地獄の門、閻魔(えんま)大王が
エンマ大王:おい、番人!
地獄の番人:おお、これはこれは、閻魔(えんま)様ではありませんか。
エンマ:ちょっと、聞きたいことがある。
番人: おお、地獄の抜き打ち検査ですね。ご安心下さい。地獄の中央管理室ヘルズ・メーターはすべて正常値を示しております。
エンマ:その体重計みたいな呼び名を、まだ使っているのだな?
番人:かまゆで地獄のかまにも「フタ」をつけて、必ず次の人のためにフタを閉めるように指導しています。おかげで続けて入らない時でも、お湯がさめにくくなりました。
エンマ:まるで家の風呂みたいだな。あのな、私の聞きたいのは…
番人:大丈夫、ご安心ください。三途の川の渡し舟のヘル・ブリッド化も進めています。酸化窒素を排出しにくいトヨタ製の渡し舟です。これで罪人たちも健康に地獄での生活を送ることができます。
エンマ:地獄にいるヤツの健康状態を気にする必要があるか?
番人:これも時代の流れ、大衆が賛同し、エールをおくってくれるような地獄でなければなりません。愛される地獄、人々によりそう地獄をめざしております。
エンマ:よくしゃべる奴だ。あのな、若者の地獄への就職希望者が減って、外国へ大量に流れていると、うわさを耳にしたぞ!
番人:おお、エンマさまは地獄耳ですね。
ワーキングホリデー
エンマ:地獄への就職者が減った理由は何だ?天国より労働環境が悪いからか?
番人: エンマ様は、ワーキング・ホリデーというのをご存知ですか?
エンマ:働いても働いても貧乏な連中のことか?
番人: それはワーキング・プアーです。私が言ったのは「ワーキングホリデー」です。
エンマ:…何だ、それは?
番人: 若者が、海外で休暇をとりながら、1年間だけ働くことができる制度です。
エンマ:ばかな。海外に行きたければ、金をためなきゃダメにきまってるだろ?
番人: 日本は、今、30の国や地域と約束を結んでいて、18歳から30歳くらいの若者なら、この制度のおかげで、働きながら海外で休暇を楽しめるのです。
エンマ:ということは、金を十分に持たずに海外に出ていけるというのだな?
番人:その通りです。
エンマ:…日本で何人くらい、そんな制度に申し込んでいるのだ?
番人: この1年では、年間3万人を超えています。
エンマ:えげつない人数やないか!
番人:エンマ様は関西のご出身だったのですね?
エンマ:びっくりすると、なまるのや。
円安が・・・
エンマ:その若者たちは、どこの国へ行こうというのだ?
番人: さきほどの人数の半数が、オーストラリアへ行きます。
エンマ:オーストラリアというと英語だな?ということは、英語に自信のあるやつらだな?
番人: いえ、それが、英語が話せない連中が多くて…
エンマ:金もためてなくて英語も喋れない連中が、何で海外へ行きたがるのだ?
番人: 記録的な円安が原因なのです。
エンマ:円が安かろうが高かろうが日本国内で生活してれば気にならんだろ?真面目に働けば時給1000円になるぞ。
番人:それが、オーストラリアなら最低賃金が、時給2400円、建設現場などは時給3400円にも達しています。
エンマ:な、なんだと!それじゃぁ、月給は…
番人: 日曜に休んでも70万円ほどの月給になります。
エンマ:日本の・・・
番人: はい、3倍の収入です。
エンマ:日本で安いアルバイトであくせくやってる連中は、オーストラリアに行けば・・・
番人: 共同生活をして外食を控えれば、月に50万円ほど貯金ができます。
エンマ:でも、1年間だけだろ?
番人: 逆に、1年しっかり金をためれば、自分の飲食店や美容室などが持てる可能性がでてきます。
エンマ:こりゃ、日本の若者にとっては大きな魅力になるな。
下手な英語は、雇ってくれない
エンマ:発音が下手な奴が、勢いだけで外国へ行っても通用しないだろ?
