2022-05 博士課程入学者激減。日本の修士・博士のシステムは?
たきぎを背負った少年に
おじさん: ちょっと、きみ、きみ!
少年 : ‥ぼくをよびましたか?
おじさん: 歩きながら本を読むと、あぶないよ。
少年 : ご忠告ありがとうございます。夜に読書すると「油のむだ使いだ」と言われるので、こうして歩きながら読んでいるのです。
おじさん: そんなにしてまで、読書しなくても‥
少年 : 余計なことを言いますが今年はヒエを植えた方がいいですよ。
おじさん: な、なんでだい?
少年 : 夏まだ浅いのに、ナスを食べたら秋ナスの味がしました。今年は冷夏になって飢饉(ききん)が発生します。冷夏に強いヒエを植えないと、秋に収穫がなくなります。
おじさん: ほ、ほんとうかい?
少年 : それから、堤防の斜面に植物を植えてもいいですか?
おじさん: いいけど‥あんなところ、畑にはならないよ。
少年 : アブラナを植えて油をとります。
おじさん: その油、売るつもりかい?
少年 : 油を売っていては出世できませんよ。読書のランプの燃料に使うのです。
研究をすすめるには
おじさん: きみは頭のいい子だね。
少年 : 一生懸命勉強をして、えらくなりたいと思っています。
おじさん: 大学にいくつもりかい?
少年 : はい、もちろんです。
おじさん: それはいい。大学に行けば出世できる。
少年 : 日本では、今、大学・短大へほぼ6割が進学します。
おじさん: な、なんと!そんなに多いのかい?
少年 : はい、もはや大学は出世の糸口ではありません。
おじさん: こんなに学士が多い国はめずらしいね。
少年 : いいえ、100万人あたりの学士号取得者は、これでもまだアメリカや韓国より少ないですよ。
おじさん: 日本は大学に進学しやすいのかい?
少年 : 日本では少子化が進んでいます。ライバルが減り続けています。大学という場所へ入るだけなら、わりと簡単です。
おじさん: 学問を極め、研究をしたい人はどうすればいいのだ?
少年 : その上の大学院、博士課程まで進む必要があります。
おじさん: なるほど。少子化が進んでいけば、日本もこれから博士号の取得者がどんどん増えていくのだろうね。
少年 : いいえ、日本の状態は、全く逆の状態です。
減り続ける博士号取得者の割合
おじさん: ど、どういうことだい?
少年 : 日本での博士課程の入学者数は、2006年をピークに減少しています。
おじさん: 十数年も前から減ってる?
少年 : 日本、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、韓国、
中国の7か国で2008年から2014年の人口100万人あたりの博士号取得者が減少したのは、日本だけでした。
おじさん: ち、ちょっと聞くよ。100万人あたりの博士号取得者の数って、外国では何人くらいなの?
少年 : 韓国で284人、アメリカで268人、いずれも2018年の数です。
おじさん: 日本は‥
少年 : その半分以下、119人です。
おじさん: あかんやないか?
少年 : はい、あきまへん。
おじさん: 君は、関西の出身なの?
少年 : おじさんのなまりに合わせました。
海外に出て行ってしまう
おじさん: 少年に聞くのは恥ずかしいのだが、なんでこんなことになってきたのだ?
少年 : 企業が博士号取得者を重く扱わないからといわれています。
おじさん: 企業が?
少年 : はい、日本の企業に所属する研究者のうち、博士号をもっているのは4.4%にすぎません。17か国の中で最低です。
おじさん: 重く扱わないとは、どういうことだ?
少年 : 給料がほとんど他の人と変わらないのです。
おじさん: ‥あ、あかんやないか!
少年 : 逆に、博士号をもち自分の研究に自信のある人は、日本では能力が活かせないからということで、海外に出て行くことが多いのです。
おじさん: 企業に勤めている人が博士号をもっていると、給料はどれくらいもらえるの?
少年 : たとえばアメリカの民間企業なら、年収10万ドルが平均です。
おじさん: あ、あのな、おじさんにもわかるような単位で説明してくれ。
少年 : 月給100万円ほどです。
おじさん: ご、ごついやないか!
少年 : 動揺すると、関西弁がとび出ますね。
大学の教員になれば
おじさん: 博士号をとったら、大学の教員になれば?
少年 : 40歳未満の国立大学の教員のうち「任期付き」の割合が、64パーセントです。
おじさん: あ、あのな、何度も申し訳ないが、おじさんがわかるように説明してくれるかい?
少年 : 大学教員の3分の2が「数年」で契約の切られる人なのです。
おじさん: ‥不安定だな。
研究を続けるのに不可欠「アルバイト」
少年 : 日本では、博士号をとろうとする学生も大変です。
おじさん: ‥どうしてだい?
少年 : 研究をしている間は、給料がないのです。
おじさん: 学生なんだから、あたりまえじゃない。
少年 : 欧米の大学院、特に理系の学生は全員給料をもらっています。
おじさん: え?「給料」がもらえるの?
少年 : はい、博士はもちろん、修士でも「給料」がもらえます。
おじさん: だれが給料をはらってるの?
少年 : アメリカでは、研究費を通して国から、またヨーロッパの場合にも国から直接支給されます。授業料自体も無償、または給付型奨学金というのがあって実質無償です。
おじさん: 日本では‥
少年 : 修士は自分で全て学費を支払わなきゃならないし、博士課程も日本学術振興会特別研究員という枠があってお金が出る場合もありますが、採用率が2割とすごく狭い門です。
おじさん: 博士になるのに借金が必要だね?
少年 : 博士課程の6割以上の人に借入金があって、過程終了時に40.3%が300万円以上の借金を抱えています。
おじさん: 20代の後半、収入がない状態で海のものとも山のものともわからない研究を続けていくことは、至難の業だということだね。
少年 : その通りです。
おじさん: 文部科学省は何か考えてないの?
少年 : 修士過程の学生への支援は全くありませんが、博士課程では「大学フェローシップ」という年間180万円の生活費を考えているそうです。
おじさん: それをもらったとしても、日本ではアルバイトしないと、やっていけそうにないね。
ノーベル賞を受賞する人たち
おじさん: 最近、毎年日本人の研究者がノーベル賞を受賞しているじゃないか。日本も、すてたものじゃない。
少年 : iPS細胞の山中伸弥さんをのぞいて、ノーベル賞の受賞者は数十年前にさかのぼっての研究成果が、評価されているのです。
おじさん: どういうことだ?
少年 : これから数十年がすぎてから、はたして日本人のノーベル賞受賞者が出るかどうかが不安だということです。このままでは、自分の生活を気にせず一つの研究に打ち込んでいく若者が、ますます減っていってしまうでしょう。
おじさん: そ、そうか‥。私たちの国がしなければならないことは何なのだろうか。
少年 : 日本が、目先の利益より、人への投資を真剣に考えるべきだと思います。
おじさん: わ、わかった。おじさんがきみに何かしてあげられることがあるかい?
少年 : 私の脳がエネルギーを欲しています。
おじさん: きみの脳が‥エネルギーを?
少年 : おじさんの腰につけたきびだんご、ひとつ、わたしにくださいな。
文責 玉木英明