2024-02 消えた応接間のステレオ装置。人は音楽をきかなくなった?

                                                                     



40年ぶりに帰ってきた太郎

母さん:  太郎さん、部屋に入るわよ。

太郎 :  ああ母さん、そおっと歩いて。レコード針がとぶから

母さん:  またレコードを聴いていたのね。同じ曲ばかり何度聞いたら気がすむの?

太郎 :  タイとヒラメがこの曲で踊ってたんだ

母さん:  何年も行方不明でやっと帰ってきたと思ったら、毎日音楽を聴きながら、妙な箱をのぞきこんでため息ばかり。どうしたのよ。

太郎 :  この箱から煙が出てきて

母さん:  なに寝ぼけたこといってるのよ。だいたい犬か猫をペットにして帰ってくるのならともかく、何でカメなの?

太郎 :  僕が助けてあげたから

母さん:  あなたが時々つぶやいているレコード歌手の名前、だれだっけ?

太郎 :  おとひめ

母さん:  どうせ、天地真理(あまちまり)かピンクレディーと同年代の女でしょ?どこの所属?テイチク?キャニオン?それともジャニーズ?

太郎 :  リュウグウジョー

 


ステレオ装置

母さん:  あなたが大切にしてたから、4チャンネルのステレオ装置をそのまま部屋に残しておいてあげたのよ。

太郎 :  ありがとう、うれしかったよ。ただ、新しいレコード針を手に入れようと思って町に行ったのに、レコード屋がないんだ。ようやく大きな電気屋があったから尋ねたら、「レコード針って何ですか?」って若い店員がおかしな顔をするんだ。

母さん:  太郎さん、レコードは1980年代にCD、コンパクトディスクに置き換わったわ。

太郎 :  あの溝のないレコード盤?

母さん:  レーザー光で情報を読み取るのよ。針でひっかく「シュワシュワ」いう音が全くしないわ。

太郎 : あのねぇ、ぼくのオーディオ装置はSN比が大きくて、チャンネルセパレーションもダイナミックレンジも、ワウフラッターに関しても最高のもので

母さん:  あなたが今言った単語は、もうすべて「死語」になってしまったわ。

太郎 :  ステレオ装置は、消えてしまったの?

母さん:  大きなステレオ装置で、みんな音楽を聴かなくなってしまったのよ。

太郎 :  CDというやつで、音楽を聴いているの?

母さん: そのCDも、みんな買わなくなってしまったわ。

太郎 : 車の中はどうなの?カーステレオってのを自動車につけて、彼女とドライブするのが若者たちの夢だよ。車の中ではレコードは聴けないから、カセットテープがあれば

母さん:  カセットテープを聴ける自動車なんて、もうないでしょうね。

太郎:   ぼくがいなかった40年間に、みんな音楽は聴かなくなってしまったの?

母さん:  いいえ、むしろ毎日の生活では、より多くの種類の音楽を楽しんでるわよ。

太郎 : でも、ステレオ装置を使わずに、どうやって

母さん:  あなたの4チャンネルのステレオ、どこのメーカーだったかしら?

太郎 :  オンキョーだよ。

母さん:  オンキョーは、先ごろ倒産したわ。

太郎 :   う、うそだ!テープデッキのメーカーの、アカイ電気やアイワ、ティアックは

母さん:  アカイ電気も2000年になくなったわ。アイワやティアックも形を変えて残っているけれど、息も絶え絶えの状態よ。

 


音楽の聴き方

太郎 :  みんなどうやって音楽を聴くの?

母さん:  このイヤホンよ。


太郎 :  こんな小さなイヤホンで、いい音がするわけないじゃないか。いい音を出すスピーカーは、しっかりした箱でなきゃ

母さん:  まあ聴いてみて。

太郎 :  おお!すごくいい音

母さん:  通勤や通学の電車の中で、これを聴いてるのよ。

 


 

ジュークボックス

太郎 :  母さん、40年前はジュークボックスというのがあって、みんなが集まっているバーやカフェで、お金を入れると流行歌のレコードが1曲演奏されて、それはそれは素敵な雰囲気で

母さん:  このジュークボックスの曲は、一回いくらだったの?

太郎 :  100円ほどかな

母さん:  ジュークボックスには、何枚くらいレコードが入ってるの?

太郎 :  100枚くらい入ってたよ。

母さん:  新しい曲が聴けるの?

太郎 :  店によっては古い曲しかない場合があるけれど

母さん:  今、アマゾンあたりのサブスクリプション音楽聴き放題は、最新の曲を含めて4万曲ほどの音楽から選ぶことができて、費用は月額1000円もかからないわ。

太郎 :  …ごついやないか。

母さん:  あなた、関西弁を話したかしら?

太郎 : 動揺するとなまりますのや。

 

リクエスト

太郎 : 母さん、ラジオ番組に聴きたい曲のリクエストはがきを書くことにするよ!

母さん: 何を書くって?

太郎 : リクエストはがきだよ。聴きたい曲を放送で流してと、はがきでお願いするんだよ!

母さん: はがきで?

太郎  : 聴きたい曲が何なのかしっかりと書いて、それにまつわるエピソードを添えて送って、アナウンサーがそれを採用した場合に放送されるのさ。

母さん: どんなラジオ番組にそれを送るの?

太郎 :  不二家歌謡ベストテンのロイジェームスがいいかなぁ、それともFMバラエティーの青木小夜子さんがいいかなぁ。

母さん: あのね太郎、ロイジェームスは40年ほど前に亡くなられたわ。FMバラエティーも1987年に放送されなくなったわよ。

太郎 : ぼ、ぼくは、誰にリクエストをすればいいんだ?

母さん: ラジオ番組で取り上げてくれるまで待つなんて気の遠くなる話ね。もしもリクエストを取り上げてくれなかったら、あなたどうするの?

太郎 : 仕方ないね。あきらめるよ。

母さん: はがきは無駄になるわよ。

太郎 : ぼくの願いを伝えられただけで幸せさ。涙をこらえて今夜は眠るよ。

母さん: とても素敵な表現ね。まるで歌詞みたい。

太郎 : ところで母さん、お腹がすいたよ。今夜のご飯は何?

母さん: 今夜から、うちも夕食にリクエストはがきを送ってもらうことにするわ。

太郎 : ど、どういうこと?

母さん: あなたの食べたいものがいったい何なのか葉書に書いて、それにまつわるエピソードを添えて送ってくれて、母さんがそれを気に入って採用した場合にのみ夕食を料理するってことにするのよ。

太郎 : もし、リクエストを取り上げてくれなかったら、どうなるの?

母さん: 夕食はあきらめてちょうだい。

太郎 : お腹がすいたのに…

母さん: 涙をこらえて眠るだけね。



文責 玉木英明