2023-12 どう守る?マイノリティー(少数派)の権利と多数派の正義
ビーナスとダビデが
ビーナス:ねえダビデ、パンツはきなさいよ。あなたのその姿、目のやり場に困るわ。
ダビデ :ビーナス、ぼくの裸は芸術、パンツは不要だ!女のくせに意見をするな。
ビーナス:女は意見をしちゃだめだというの?男のくせに女々しい(めめしい)言い方しないでよ。
ダビデ :男に向かって、女がその口のきき方はなんだ!
ビーナス:あなたこそ女に向かってそのデリカシーに欠けた男特有の言い方は何よ。
ダビデ :男みたいな表現をするな。君は女だろ?
ビーナス:男らしくないわね。女をたてることもできないの?
ダビデ :男は度胸で女は愛嬌なのに、君なんか女じゃないね。
ビーナス:そんな女みたいな言い方してるから、男がすたるのよ。
ダビデ :よくしゃべる女だ。三人寄ってないのにかしましい女だ!
ビーナス:すぐ大声を出すヒステリックな男は見苦しいわよ。女の方が冷静ね!
ダビデ :…ええっと、ぼくらは何について言い合っているのだったっけ?
ビーナス:あなたのパンツのこと…じゃなかったかしら?
多数の側にいれば安心だから?
ダビデ :「男のくせに、女のくせに」と言いあう姿は、実に滑稽(こっけい)だね。
ビーナス:ほんと、男か女かを理由にしてるわけだから、説得力は全くないわね。
ダビデ :「男のくせに」という表現は、多くが考える平均的な男がイメージの真ん中にあって、そこから外れているからダメなんだと相手を責める表現だね。
ビーナス:「女のくせに」という言葉も、多くが納得する女性像が真ん中にあって、そこからはずれていることが恥ずかしいことだと相手に正体のない屈辱感を与える言葉ね。
ダビデ :そう、真ん中から外れていることが「ダメ」だと言ってるわけで、どうして外れてたらダメなのか、まるではっきりしていないよね。
ビーナス:真ん中からはずれている人たちを、少数派って呼ぶのでしょ?
ダビデ :そう、少数派、マイノリティーさ。
ビーナス:人は、大多数の中にいてその意見に同調してれば誰にも責められないし安心だから、みんなと同じ意見で、同じように行動しようとするわけね。
ダビデ :多数を否定する意見が出せないような集まりってあるよね。
ビーナス:日本で戦争に反対すれば「非国民」、ドイツでヒトラーのやり方に反対すれば「反ナチス」と呼ばれて攻撃の対象にされた時代がそれね。
ダビデ :マイノリティー(少数派)は、生きていく方法はないの?
ビーナス:一番最初に声をあげたひとは、必ずたたかれる運命だろうね。
ダビデ :逆に「少数派」は、個性を打ち出す絶好の機会でもあると思うのだけど。
ビーナス:確かに、髪の毛を金髪に染めたり、男性がピアスをつけたりするのは、少数派だけれど「おしゃれ」のひとつよね。
ダビデ :でも、そんな人たちも、就職活動をする時には髪を黒く染めなおしてピアスをはずして「リクルートスーツ」と呼ばれる黒くて同じ形をした服を着るよね。信頼を得るには、先ず「大多数の中」にいる必要があるのだろうね。
ビーナス:人は、知らず知らずのうちに「大多数」に寄っていくのでしょうね。
何を議論すべきなのか、LGBT
ビーナス:LGBT法案が今年2023年6月16日に日本の国会で成立したわよね。
ダビデ :女として生きたい男も、男として生きたい女も、尊重されるべきという法律だね。
ビーナス:「あなたは女なのだから男と結婚しろ、男なんだから女と結婚しろ」ではなくて、自分が満足して生きたいように生きればいいということよね。
ダビデ :男なのに男が好きだなんて、信じられないよ。
ビーナス:それが「大多数から少数をのけものにする」表現なのよね。
ダビデ :個々の生き方、認めてあげればいいじゃないの。ぼくらに影響はないよ。
ビーナス:自分に影響があるから考えて、影響がないから考えないというのではなくて、社会みんなで考えなきゃだめなのよ。不具合が出てきて初めて文句を言うのは卑怯(ひきょう)よ。
ダビデ :どんな不具合があるというの?
