2022-01 老化は止められる?若返りの秘策に世界が動き始めた
あやしい紳士が‥
紳士 : ううう、のどがかわいた。血がのみたい・・・。
スタッフ : もし!そこを行くあなた!
紳士 : わ、私のことか?
スタッフ : そうです、ダンディーなあなた、こんな暑い日は、このテントで少し休んでいきませんか?
紳士 : おお、清潔な感じの店だな。どんなものがあるのだ?
スタッフ : 私たちが扱っているものは、これです!
紳士 : ・・・お、おい、その赤い袋、何がはいってるのだ?
スタッフ : 血液です。
紳士 : 血?
スタッフ :そうです、新鮮な血です。
紳士 : ゴクッ!新鮮な血の袋詰めを置いてる店なんて、初めてだぞ!ここは何という店だ?
スタッフ :献血会場です。
紳士 : ・・・私は漢字が苦手だが、斬新な四文字熟語の店だ!うう、喉がなる!よし、ちょっと寄っていくことにしよう。
スタッフ :ありがとうございます。200mL と 400mL、どちらの量にいたしますか?
紳士 : もっと、たくさんなのはないのか?
スタッフ :今日は特別キャンペーン中なので、もっと増やせますが・・・。
紳士 : ううう、久しぶりの血だ!私は特別に、5リットルにしてくれ!
スタッフ :そんなにたくさん、大丈夫ですか?
紳士 : あのな、私はドラキュラだぞ!
スタッフ :なるほど、どら焼き屋さんだったのですね。どうぞ、こちらへ。
紳士 : おう、この針と管は何をするためのものだ?
スタッフ :この管の中を血が移動します。痛くありませんよ。
紳士 : そうか。輸血してくれるのだな。私は飲みたかったのだが、まあいいだろう。
老化を防ぐ「若い血」
紳士 : ちょっと、聞いてもいいか?
スタッフ :はい、なんなりと。
紳士 : この店では、どんな人間の血を扱っているのだ?
スタッフ :元気な若い人の血が多いですね。
紳士 : じ、じょ、女性も来るのか?
スタッフ :もちろんです。大きな声では申し上げられないのですが、若い方の血液は、アンチエイジングに効果があると言われています。
紳士 : アンチエイジング?
スタッフ :そうです。「若返り」という方がわかりやすいですね。
紳士 : どうやったって、年をとるのはとめられないだろう?
スタッフ :長い間そう考えられてきました。でも、ここ150年の間に人間の寿命は約2倍に延びました。老化が人の体に及ぼすダメージをくい止める方法が、次第に分かってきたのです。
紳士 : そもそも、老いるとはどういうことなのだ?
スタッフ :細胞の免疫の働きが弱まり、病気や不具合がおきて、ミトコンドリアが細胞のためのエネルギーを効率的に生産できなくなり、細胞をつくりだす「幹細胞」が不活発になって、筋肉が減って骨がもろくなって・・・
紳士 : あのな、簡単に説明してくれ。なんだかさっきから頭がぼうっとしてるのだ。
スタッフ :老化を止めれば、病気になりにくくなるのです。
若いマウスと高齢のマウス、血管をつないだら
紳士 : 若者の血が、本当に老化をくいとめるのか?
スタッフ :カリフォルニア大学サンフランシスコ校のウィス・コーレイ博士が、2011年に、若いマウスの血の成分に、高齢のマウスの脳を修復する働きがあると発表しました。
紳士 : そんなもの、どうやって調べたのだ?
スタッフ :並体結合(parabiosis)という方法です。老齢のネズミと若いネズミの体を結合させて、循環系を共有させたのです。
紳士 : ちょ、ちょっと待ってくれ。年寄りネズミと若いネズミをくっつけて、血管をつないだというのか?
スタッフ :そうです。ビレイダ博士の研究室のケージ(おり)の中には、上の写真のようなネズミがたくさんいるのです。
紳士 : かなりグロテスクな気がするが・・・。それで、どういうことがわかったのだ?
スタッフ :若いネズミと結合した老齢ネズミは、傷がずっと早く治りました。
紳士 : くっつけられた若いネズミが気になるが・・・。
スタッフ :老齢ネズミにくっつけられた若いネズミは、傷のなおりが遅くなったそうです。
紳士 : ということは、若いネズミの血に、細胞を「若くする」物質が含まれている、ということか?
スタッフ :その通りです。さらに彼の論文は大きな反響をまきおこしました。
紳士 : 反響?
