いじわるそうなウサギが
ウサギ:もしもしカメよ、カメさんよ。
カメ: なにか用?
ウサギ:世界のうちでおまえほど・・・
カメ: 「さん」づけで声をかけた相手を「おまえ」と呼ぶなんて、どうかしてるわ。あなた、ちゃんと敬語勉強した?
ウサギ:・・・歩みのノロいものはない。
カメ: 「ノロい」なんて言葉、都会では使わないわ。どこのいなかのご出身?
ウサギ:どうしてそんなにノロいのか。
カメ: そうやって、油断してたから追い抜かれたってこと、あなた、まだ気づかないの?
ウサギ:そ、それは・・・
カメ: 「うさぎとカメ」で「間抜け」な方はうさぎだって、幼稚園児でも知ってるわよ。
ウサギ:あのね、何百年もぼくが気にしてること、ズバッと指摘しないでよ!
かわいそうなのは・・・
ウサギ:うさぎのぼくがカメのあんたに論破されるとは・・・。
カメ: 何いってるのよ。知ってるわよ。あなた、数をかぞえてやるからと言ってワニザメを海に並ばせて、背中の上を向こうの島まで渡ろうとしたでしょ?
ウサギ:だ、だれにそんなこと聞いたの?
カメ: きちんと向こう岸まで渡れたの?
ウサギ:い、いや、それは・・・。
カメ: もう少しで向こうの岸にたどり着くというところで、「うまくだませた」とワニザメにしゃべったでしょ?
ウサギ:あ、ああ・・・
カメ: そりゃあなた、皮をはがされても仕方ないわよね。
ウサギ:カメのくせに、よく知ってるなぁ。
カメ: 「くせに」って表現も、気にさわるわ。もう一つ言ってあげようか?
ウサギ:まだあるの?
カメ: 皮をはがされた後に通りかかった大勢の神様たちに「海水で体を洗い、風で乾かしなさい」と言われて、塩水につかって乾かしたっていうじゃない?
ウサギ:そ、そうだったね。
カメ: 神様たちにも「こらしめてやろう」と思われたってことね?
ウサギ:あ、ああ、結果的には、そういうことかな・・・。
カメ: あなた、皮がはがれた状態で塩水につかればヒリヒリして「よけいに痛い」ことくらい知らなかったの?
ウサギ:ああ、今思えば馬鹿なことをしたよ。被害者はぼくだ。
カメ: 被害者?ワニザメを最初にだましたのはあなたよ。
ウサギ:でも、かわいそうなのはうさぎのぼくだ。
カメ: 自業自得よ。もう一つ言ってやろうか?
ウサギ:え?まだあるの?
カメ: あなた、カチカチ山で、タヌキくんが背負っていた焚き木に火をつけたでしょ?
ウサギ:うっ、そんなことまで知ってるの?
カメ: そのあと、どろ船にタヌキくんを乗せたって聞いてるわ。
海岸に残された足あと
カメ: あなた、ひどいことばかりしてきたのね。
ウサギ:いや、今では心を改めて、少しでもみんなの役に立とうと考えてるのだよ。
カメ: ほんとう?疑わしいものだわ。
ウサギ:実は、ぼくがタヌキくんとの一件で海岸にいた時、気になったことがあるんだ。
カメ: あんたがタヌキくんを、どろ船に乗せた時?
ウサギ:あ、あの・・・その話、少しこっちに置いといて。
カメ: いいわ。聞いてあげるわ。あなたが気になったことって、何?
ウサギ:ぼくが海岸で見つけたこの足跡、君たちの仲間、ウミガメさんの足跡じゃない?
カメ: そ、そう・・・よ。
卵を産む場所がない
ウサギ:顔色が変わったね。
カメ: このウミガメさんの足跡を見て、どう思う?
ウサギ:・・・何か、あせって歩き回った感じだよね。
カメ: あなたでも、それがわかる?
ウサギ:ああ、何だかすごくあせってた感じが伝わってくる足あとなのだけれど。
カメ: 実は、ウミガメさんが産卵場所を探して、陸に上がる場所をさがしてた跡なのよ。
ウサギ:この足跡の感じでは、産卵場所にたどり着けなかったのじゃない?
カメ: そうなのよ。波消しブロックを越えられなかったのでしょうね。
ウサギ:気の毒に。長いこと時間をかけただろうに。
カメ: 産卵がせまって、彼女はせっぱつまってたに違いないわ。
ウサギ:波消しブロックは、越えられないの?
カメ: 100キロもあるウミガメが、どうやってこの高さのブロックを越えろというの?
波消しブロックは悪なのか
カメ: 産卵場所に行けないまま海にもどったり、ブロックのすきまに挟まってぬけられなくなって死んだりするウミガメもいるわ。
ウサギ:波消しブロックを、なくせばいいじゃないか。
カメ: そんなことをすれば、沿岸地域を高波の危険にさらすことになるわ。波消しブロックは、人間の安全を守るための大切な設備よ。
ウサギ:じゃ、どうすればいいの?
カメ: 愛知県の太平洋に面している表浜(おもてはま)海岸では、波消しブロックの外側の砂浜に、笹の垣根をつくって冬から春にかけて吹く北西風を利用してウミガメが産卵できる砂浜を作ってあげている人たちがいるのよ。
ウサギ:ウミガメの産卵は、いつころなの?
カメ: 7月から10月くらい、いちばん多い産卵時期は8月末くらいね。
ウサギ:誰が調べてるの?
カメ: 表浜ネットワークの人たちが中心になって調査をしてるのよ。シーズンには小中高生たちと調査体験や合宿も行っているわ。
社会の役に立つために
ウサギ:頭のさがる活動だね。
カメ: あなたも、いつまでもカメと駆けっこなんかしてないで、社会で役立つ仕事を始めたらどうかしら?
ウサギ:ぼくにもできる、何かいい仕事はあるかなぁ?
カメ: ここに求人広告があるわ。この中から選ぶといいわ。えり好みしちゃだめよ。
ウサギ:わかったよ。目をつぶってひとさし指をおいて選ぶことにするよ。
カメ: いい心がけね。
ウサギ:それじゃ・・・これ!
カメ: ええと、これは国勢調査の調査員ね。
ウサギ:それならできそうだね。
カメ: ワニザメの頭数を数える仕事だそうよ。
ウサギ:・・・やめたほうがよさそうだ。じゃ・・・これ!
カメ: これは渡し舟の船頭さんの募集ね。
ウサギ:ああ、それならできそうだ。どこの渡し舟?
カメ: たぬき島の…「どろぶね渡船」だって。
文責 玉木英明