番人:そんな日本人でも英会話を習得できるという噂で、フィリピン・セブの語学学校は、ワーキングホリデー応募者で溢れているそうです。
エンマ:どこまでも動きが日本人的だな。
番人:しかし、エンマ様。オーストラリアだけで1万7000人のワーキングホリデーの若者が押し寄せている状態です。何か心配にはなりませんか?
エンマ:・・・う、うむ、すこし、いや、かなり人数が多い、多すぎるような気がするが。
番人: そのとおりです。しかもその多くは地方の農業での労働をきらいます。
エンマ:どんな仕事がしたいというのだ?
番人: 飲食業です。レストランでの給仕やバーテンダーが人気です。
エンマ:どうしてだ?
番人:「かっこいいイメージだから」だそうです。
エンマ:時給が高いという噂を聞いてオーストラリアに行こうと決めて、英会話が簡単にできるようになるからという噂でフィリピンの語学学校に行って、かっこいいからバーテンダーめざす日本の若者たち、大丈夫なのか?
番人: オーストラリアの人たちも、しっかり英語ができない多くの日本人たちを、積極的に雇いたいとは、正直なところ考えていません。
交渉できない、たよる、だまされる
エンマ:日本の若者たちにとってオーストラリアは、1万7000人を超えるライバルたちが集まる大変な国になっているのだな?
番人:エンマ様、ワーキングホリデーの対象者は、日本人だけではありません。
エンマ:…どういうことだ?
番人:欧米やアジア、韓国や中国からも多くやってきます。少なくとも「目標をしっかりと持った」「英語をしっかりと話せる」若者が多く含まれています。
エンマ:ち、ちょっと待て、外国の連中までもが、競争相手なのだな?
番人:はい、日本人の若者たちより自立心がしっかりしています。
エンマ:日本人は…まじめだぞ!
番人:はい、英語力に欠けるかなりの数の日本人は、低賃金でも文句を言わないと評判だそうです。
エンマ:賃金の交渉はしないのか?
番人:そんなことができる英語力があれば、もっと好条件の職場が雇ってくれます。
エンマ:希薄な目標で海外に出た英語の苦手な日本人、困ったことにはなってないか?
番人:はい、就職する場所のない若者があふれだしました。
エンマ:就職場所がないやつは金がない。余裕がないからなんにでも手を出す。ちょっとずる賢い奴らに、日本の若者はいいカモにされないか?
番人:はい、詐欺に多くひっかかっています。
エンマ:…これは、まさに地獄だな。
無料食料配布所にならぶ日本の若者たち
エンマ:雇ってもらえない、収入がない日本の若者はどうやって生活してるんだ?
番人:週に一度、ボランティアが生活困窮者に無料配布している食べ物の列に、日本人の若者たちが多く並んでいる姿がニュースで映っています。
エンマ:恥ずかしくないのか?
番人:にこにこしながら「ありがたい」とインタビューに答えてました。
エンマ:食料の無料配布に並ぶ人たちのうち‥
番人:3割が日本人の若者です。
エンマ:ワーキングホリデーという制度は、30年も前からあっただろ?
番人:はい、当時は日本からやってくる観光客が世界中にたくさんいました。ですから英語があまりできなくても、その日本人観光客相手に仕事が多くありました。
エンマ:日本人観光客が、今はいないのか?
番人:はい、外国で日本人にほとんど会いません。
エンマ:円の価値が低くなって、日本人観光客が世界からいなくなって、ワーキングホリデーで出ていった日本の若者たちがシドニーの生活困窮者たちの食糧配布の列に並んでいる。日本はどうなってしまったのだ?
番人:エンマ様がご心配になるようなことではありません。
エンマ:おい門番、なんとかできぬか?
番人:高い時給のうわさを聞いて、簡単にワーキングホリデーで海外に出ていく若者に、実際はそんなに簡単なものではない、英語をしっかりと習得しなければだめだということを伝えるためのキャンペーンを行ってはどうでしょう?
エンマ:おお、それはいい考えだ。何という呼び名のキャンペーンにしようか。
番人:「聞いて極楽・見て地獄」というのは、いかがでしょう?
文責 玉木英明