スタッフ :若いねずみとくっつけた老齢ねずみの脳を取り出して、そのニューロン(神経細胞)の数を調べたら、通常の3倍に増えていたのです。
紳士 : 老齢ねずみの脳の細胞を再生したというのか?
スタッフ :その通りです。
若者の血がアルツハイマーに効く
紳士 : ネズミでうまくいっても、ヒトではどうなるかわからんぞ。
スタッフ :ヒトの「並体結合」の例はありませんが、興味深い例があります。
紳士 : どんな例だ?
スタッフ :香港の富豪、陳廷驊(チェン・ティンホア)さんは、晩年重いアルツハイマー病でした。
紳士 : 誰しも、病には勝てないのう。
スタッフ :ただ、生物学者である陳さんの孫が、おもしろいことに気づいたのです。
紳士 : おもしろいこと?
スタッフ :晩年の陳さんは、アルツハイマーと同時に「がん」も患っていました。
紳士 : それはお気の毒に。
スタッフ :ただ、その「がん」の治療に、若い家族の血漿(けっしょう・血の成分)を点滴すると、陳さんは数時間、驚くほど頭がはっきりして、家族と交流ができたというのです。
紳士 : アルツハイマーに「若者の血」が効いたということだな?
スタッフ :その通りです。富豪であった陳さん一家は、前述のウィス・コーレイ博士の所有するアルカヘスト社に大きな資金を出して、2014年、若者の血が脳の衰えにどう効くか、臨床実験を始めました。
紳士 : 臨床実験だと?人間を対象にか?
スタッフ :そうです。スタンフォードのアルツハイマー患者18人に若者の血漿を輸血したのです。
紳士 : そ、それで、アルツハイマーは治ったのか?
スタッフ :はい、週1回の輸血を短期間行うだけでアルツハイマーは確実に改善しました。
若者の血を輸血するクリニック
紳士 : アルツハイマーに苦しむ人や家族には朗報だ!
スタッフ :実は、コロナ騒ぎで遅れているのですが、アルツハイマー以外に、若い血には学習能力と記憶力の向上を促すたんぱく質や、加齢による視力の衰えを治療する成分、糖尿病、心臓病、がん、認知症など、老化と関連した様々な慢性疾患の進行を遅らせる効果を調べる大規模な試験も実施される予定だそうです。
紳士 : うっふっふ・・・うっふっふっふ・・・
スタッフ :何を気味の悪い笑い方をしてるのですか?
紳士 : そんなの実験しなくてもいい。若者の血を輸血するクリニックを開設すればいい。大もうけできるぞ!
スタッフ :スタンフォード大学医学大学院の学生だったジェシー・カーマジンという人物が、あなたと同じことを考えて、2016年にカリフォルニア州のモンテレーにクリニックを開設しました。
紳士 : え?もうそんな奴がいたのだな?
スタッフ :そうです。16歳~25歳の人たちに声をかけてドナーを集め、1リットル8000ドル(約百万円)で注入する「医療」を始めたのです。
紳士 : 1リットル百万円だと?えげつない金額だな。・・・うまくいったのか?
スタッフ :2018年12月に、この「治療」を受けていた患者が、65歳で心不全で死にました。
紳士 : やりすぎだ。アメリカの役所は、何も言わなかったのか?
スタッフ :FDA(アメリカ食品医薬品局)は、こうした治療を厳しく戒める勧告を出しました。
紳士 : そのクリニック、どうなった?
スタッフ :2019年8月にはカーマジンはクリニックを閉鎖するとメディアには発表したのですが、その3ヶ月後には、看板だけ替えて「若者の血の輸血」を再開、FDAが再び警告を発する事態となりました。
紳士 : あきれた医師だ。
スタッフ :老いからのがれたい人がなくならない限り、こんな医師は、また出現するでしょうね。
若者の血液、明るい未来
紳士 : 二つ並んだベッドで、若者から金持ちの高齢者に血液を輸血するクリニック・・・あまり、好ましい光景でないような気がするぞ。
スタッフ :そうですね。若者の血液に含まれる「老化を止める成分」の研究自体を進めるべきでしょうね。さあ、どら焼き屋さん、終わりましたよ。ご苦労様でした。
紳士 : おお、何だか体がかるくなったようだ。料金はいくらだ?
スタッフ :無料です。このお茶はプレゼントさせていただきます。
紳士 : それは申し訳ない。こんな素敵な休憩所、きっとバンパイヤも来たがるぞ。
スタッフ :ありがとうございます。
紳士 : また来させてもらうよ。次回は10リットルほどおねがいするぞ!
文責 玉木英明