脳が人間をアシストする未来。
あのライダーが…
ライダー: へん…しん!とうっ!
バイク屋: あ、あの人は‥‥
ライダー: ふっふっふ。バイク屋のオヤジが驚くのも無理はない。なぜなら、仮面ライダーが、こんな場末の店に現れたのだからな。もう少しのしんぼうだ。待っていろ、ショッカー!
バイク屋: また、あの妙な人だな。あっ!歩道橋の中段から跳んだ!… ああ、こけた…。
ライダー: いたたた…。腰をうった…
バイク屋: 大丈夫ですか?
ライダー: 今のジャンプは、見なかったことにしといてくれ。
バイク屋: 今日もその格好で電車に乗ってきたのですか?
ライダー: いいや、今日はバスできた。
バイク屋: なかなか勇気がありますね。
ライダー: 周りの連中が私をじろじろ見ていた。きっとヒーローの登場にエキサイトしていたのだと思うぞ!
バイクはこける?
バイク屋: 今日こそ、オートバイを買ってくださいね。
ライダー: 私がなんでオートバイに乗ることにためらっているか、知らないのか?
バイク屋: し、知りませんが…。
ライダー: どうしてなのか、聞きたいだろ?
バイク屋: いや、特に…
ライダー: 会話にならんやつだ。どうしてオートバイに乗ることをためらっているのですかと聞け!
バイク屋: なんで、ためらっていらっしゃるのですか?
ライダー: それはだな…止まったときに足をつかなければ…
バイク屋: 足をつかなければ…?
ライダー: オートバイは、こけるからだ!
バイク屋: …あたりまえじゃないですか。
こけないバイク!
バイク屋: オートバイは走らなければ、立っていません。その不安定さがオートバイの人気の秘密でもあるのです。
ライダー: まあ、この写真を見てみろ。私はこれを見て狂喜乱舞(きょうきらんぶ)した。
バイク屋: おお、これはヤマハ発動機の「モトロイド」ですね。
ライダー: なんだ、知っているのなら言ってくれればいいのに。いじわるなやつだ。
バイク屋: これは自立するオートバイですね。
ライダー: …ということは、「コケない」オートバイということだな?
バイク屋: そのとおりです。
ライダー: 走っているときはともかくとして、交差点の信号機のところで停車して、足をださなきゃこけるぞ!
バイク屋: こけません。
ライダー: でも、私が上にのっているのだぞ。そして、右に左に動くかも知れんのだぞ!
バイク屋: 大丈夫です。姿勢は電子制御されていて、完全に自立します。
ライダー: 乱暴に動くかもしれんぞ!
バイク屋: 大丈夫です、よほどの外力がかからない限り、こけません。
ライダー: もう一度きくぞ!停止しているのだぞ!横のスタンドを出してないのだぞ!
バイク屋: 大声でなくても聞こえます。電源がはいっていて、電子制御が働いている限り、こけません。
ライダー: あ、足の短い私が、交差点で足を出さなくても、立っているのか?
バイク屋: もはや、足の長さは関係ないでしょうね。
ライダー: 400kgもあるような巨大なオートバイならどうだ?相撲取りの力士が二人乗りをしていたらどうだ?
バイク屋: 問題ありません。二輪の間にあるリチウムイオンバッテリーと後輪の軸を電子制御により、左右に振ってバランスをとり、こけないのです。
ライダー: ほんとうに、こけない?
バイク屋: はい、こけません。
ライダー: ううう…
バイク屋: 泣かなくてもいいでしょ?
ロボット技術で
ライダー: ヤマハは、実にすごい技術を持っているな。
バイク屋: ホンダも、自立するオートバイを開発していますよ。
ライダー: おお、この何でもないような写真、オートバイが勝手に立っているではないか!
バイク屋: そうです。一昔前までは、自転車やオートバイに乗る人間のマネをロボットにさせることすら難しかったのですが、コンピューターの性能が飛躍的に上がって高速で大量にセンサーの感知を処理して、指令を出すことが可能になってきました。その結果、人工知能の方が人間よりも能力が高くなってきたのです。
三輪車なら…
ライダー: こけないオートバイということで、私は三輪バイクの購入も考えた。
バイク屋: 三輪バイクも、いい選択だと思いますよ。
ライダー: ただこいつには、じいさんばかりが乗ってるような気がするのだ‥。
バイク屋: ‥こけませんからね。
ライダー: かっこいい‥のだろうな?
バイク屋: 若い女性は、あまり乗らないようです。
ライダー: どうしてあんなに値段が高いのだ?
バイク屋: 後ろが2輪の三輪バイクは、デファレンシャルギアという、左右の輪の回転数に差をつける機構をつける必要がありますからね。
ライダー: 町ではあまり見かけないぞ。
バイク屋: そうでしょうね。極めて少ない台数しか売れていません。
ライダー: さらにあれは、急に曲がると、こけるというのは本当か?
バイク屋: 今のような高速時代に、不向きではありますね。
ライダー: 前に二輪ついているバイクはどうだ?
バイク屋: カーブには強いですが、カーブでオートバイのように傾きません。オートバイに慣れている人が内側にむけて体重移動すると、それとは逆にカーブを切ります。高速道路のトンネルで大型トラックと併走しているときなど、すごく緊張します。
ライダー: 二輪で走るオートバイの方が、安定しているというのだな?
バイク屋: ジャイロ効果で走る、オートバイの魅力です。
機械とコンピューターが人をアシストする未来
ライダー: 私も、高齢になってきた。「コケない」オートバイにまで乗って走ろうとすることなど、やめた方がいいのだろうか?
バイク屋: とんでもない。この「コケない」オートバイの開発こそ、私たち人間の生活を豊かにする根幹の技術なのですよ。
ライダー: でも、オートバイに乗ることなど、趣味の一つであるだけじゃないか。
バイク屋: いいえ、こけないオートバイの出現を心待ちにしている、「障害のあるライダー」が何百人もいるのですよ。
ライダー: え?障害のある人たち?
バイク屋: そうです。事故で腕や足を失ったり、背骨に大きな損傷を受けたりした人、聴覚や視覚、精神、内部疾患、いろんな障害を持っている方達が「風をきって走るオートバイ」に乗りたいと大きな期待をしているのです。
ライダー: そうか。私のように老齢になることだけでなく、様々な病気やケガでできなくなったことを、機械や人工知能がカバーしてくれるようになる時代が、そこまで来ているということだな?
バイク屋: その通りです。90歳で大型オートバイに乗れる時代はもう、すぐそこです。
ライダー: ほ、ほんとうだな?
バイク屋: ほんとうです。ただし、オートバイがこけるかどうかよりも、この交通社会の中で、安全に走ることが要求されます。そのための感覚を、維持する必要があります。
ライダー: どうすればいい?
バイク屋: このスクーターを本日お買い求めいただいてはいかがでしょうか。そして、町の中を「自由に安全に走る練習」をなさってください。
文責 玉木英明