2022-08 高齢者の年金。今後、増えていくのか、減っていくのか?
越後屋と代官が…
代官: おい、越後屋。
商人: はい、お代官様。
代官: 高齢者どもは、不平をいっておるじゃろう?
商人: お代官様、先月、年金を0.4%下げただけです。お気になさる必要はございません。
代官: そうかのう。
商人: 世の中は、侵略と感染症と銃撃で話題豊富でございます。誰も年金など気にとめておりません。
代官: しかし、高齢者が手にする年金は、月に500円ほど減ったじゃろ?
商人: お代官様、そんなのは「かつさと」のチキンカツ丼一杯分、どうってことございません。
代官: おぬしは、高齢者にきびしいのう。
商人: もともと、年金は政府が与えてやっているものでございます。文句を言うヤツには、支給してやらねばよいのでございます。
代官: 越後屋、おぬしも、相当の悪よのう。
商人: いえいえ、お代官様ほどでは…。
物価上昇の今、なぜ年金額が下がる?
代官: それにしても、高齢者の年金を、先月ちょいと下げたのは、蜜の味じゃったのう?
商人: お代官様、我が国の年金支給額は、年間53兆円、韓国の国家予算と同等でございます。
代官: それを0.4%引き下げれば、200億円ほど浮くことになる。おぬしとわしとで利益を折半しても、かなりの額だ。
商人: しっ!お代官様、声が高うございます。
代官: 大丈夫、大岡越前も遠山金四郎も水戸黄門も、近くにはおらぬわ。
商人: お代官様の「つるの一声」は、まさに一攫千金でございます。
代官: もっと年金を下げてやれば、さらにわしらのふところが潤ったろうに。
商人: お代官様、無茶をおっしゃってはいけません。去年から2年連続で年金支給額を下げたところです。あまり波風をたてすぎるのは、いかがかと…。
代官: ただ、このところの物価の上昇は気になるのう。
商人: ウクライナのからみで、穀物や燃料の物価が4月から上がり始めました。前年比2.5%以上、物価が上がっております。
代官: 越後屋、物価が上がっているのに、よく年金を下げられたのう?
商人: お代官様、これが数字のからくりでございます。昨年度の消費者物価指数がマイナス0.2%、過去3年間の賃金変動率がマイナス0.4%、年金はその低い方を採用するルールになっているのでございます。
代官: なるほど。物価か賃金、いずれか「低い方」に合わせるのじゃな?
商人: さようでございます。物価がいくら上がっても、賃金が上がらなければ、年金の支給額は増えません。
代官: 両方とも上がるということはないのか?
商人: お代官様、安心ください。「マクロ経済スライド」という便利な制度
を定めてございます。
代官: いい名称だ。国の経済に合わせて、政府が年金額を上げたり下げた
りできる制度じゃな?
商人: 正確には「有効に下げるばかり」の制度でございます。
たくさん積み立てれば、たくさんもらえる?
代官: 若者が支払う年金の保険料は、高いのか?
商人: 安いとは言えません。会社員などは、本人と会社が折半で支払い
ます。
代官: 会社にも、半分支払わせるのか?
商人: はい、年収が多いほど、たくさん払わせるしくみになっています。
代官: 年収400万円ほどのやつなら、どれくらいじゃ?
商人: 年64万円ほどです。
代官: ならば、40年も積み立てれば2560万円にもなるわけじゃな?
商人: はい、さようでございます。
代官: たくさん積み立てれば、たくさん年金をもらえるのじゃな?
商人: いいえ、そこがちがいます。日本の年金は、賦課(ふか)方式といって、現役世代が支払っている保険料で高齢者を支えます。
代官: どういうことじゃ?
商人: 「自分が積み立てたお金を、老人になったらもらう制度」ではなく、「働く人たちから今集めているお金を、高齢者に分け与える制度」ということです。
代官: ということは、「自分がいくらたくさん支払っても、若者から集められる額が少なければ、少ししかもらえない」ということか?
商人: お代官様、声が高うございます。町民は細かいことに、気づいておりません。
基準は、働く人かそれとも高齢者か
代官: 越後屋、ちょっと聞いていいか?
商人: はい、なんなりと。
代官: 高齢者の割合は、増えていくのじゃな?
商人: はい、確実に増えていきます。
代官: 若者の割合は、減っていくのじゃな?
商人: はい、確実に減っていきます。
代官: 一人の高齢者に支払うお金を一定に保とうとすれば、どうなる?
商人: 一人の若者に支払わせるお金が、どんどん大きくなっていきます。
代官: では、一人の若者に支払わせるお金を一定に保とうとすれば、どうなる?
商人: 一人の高齢者に分け与えるお金が、どんどん小さくなっていきます。
代官: 越後屋、さっきおぬしの言っておった「マクロ経済スライド」というのは、どっちを基準にした制度だ?
商人: 申し上げる必要もございません。「高齢者への支払いを減らせるようにした制度」でございます。
代官: 若者が減り続ければ…
商人: 支払う年金の額が減り続けます。
代官: 高齢者は…
商人: さらに貧しくなっていきます。
代官: 越後屋、ちょっと、えげつないのとちゃうか?
商人: お代官様は関西のご出身だったのですね?
代官: 動揺すると、なまるのや。
年金が減り、インフレになれば
代官: ちょっときくぞ。インフレというのは何じゃ?
商人: はいお代官様、お金の価値が下がっていくことです。
代官: では、年金が減って、さらに世の中がインフレになったら…
商人: 町民はさらに生活に困ることになるでしょうなぁ。
代官: 年金の支給額が増えた年はあるのか?
商人: あるにはありますが、ここ10年ほどの間をおしなべれば、減額しています。年金が増える要因など、ございません。
75歳までは働ける?
代官: 町民たちは、年金が減っていく一方であるということに、気がつかないのか?
商人: うすうす気がつき始めています。
代官: では、どうして騒ぎ始めないのだ?
商人: 一つには、働ける年齢が高くなってきたことがあります。
代官: 60歳を越えた連中が、年金をもらわず働いていたいと考えておるというのか?
商人: そうです。健康に働いて、お金を得ていたいと思っているのです。
代官: それは朗報じゃ。年金を支給する年齢をもっと上げればよい。
商人: 今年4月から年金の受給をさらに遅らせ、75歳まで先延ばしできるようになりました。
代官: おう、65歳より早くもらえば繰り上げ、遅くもらえば繰り下げとよぶやつだな?
商人: そうです。もし、75歳まで年金をもらう年齢を繰り下げれば、もらえる年金の額は、ぐっと多くなります。
収入と支出、長い目でみれば
代官: おい、越後屋。
商人: はい、お代官様。
代官: このまま高齢者に配る年金の額が減って、さらにみんな75歳までがんばって働いてくれれば、わしらのふところは、うるおうばかりじゃのう。
商人: いえ、そうとも…
代官: なんだ、越後屋。そんな辛気(しんき)くさい顔をして。
商人: 高齢者に支払っている年金額は、53兆円なのですが…
代官: それは、先ほどきいたぞ。
商人: 徴収している保険料は、39兆円なのです。
代官: ち、ちょっと待て、越後屋。支払っている年金の額の4分の3しか、若者から徴収できてないということか?
商人: その通りです。
代官: この制度、今後は…
商人: はい、若者の人口が増えない限り、先細りの状態です。
代官: どうするのだ?
商人: 今の状態を、先送りするしか、ありません。
代官: ということは、わしとおぬしとは…
商人: はい、ここ何年か、私たちのふところを潤したら、お役目から退くのが賢明かと…。
文責 玉木英明