軍服を着た紳士が
紳士:おい、そこの少年!
少年:うわっ!びっくり!・・・そんな大きな声で呼びかけないで。心臓が止まりそうだよ。
紳士:驚かせてすまぬ。友人のアルベルト君の超時空移動機をいたずらしていたら、ここにきてしまったのだ。
少年:そのヒゲ、どこかで見たことが・・・
紳士:このヒゲは私のトレードマークだ。それより、ここはどこで、西暦何年なのだ?
少年:2025年、日本です。
紳士:日本?うーむ、100年後の世界たったのだな。日独伊三国同盟は、まだ結んだままか?
少年:なんですか、それ?
紳士:第二次大戦で結んだはずだ。ソ連は大人しくしてるだろうな?
少年:ソ連はロシアという国になって、今は領土を広げようと、ウクライナに攻めこんでます。
紳士:こりない奴らだ。アメリカは?
少年:トランプさんが大統領になって、一人で好き放題やってる状態です。
紳士:米国も独裁制になったのだな?
1940年代からやってきた
少年:タマキタイムズの著者も、思い切った登場人物を採用しますね。
紳士:いや、そうでもないぞ。2012年の1月号で、すでに私は山口百恵と出演したぞ。
少年:おお、13年前ですね。
紳士:それにしても、私のドイツ語を、君はよく理解できるな。
少年:グーグル翻訳というアプリを使ってるのですよ。
紳士:すぐれものの翻訳機だな。日本製か?
少年:アメリカ製です。
紳士:器用で勤勉な「日本人」の作ったものだと思ったよ。
少年:AI、人工知能です。最近では中国製も有名です。
紳士:中国?あの毛沢東の?
少年:おじさんは、いろんな人と知り合いなんですね。
ドイツでは10歳が分かれめ
紳士:ところで、君は何歳だ?
少年:ぼくは15歳です。
紳士:おお、ドイツでなら家族と同席していればビールが飲める年齢だな。君はビールを飲んだことはないのか?
少年:あんな、にがいもの・・・。
紳士:その表現は、飲んだことあるな。
少年:かくれて缶ビールを少し・・・おほん、おほん、何言わせるの?
紳士:大学に進学するか、それとも職人になるのか、もう決めたのかい?
少年:まだそんなのわかんないよ。
紳士:何をいっているのだ。私の国では、10歳で大学につながる「ギムナジウム」に進学するか、職業訓練をするための「ハウプトシューレ」に進むか、決めねばならん。
少年:10歳って、小学4年生でしょ?
紳士:そうだ。ドイツでは、小学4年生まで見ていれば、先生や親が「大学へ行く」のか「職人になる」のかを見きわめられると考えているのだ。
少年:将来の芽をつんでしまうということになりませんか?
紳士:何の「芽」だ?なりたいものがはっきりしないのに、芽も何もないのではないか?
少年:・・・そうですね。
紳士:私の国では、周囲の大人(先生や親)が10歳の子の才能や資質をシビアに見ていて、それに沿った将来設計をするのだ。
少年:そんなに早い段階で大学への進学をあきらめてしまうのは、どうでしょうか?
紳士:「あきらめる」というと響きが悪いが、10歳で大学に行かないと決めることは、いさぎよく将来への職業的な準備がスタートできることになるのだ。
少年:なるほど。「迷いがない」という状態を作りあげるわけですね。
紳士:そのとおりだ。思春期の前に進路を決めると、子供本人に迷いがなくなる。合理的だ。
少年:日本人は、学歴に漠然としたコンプレックスがあるのかもしれませんね。
紳士:逆にヨーロッパでは、どんな職業であろうと、何を目標にしていようと、自分が自分らしく生きていることに自信と誇りを持っている。誰よりも幸せだと思っている。だから、頭の切れる奴は大学へ入ってさらに勉強しようと考えるし、素敵なパン屋さんを持ちたいと考えている奴は、一生懸命に修行を積む。いずれも、教えてもらう側が、まずは先人の技を真似て自らが身に付けて、次に自分なりの方法で活かす道を考えようという気概に満ちている。
少年:おかあさんが「努力」をすれば達成できる、「才能」は二の次だっていつも言ってるけれど・・・。
紳士:何を達成するための努力なのかを、私たちは先に明らかにする。ドイツと日本の大きな違いだ。
小学校の成績が悪くても大学進学を考えられる日本
紳士:逆に聞いてもいいか?
