あの太子が
太子:おい、そこの町人。
町人:うわ、びっくり!時代劇のロケでもありますのか?
太子:弟子の話を8人いっぺんに聞いていたら疲れてしまったので、タイムマシンで散歩に出かけてきたのじゃ。
町人:あなたの顔、たしか日本史の教科書で見かけましたよ。誰でしたっけ?
太子:太子じゃ。
町人:ふ・・・ふとこ?女性の名前としては思い切った名前ですね。
太子:私は、男じゃ。
町人:ぼくは漢字が苦手なのです。ひらがなで書いてくれますか?
太子:私は「うまやどのみこ」とも呼ばれておるぞ。
町人:「のみこ」?父親が酒飲みだった?
太子:くぎり方がおかしいぞ。「ほうりゅうじ」を知っておろう?
町人:ほうりっぱなしにしておいた「ぢ」?
太子:「かんい・じゅうにかい」は知っているはずじゃ。
町人:簡易かきとめを12回も送った・・・の?
太子:おぬし、日本史は勉強したことないのかえ?
前方後円墳
太子:ここは、西暦何年じゃ?
町人:2025年です。
太子:実はここに来る前に、前方後円墳を見かけたぞ。
町人:どこでご覧になられましたか?
太子:福岡県の新宮町じゃ。りっぱな埴輪(はにわ)も40体以上ならべてあって、実に美しい造形物だった。
町人:実は、あれは「古墳型永久墓」と呼ばれている墓です。
太子:一般人が入る墓なのか?
町人:はい、土地を区切って墓石を並べて霊園を運営していた企業が、2年ほど前にあの前方後円墳を作って「30cm四方の墓の集合体」として売り出したのです。
太子:あの面積で、何人分の墓になるのだ?
町人:3100人分です。
太子:おお、そんなに多くの人の骨を納骨できるのだな?個々の墓石はどうしたのだ?
町人:ありません。名前を刻んでおく小さな「銘板」だけが打ちつけられています。
太子:骨は、どうするのだ?骨壺(こつつぼ)は?
町人:土中の微生物が分解できる綿の納骨袋に入れて、埋めるのです。
太子:・・・土にかえるということか?
町人:その通りです。
太子:もう一度きくぞ。個々の墓石はないのだな?
町人:ありません。
墓参り・墓守(はかもり)の変化
太子:子孫が、墓参りできないではないか!
町人:実は、継承者がいないお墓が増えてきたのです。
太子:どういうことだ?
町人:お墓を守るには、子孫がその経済的負担を負わねばなりません。
太子:当たり前ではないか。
町人:20世紀になって、私たちの家族の在り方や考え方が大きく変わってきました。
太子:死んだ親が、祖先が入っているのだぞ!その墓を、子や孫が、守らないでどうする?
町人:子供がいない家族も増えてきました。
太子:・・・子供がいない場合は仕方ないとして、自分の夫が死んだらどうするのだ?妻が死んだらどうするのだ?
町人:結婚しない人が増えてきました。
太子:そ、そんな場合には仕方ないとして・・・
町人:人生を終えて、誰かが自分の墓を守ってくれないと、地獄にいくのですか?
太子:そ、それは・・・
町人:自分が死んだ後に、自分の墓を守るのに子々孫々に迷惑をかけたくない、負担を負わせたくないという考え方が大きくなってきたのです。
骨をうずめる場所の集合体
太子:そんな墓、売れるのか?
町人:非常によく売れています。
太子:価格はいくらなのじゃ?
町人:一人28万円で、7万7千円の永久管理費ですべてOKです。
太子:・・・安いではないか。
町人:はい。区画を整理して墓石を立てることを考えれば、破格の値段です。
太子:現代人は死んだ後、墓に入れなくていいと、本当に思っているのか?
町人:亡くなった後、土に還りたいという要望が多くなりました。8年前に宗像・沖ノ島が世界遺産に登録されたこともあって、玄界灘を見下ろすこの高台が前方後円墳の場所として設定されたのです。
太子:もう一つ聞くぞ。なんで前方後円墳なのだ?
町人:最初は円墳を作成してみたのですが、ただの盛り土の山にしか見えなかったのです。
太子:そうか。「前方後円墳」ならば、小学生にもわかりやすい墓らしい形というわけじゃな。
町人:その通りです。
過半数が樹木葬という時代
太子:それにしても、墓石のない墓なんて・・・。
町人:鎌倉新書が実施した「お墓の消費者全国実態調査2023」によると、墓石の代わりに樹木や草花を植える「樹木葬」が主流になってきたというのです。
太子:主流じゃと?
町人:はい、樹木葬が51.8%で過半数を突破して、納骨堂が20.2%、一般の墓石の墓は19.1%まで減ってしまいました。
太子:石材店が聞いたら、気を失いそうな話じゃな。
町人:葬式にお坊さんが来ないお別れの会も増えました。なので、お寺も必要ありません。
太子:お寺の坊さんが聞いたら、気を失いそうな話じゃな。
個人主義、民主主義
町人:第二次世界大戦後、GHQ(連合国総司令部)が封建的習慣の廃止を求め、「家長」に権限が集中する家制度の無効化をすすめました。
太子:わかりやすく説明してくれ。
町人:田んぼでつながった家を守る風習が、消されていったということです。
太子:家や田んぼを長男に受け継がせ、すべての権利・権限を長男に移していく、その代わり年老いた親の面倒を最後まで見るというのは、米作りを中心にしてきた日本では合理的な方法ではないか?
町人:日本が、個人の意思を尊重する国にかわってきたということです。
太子:どういうことだ?
町人:たとえば長男がしたいことが、田んぼのコメ作りでない場合にはどうしますか?
太子:そんな勝手な長男に、田んぼを相続するな!
町人:逆に、親が長男の家族と一緒に住みたくない、自由にしていたいと思う場合にはどうしますか?
太子:そんな勝手な親は、子供といっしょに住まなくてもいい!
町人:孫も、ひ孫も、田んぼを耕したくないと言ったらどうしますか?
太子:そんな勝手な孫とひ孫しかいないのなら、田んぼは手放せ!
町人:家を継げない女の子はどうしますか?お嫁にいけばそれでOKですか?
太子:い、いや、女の子も高度な教育を受けさせて、活躍できる教養をつけさせて・・・
町人:では、田んぼは誰が、どう受け継いでいくのですか?
太子:個人を尊重するということは、日本では家制度を崩してしまうことだったのじゃな。
墓の変化は家制度の変革
太子:お墓の形の変化は、実は日本の家制度の崩壊を示す「えらい」ことだったのじゃな。
町人:そのとおりです。
太子:この個人主義の時代、老人になったらどうすればいいのだ?
町人:田んぼや墓は自分の代で処分して、あとは自分で自分を死んでもささえていく覚悟をしなければなりません。
太子:自分の力でささえるだと?そんなに大きな力を身につけられるだろうか?
町人:大丈夫、墓石がなくなったので、埋葬された後でも、起き上がるのにあまり大きな力は必要ありません。
文責 玉木英明