ビーナス:「自分は女として生きる」と決めた「もと男の人」は、女湯に入れるのかしら?
ダビデ :それは、ちょっと…。
ビーナス:それじゃ、その人はみんなと男湯にはいらなきゃならないの?
ダビデ :いや、それも…
ビーナス:学校の修学旅行ではどうするの?
ダビデ :女としての意識を尊重してあげて…
ビーナス:じゃ、女湯にはいるの?
ダビデ :せ、せまらないで。「男は男湯に入れ」とせずに、「自分の部屋の個別の浴室を使いなさい」としてあげればどうだろう?
ビーナス:さらに、男だけの徴兵制が義務化されてる国では、自分は女性であると宣言した元男性は、兵隊に入らなくてもいいの?
ダビデ :い、いや、それはずるい…
ビーナス:逆に、男性として生きていくと宣言した元女性は、兵役の義務を負うのかしら?
ダビデ :いや、それもどうだろう…
ビーナス:市役所で「私の出生届は男として提出されましたが、女として生きていくと決めたので変更してください」と届けられたら、職員はそれを受け取ることできるかしら?
ダビデ :今の法律では…
ビーナス:じゃあ法律を改正できたとして、男が一度は女として生き始めたのに、やっぱり男に戻るよと申請したらどうなる?
ダビデ :変更は一度だけ…とすべき…?
ビーナス:「尊重する」というのは簡単だけれど、実際には考えるべきことがたくさんあるわ。
公正か、不公正か
ビーナス:男性として生まれた人が、女性として生きていくと宣言して、優位な状況を作り出すことも考えられるのよ。
ダビデ :たとえば、ぼくが女性になったとすると、優位なことって何かある?
ビーナス:実は、CIACの陸上競技で問題になっていることがあるのよ。
ダビデ :なに、それ?
ビーナス:アメリカのコネティカット州の中高等学校競技連盟よ。
ダビデ :そこなら、ぼくが優位になれるの?
ビーナス:体は男性として生またけれど心は女性である人、すなわち「性自認が女性の生物学的男性」が、陸上の女子種目に出場してもいいとCIACが認めたのよ。
ダビデ :ち、ちょっとまって。ということは体は男性でも心が女性の「トランスジェンダー」選手が、女性と並んでレースに走れるようになったってこと?
ビーナス:その通りよ。
ダビデ :…実際に、トランスジェンダーの選手は出場したの?
ビーナス:2019年、CIACの主催するS級選手権の陸上100mに、生まれた時の性別が男性の選手が、女子種目に2人参加したわ。
ダビデ :その二人、どうなったの?
ビーナス:両者合わせて州大会の15種目に優勝、17の大会新記録を出したわ。
ダビデ :それって、フェアー(公正)なの?
ビーナス:生物学的現実や常識、科学的に見ても、さらにテストステロンの分泌を抑制しようとも、生まれた時男性だった人は、生まれた時女性だった人よりも体力的に有利よ。
ダビデ :簡単に言えば、男の方が女よりも力が強いということだよね。
ビーナス:その通り。だから2020年、CIACの方針を陸上競技の女性たち3人が提訴した。
ダビデ :どう訴えたの?
ビーナス:女子種目の出場資格を、生物学的女性に制限すべきだと訴えたのよ。
ダビデ :この問題、陸上競技だけに限らないと思うのだけれど。
ビーナス:そう、テニスや水泳、サッカーも含めて今まで男子と女子とで分けてきた種目すべてに関係してくるわね。
権利と競技の公正さ
ダビデ :トランスジェンダーの「権利」と競技の女子種目の公正さ、どっちが優先されるべきなのだろうか。
ビーナス:世界陸上連盟は生物学的に男性である「女性」は今は出場を認めていないわ。でも、米国では、スポーツを実施する協会や教育委員会、政府さえもスポーツで大切なのは生物学的差別でなく「個人的アイデンティティー(自分をいかに自覚・認識しているか)」だと表現しているわ。
ダビデ :君は、思慮深いとても知的な女性だね。尊敬するよ。ぼくと結婚してくれない?
ビーナス:あなたの主義、私は受け入れられないところがあるのよ。
ダビデ :ぼ、ぼくの?主義?どんな?
ビーナス:パンツをはかない主義よ。
文責 玉木英明