少年:ぼくでわかることなら、なんなりとどうぞ。
紳士:小学校で成績の悪い子供が、どうして大学に行こうと考えるのだ?
少年:小学校の受験に失敗したら中学校の受験に期待して、中学受験に失敗したら高校受験に期待して、高校受験に失敗しても大学受験に期待できるじゃないですか。
紳士:何を期待して、何を夢見るというのだ?
少年:幼い時期に頭のよしあしで進路をきめてしまうというのは、抵抗があるでしょ?
紳士:逆に、15歳にもなって、勉強したいと考えている子と、勉強したくないと考えている子が同じ教室で机を並べて学んでいることの方が、不合理極まりない。
少年:確かに、しっかり勉強している人にとって、勉強していない人に歩調を合わせるのが、つらいということは多いといえますね。近年、日本の学校で不登校が多くなっている原因の一つですね。
紳士:ドイツでは、学校で勉強しなければ落第する。学年を上がれない。だから、生徒たちは先生のいうことをよく聞く。
少年:日本で15歳までに落第することはほとんどありません。逆に生徒が落第するということになると、どうして担当の先生が補習してでもできるようにさせなかったのだと「先生」が責められます。
紳士:先生が生徒の顔色をうかがいながら授業をすることにはならんか?
少年:学校経営のコンサルティング会社が実施する「学校アンケート」なんてのも大流行で、生徒とその保護者にどの先生がよくないかを無記名で自由に書かせる学校もたくさんあります。そんな学校では、先生は嫌われないように必死です。
紳士:先生の権威もなにも、ズタズタだな。
世界に目を向ければ
紳士:勉強しなくても居心地がいい状態になると、勉強しない奴らが増えてくるだろう?
少年:はい、先生たちも「勉強しない生徒」への配慮ばかりが先行します。
紳士:勉強しない中学生は、落第させたらいけないのか?
少年:「不登校」という名で呼ばれれば、日本ではほぼ進級させてくれます。
紳士:こんな状態が続けば、日本を担う子供たちが、どんどん勉強しなくなって、国の力がどんどん落ちていかないか?
少年:外国で生活している多くの日本人たちは、気がついています。日本のGDP(国内総生産)は、1970年代後半にアメリカに次いで世界第2位でしたが、2009年には中国に抜かれて第3位になり、2024年にドイツに抜かれて4位、今年2025年にはインドに抜かれ5位になります。国民一人当たりのGDPも、韓国を下回り、世界で22位になりました。
紳士:もっと、日本人も海外に出て、外の世界を見るべきではないのか?
少年:2024年末の日本人のパスポート保有率は16.8%、6人に一人しか持っていません。もはや、海外旅行に出て行こうと考える日本人すら、あまりいません。世界中の街から日本人旅行者がほとんど消えました。コロナ前とだけの比較でも15%減少しています。
紳士:あかんやないか。
少年:おじさんは、関西弁を使うのですね?
紳士:動揺すると、なまるのや。
手遅れになる前に
紳士:私が心配しても仕方ないのだが、早くなんとかしないと日本は手遅れにならないか?
少年:おじさんの乗って来た超時空移動機で、ぼくを世界中のいろいろな国につれていってくれませんか?
紳士:あれに乗るには、友人のアルベルト君の許可がいるぞ。
少年:そのアルベルトさんという人にお目にかかりたいのですが。
紳士:あいつは変人だから会ってくれないだろうなぁ。
少年:どうしたら、そのアルベルトさんにお会いできますか?
紳士:あいつの解いている数式の解法を示せたら、喜んで会ってくれるだろうな。
少年:わかりました。ぼくも数学や物理は少し自信があります。フルネームで教えてください。
紳士:わかったよ。彼の名前は、アルベルト・アインシュタイン、フェースブックの写真をみせてやろう。これだ。
文責 玉木英明