2022-06 大きな悩み。外国人にどう伝えるか複雑な日本語。
宇宙からきた怪獣が…
怪獣: ふぉっふぉっふぉっ…
少年: うわっ!変なやつがいるよ!
怪獣: 私は、宇宙からやってきた。どうだ、こわいだろ?
少年: こわい…というのと、ちょっと違うような気がするのだけど。
怪獣: あのな、少しはこわがれ!
少年: わかったよ。「ひえ~こわい!」これでいいの?
怪獣: おびえた声で「おまえは誰だ?」と聞け。
少年: お、おまえは誰だ?
怪獣: ふぉっふぉっ、私は宇宙にんのガラモンだ。
少年: なんだって?
怪獣: だから、宇宙にんのガラモン…
少年: 宇宙にん?
怪獣: 何度も繰り返させるな!
少年: 読み方がちがってると思うのだけれど。
ヒト、じん、にん、り
怪獣: な、なんだと?読み方がちがう?
少年: 宇宙人は「うちゅうじん」と読むよ。
怪獣: 宇宙じん?
少年: そう、「人」の前に人の属性、状態を表す語が来ると、「じん」と読むのさ。
怪獣: 属性って、なんだ?
少年: いる場所だよ。日本にいる人は「日本じん」、宇宙からきた人は「宇宙じん」と読むのだよ。
怪獣: 状態を表す語って、なんだ?
少年: 美しい人なら美人(びじん)、老いた人なら老人(ろうじん)と読むのさ。
怪獣: わ、わかった。じんと読めばいいのだな。よしもういちど自己紹介をやりなおすぞ。私は宇宙じんだ。じんじんを殺すことなど、へっちゃらだ。
少年: …なに?そのじんじんってのは?
怪獣: 「人々」にきまってるじゃないか。じんを殺すことを「じんころし」といって、漢字で「人殺し」と書くぞ。
少年: 人々は「ひとびと」、ひとを殺すことはひとごろしと読むよ。「人」を単独で使う場合は「ひと」と読むのさ。
怪獣: そ、そうなのか。もういちど自己紹介させてくれ。私は宇宙じんだ。ひとを殺すことなど、へっちゃらだ。宇宙戦争のしかけじんとも呼ばれている。
少年: …なに?そのしかけじんってのは?
怪獣: あのな、よく聞いてろ!相手に戦争をしかけるやつに決まってるじゃないか!
少年: 「人」の前に動作をあらわすことばがついたら、「にん」と読むよ。世話人(せわにん)、管理人(かんりにん)なんてのはそれさ。
日本語を学ぶ時の悩み
少年: 征服を考える前に、日本語を勉強し直したら?
怪獣: 宇宙船を着陸させる時に、日本を選んだのが間違いだった…。
少年: 何をごちゃごちゃ言ってるの?
怪獣: いや、こっちの話だ。実は「人」はニンなのか、ジンなのか、ヒトなのか、よく分からないのだ。読み方を間違えた宇宙じんは、私いちにんだけか?
少年: それは「ひとり」だよ。
怪獣: おお!人数の時は「り」とよむのだな!ひとり、にり、さんり、よんりでいいのだな?
少年: いや、2人は「ふたり」、3以上は「にん」だ。でも4人はよんにんじゃないよ。
怪獣: 犬はいちひき、2ひき、3ひきでいいのだな?
少年: ちがう、ちがう、1ぴき、2ひき、3びきさ。
怪獣: 4以後はどうかぞえるのだ?
少年: よんひき、ごひき、ろっぴき、ななひき、はっぴき、きゅうひき、じゅっぴきだ。
怪獣: そのちいさい「っ」でつまるのは何でだ?
少年: 理由なんかないよ。昔から日本人は1と6と8と10は数字の最後の音を小さい「っ」にかえて「ぴき」をつけて、3は「びき、」あとの1.4.5.7.9は「ひき」さ。
怪獣: あ、あのな、とりあえず犬の数からはなれよう。わしの宇宙船からミサイルを、いちはつお見舞いするぞ!
少年: それをいうなら「いっぱつ」だよ。
怪獣: うるさい!2ぱつぶちこむぞ!
少年: 2の場合は、2はつだよ。
怪獣: 3以後のミサイルは、どう数えるのだ?
