2022-07 ポッシュ・クラブ。イギリスの教会で開かれる老人たちの素敵な会
60歳を迎えた母を背に
母: むすこや、私を背負って歩いてくれて、ありがとう。
息子: 母さん、礼など言わないでください。
母: 体を大切にして、家族をしっかり守ってやっておくれ。
息子: 母さんがこんなに軽くなっていたとは、胸がいたみます。
母: 道ばたの木の枝を折っていくから、帰り道に迷わぬようにするのじゃぞ。
息子: お願いです。そんなことを気にせずいてください。
母: 今から行く場所は、60歳を迎えた私にとって、特別な場所なのじゃな?
息子: ‥そうですね。
母: 無理にかくさなくてもいい。おまえは優しい子じゃ。
息子: 母さん、知ってたのですね。
母: むすこや、私はこれで幸せじゃよ。
息子: 母さん!
ドアをぬけるとそこは
母: ところで、むすこや、そのドアは何じゃ?
息子: 母さん、これが「どこでもドア」です。
母: あの「土左衛門」が出入りするやつか?
息子: 母さん、それは「ドラえもん」です。
母: このドアを通りぬけるとどうなるのじゃ?
息子: 行きたい場所に、直接行けるのです。
母: そうか‥ということは、この扉をくぐれば、例の場所に着くのじゃな?
息子: そうです、味気ないといえばそうかも知れませんが‥。
母: それで、帰り道を心配しなくてもよいのじゃな?
息子: そうです、母さん。さあ、通り抜けますよ‥‥よいしょっと‥。
母: おお、むすこや、随分にぎやかな場所に出たが‥ここが姥捨て山か?
息子: 母さん、何をいっているのですか?ここはイギリス、ロンドンの教会ですよ。
母: ロ、ロンドンの教会?
息子: そうです。母さんを今日お連れしたのは「ポッシュ・クラブ」です。
母: 姥捨て山に連れて行かれるのではなかったのか?
息子: 母親をそんなところに連れて行ったという話にしたら、タマキタイムズの読者に袋だたきにあいますよ。
ポッシュ・クラブ
母: むすこや、そのポッシュクラブとは何なのじゃ?
息子: 60歳以上なら誰でも入れるイギリスにある「昼間のナイトクラブ」です。
母: ナイトクラブじゃと?‥ここはカトリックの教会じゃろ?
息子: 実は10年ほど前、サイモン・カッソンと妹のアニーという兄弟が80歳の母親をつれて、ここに引越をしてきました。ところが知人も友人もいない初めての町、母親がどんどん元気を失っていったのです。
母: そりゃそうじゃろうなぁ。その年齢では新しい友人もできにくい。
息子: そんな母を元気づけようと、彼らは家の部屋をかざりつけ、お茶とお菓子、音楽を準備して近所のお年寄りを何人か呼び集めました。
母: いいことをするじゃないか。それで、その集まりはどうじゃった?
息子: とても楽しい時間でした。彼らの母親だけでなく、ご近所のお年寄りたちにとっても有意義な時間でした。
母: そうじゃろう、そうじゃろう。
息子: これにヒントを得たカッソンとアニーは、なんと、大胆にも教会のホールを借りて近隣の人々に招待状を送り、大々的にお年寄りたちのパーティーを開いたのです。
母: その兄弟もやり手じゃが、教会の神父も粋(いき)な計らいをするではないか。
息子: そのとおりですね。
母: しかし、そんな大がかりなこと、兄弟二人だけでは難しいじゃろ?
息子: 話をきいた彼らの友人達がすすんで手伝ってくれて、楽しくもてなしてくれたのです。
母: おお‥すばらしい。それで、教会でのパーティーは、うまくいったのかい?
息子: 大成功でした。
母: なるほど。それがポッシュ・クラブなんじゃな。
息子: そうです。イギリスでは2018年までに4カ所のポッシュクラブができて、合わせて一万人もの人々が参加しているそうです。
母: ごつい人数やな。
息子: 母さんは、関西の人だったのですね?
母: エキサイトするとなまるのじゃ。
利益を気にしない素敵な集まり
母: ポッシュクラブには、何歳から参加できるのじゃ?
息子: 60歳以上ならOKです。多くは70代、80代で、最高齢は108歳だそうです。
母: そうか。それで60歳になった私を、連れてこようと思ったのじゃな?
息子: そうです。さあ、母さん、この服に着替えてください。
母: おお、これは私がいちばんお気に入りの花柄のワンピースではないか!
息子: そうです。ポッシュクラブは、一番のおしゃれ着で着飾って参加することになっています。
母: なんだか、わくわくしてきたよ!
息子: さあ、もうすぐ正午になります。ポッシュクラブが始まる時間です。母さん、入りましょう。
母: 参加料は必要ないのかい?
息子: 5ポンド、たった600円ほどです。いま、支払いましたよ。
母: おお!これが、そのお昼の「ナイトクラブ」じゃな!
息子: ジャズバンドが演奏をはじめましたよ。あとに奇術師がでてくるそうです。
母: おお、若い人がケーキやクッキー、紅茶をもってきてくれたよ。
息子: 母さん、どうぞ召し上がってください。
母: 私は紅茶が大好きじゃ。
息子: 何杯飲んでもいいですよ。
母: おや、くじ引き大会が始まったでぇ。これはびっくりや。すてきな商品がえげつない量あるやないか!
息子: 母さん、だいぶエキサイトしてるようですね。
母: なぁ、これだと、パーティーの主催者が利益を得られないじゃろ?
息子: ポッシュクラブは、利益のことは気にかけていないのです。様々な後援者からの寄付やここで給仕をしているボランティアたちの善意が支えているのです。
老化を防ぐ最良の方法
息子: 最近の研究で、人との交流がいかに人間の幸福のために重要かわかってきました。
母: なるほど。有意義な人間関係が、不安とか鬱(うつ)を防ぐのに役立つというのじゃな?
息子: そうです。そればかりか社会的なつながりを持つ人ほど長生きし、認知症にもなりにくいのです。
母: イギリスは、よい国じゃのう。
息子: ポッシュクラブ、母さんも気に入ってくれたようですね。
母: 60歳を迎えた自分の母を「口減らし」のために山に捨てに行く社会と、若い人たちがボランティアで年老いた人たちを楽しませようと集まる社会と、何が違うのじゃろうか。
息子: まずは若い人たちが「自分もいずれは年老いる」ということを真剣にかんがえているかどうかでしょうね。
母: なるほど。老人を捨てる社会では、いずれ自分も捨てられるわけじゃものな。
息子: それから、素敵なアイデアを、地域や教会までも含めて「もり立ててやろう」という男気のある人たちが大勢いることでしょうね。
母: 上司に聞いてみて、許可されたことだけをやっておる奴らではダメじゃろうな。
息子: そのとおりですね。
母: むすこや、私もあそこで踊ってきてもいいかのう?
息子: ‥母さん、踊れるのですか?
母: ああ、昔とった、きねづかじゃ。
息子: ここでは、母さんの知ってるような「盆踊り」の曲は流れませんよ。
母: さっき、「アナスタシア」が流れておったではないか。
息子: 母さん、そんな曲を知ってるのですか?
母: むすこや、ジュリアナ東京・お立ち台のヨーコといえば、私のことじゃよ。
文責 玉木英明