少年: さんぱつ、よんはつ、ごはつ、ろっぱつ…
怪獣: ええい、ミサイルを使うのは、やめとこう。
「くれる」と「もらう」
怪獣: 私に、正しくていねいな日本語をおしえろ!
少年: それはお願いしてる言い方じゃないよ。命令文だ。
怪獣: よし、言い直す。ていねいな日本語を、おしえてくれ!
少年: 「くれ」は、日本語教室では言っちゃだめな言葉として教えるよ。
怪獣: どうしてだ?
少年: マクドナルドで「ポテトをくれ」なんて言えば、周りの人が驚くよ。
怪獣: じゃあ「ポテトをくれ プリーズ」ならいいのか?
少年: 英語ならOKだろうね。
怪獣: 何がいかんのだ?
少年: 日本語では、お願いをするときには、ふつう命令文は使わないのさ。
怪獣: 命令文?
少年: そう、「あなた」がおしえてくれといえば命令文、「私が」教えていただけますかと問えば「私」のお願い文だ。
怪獣: 謙遜(けんそん)の極みだな。
少年: さらに言うなら「くれる」と「もらう」も 「くださる」「いただく」とすべきで「書いてくれますか?」「書いてもらえますか?」は、田舎のホテルの受付係の言い方だ。
主語を私でなくすなら
怪獣: よし、言い直すぞ。「日本語を教えていただけるか?」
少年: ずいぶん表現がよくなったね。
怪獣: そ、そうか。よし、お礼に、私がお茶を入れてやる。
少年: あのね、「~してやる」というのはよくないよ。
怪獣: なんで?
少年: 自分が、相手が自分より低いことを表わす言葉だからさ。
怪獣: わ、わかった…ほら、お茶を入れたぞ。
少年: それもだめ。お茶を入れたのはだれ?
怪獣: 私だ。「私」を主語にしたのだから、文句ないだろ?
少年: 日本人の価値観では、自分の功績を主張しちゃだめなんだ。
怪獣: じゃまくさい価値観だ。どう言えというのだ?
少年: 「お茶がはいりました。」というのさ。
怪獣: なんと!「お茶」が、勝手にはいったというのだな?
語尾につける「ぞ」
少年: それから「お茶を入れたぞ」の「ぞ」はやめるべきだよ。
怪獣: なんども聞いて申し訳ないが、どうしてだ?
少年: 簡単にいうと、目下の人への粗野な表現と多くの人が思っている。
怪獣: 使っちゃいけないのか?
少年: そんなことはない。ただ、日本語教師は、外国の人、特に女性に日本語を教えるときは「ぞ」を語尾に使わないように指導するよ。
怪獣: 使っちゃ変なのか?
少年: お客様に向かって「夕食の準備ができたぞ」とは決して言わないよ。
怪獣: ならば「ぞ」はどんな時に使えばいいのだ?
少年: 「自分の気持ち」を相手に伝える時でなくて、周りの状況へ注意喚起をする時や、周囲のみんなを鼓舞する時だけは使える表現さ。
怪獣: 注意喚起?鼓舞?
少年: 「凍結してるぞ!すべるぞ!気をつけるんだぞ!」は注意喚起だし、「絶対優勝するぞ!」なんてのは鼓舞さ。
怪獣: 語尾を何と言えば、粗野に聞こえないのだ?
少年: 「ぞ」の代わりに「よ」とか、女性なら「わよ」を使えばいいのさ。
怪獣: なるほど。「すべるよ!」「こけるわよ!」って言えばいいんだな。
いる、おる、ある
怪獣: スーパーで「刺身コーナーにマグロはいるか?」と聞いたら、変な顔をされた。
少年: そのスタイルだと、どんなこと聞いたって変な顔されるだろうね。
怪獣: そんなこと言うな。何で変な顔されたのか教えて欲しいのだ。
少年: 「いる」のは、生きてるものだよ。
怪獣: 「まぐろは おるか?」ならどうだ?
少年: 奥の部屋でお茶をのんでるまぐろに会いに来たみたいだ。
怪獣: 「まぐろは、いてるか?」はどうだ?
少年: 関西人とまちがわれるね。
怪獣: まあいい。とにかく、おまえらの地球を征服してやるから、覚悟しておくんだぞ!
少年: はい、それを、ていねいな日本語でいうと?
怪獣: あなたたちの地球を、征服させていただきますので、覚悟をしてくださいますか?
少年: よし、まあまあだな。
文責 玉木英明