2023-11 革新の礎(いしずえ)だった?フラッシャー付きサイクリング自転車

                                                                     




の仮面のライダーが

ライダー:  へん‥しん!とうっ!

バイク屋  あっ、またあの妙なおじさんだ…。

ライダー:   ふっふっふ。今日もかっこよく登場してしまった。皆が驚くのも無理はない。なぜなら仮面のライダーがこんな貧しい大衆の町に現れたのだからな。もう少しのしんぼうだ。待っていろ、ショッカー!

バイク屋:   ほら、あのおじさん、歩道橋の中段から跳んだよ‥ああ、こけた‥。

ライダー:   いたたた‥。腰をうった‥。

バイク屋:   おじさん、そろそろ、ライダージャンプはやめた方が‥

ライダー:   今のジャンプは見なかったことにしといてくれ。

バイク屋:   今日はその格好で、ケッタに乗ってきたのですか?

ライダー:   ケッタと呼ぶな。フラッシャー付きの5段変速サイクリング自転車だ。

バイク屋:   フラッシャーって何ですか?

ライダー:   方向指示器だ!光の流れるウインカーだ!

バイク屋:   その格好で自転車に乗るなんて、なかなか勇気がありますね。

ライダー:   周りの連中が私の方を指さして見ていた。きっとヒーローの登場にエキサイトしていたのだと思うぞ!



サイクリング車

バイク屋:   今日もオートバイで来なかったのですね。

ライダー:   ま、まだ、免許をとってないのだ。

バイク屋:   それにしても、方向指示器やらストップランプなどがついたこんな自転車、なつかしいですね。どこで手に入れてきたのですか?

ライダー:   私のものだ。

バイク屋:  あなたご自身の持ち物なのですね?何年前に買われたのですか?

ライダー:  ううむ、50年ほど前だ。

バイク屋:  半世紀も、よくこんなにきれいに保てましたね。

ライダー:  毎日みがいてたからな。実はこれはツノダ自転車のフラッシャー5といって、超豪華サイクリング車の代表格の自転車だったのだぞ。

バイク屋:  つんつんツノダのテーユー号ですね?

ライダー:  おお、よく知ってるじゃないか。Drスランプに出ていた武闘家の奥さんの名前がそれだったのだ。


バイク屋: 現代の若者は知っているでしょうか。それに、ツノダ自転車は今では自転車会社をやめてしまいましたよ。

ライダー:  ど、どうしてだ?

バイク屋:  日本製の自転車は、安いものは中国製や台湾製に負け、高価なものは欧米製の高品質でスタイリッシュな自転車に負けてしまったのです。

ライダー:  おお、そうだったのか。‥でも、この自転車、かっこいいとおもうのだけれど。

バイク屋: ‥まあ、かっこいい‥のでしょうね。




フラッシャー、ストップランプ

ライダー:  この変速機を見てみろ。5段変速だ。いいか、5段だぞ!

バイク屋: 今は、18段とか24段の変速機がありますよ。

ライダー:  クレヨンの色じゃあるまいし。どうやってその中からギアを選んで走れというのだ…。では、このフラッシャーとストップランプはどうだ。これが光るときれいだぞ!

バイク屋: 電源は何ですか?

ライダー:  電池だ。単一乾電池6本だ!

バイク屋: 重いし、電池代がかなりかかりそうですね。

ライダー:  ライトは発電器つきだ。ダブルだぞ!

バイク屋: タイヤにくっつけて回すタイプですね。ペダルふむ時、重いですよね。

ライダー:   スピードメーターを見てくれ!

バイク屋: この自転車じゃ、速度はどうやって測っても十数km/hでしょ?


ライダー: このバックミラーを見ろ!

バイク屋: 車線変更して追い越すとき以外は、あまり必要ないと思うのですが。

ライダー: ハンドルの上には、ラジオと時計もある。

バイク屋: このデカい時計とAMラジオ、はずかしくないですか?

ライダー:  何がはずかしいものか!




非日常へのあこがれ

バイク屋: もうこんなサイクリング車は、売ってませんよ。

ライダー: ど、どうしてだ?!この自転車は、私の夢や非日常をあこがれ描く手段だったのだ!

バイク屋: 非日常?

ライダー: そうだ。昭和の頃は、これで実際にサイクリングに行くかどうかなんてどうでもよかった。サイクリングに行ったら、こんなことして、あんなことして、こんなものが自転車についていたら素敵だろうなと、装置を友だちと比べっこして、サイクリングという非日常の楽しい瞬間に思いをめぐらせられる大切な道具、それがサイクリング自転車だったのだ。

バイク屋: このウインカーやストップランプ、スピードメーターには、耐久性や実用性はあまりないように見えますが‥。

ライダー: あんたは、このサイクリング自転車についているものは小中学生の好む「おもちゃ」だったと言いたいのか?

バイク屋: この製品が世に出た時代は、これらの装置に実用性と耐久性が期待されてなかったのでしょうね。

ライダー: そうか、わかったぞ。こんなおもちゃみたいなものしかついてなかったから、この手のサイクリング車は、50年の間にすたれてしまったのだな?

バイク屋: これと同じようなサイクリング自転車はすたれてしまいました。ただ、この自転車の装備は、全く必要なかったのではありません。これから「進化」する準備段階にあったのです。



技術革新

バイク屋: 西暦2000年頃にLEDが実用化され、すごい小電力で明るく光る電球ができました。

ライダー: 知ってるぞ。8分の1ほどの電力で光る明るいやつだな。

バイク屋: はい、そのおかげで自転車の前方と後方の双方のランプが点滅し、夜でもトンネルの中でも安全に走れるようになりました。

ライダー: 懸命にこいでタイヤの回転で電気をおこす発電器は、いらなくなったのか?

バイク屋:  はい。おどろくほど小さなしかけで光ります。力は必要ありません。

ライダー: おお、すばらしい。では、スピードメーターはどうだ?

バイク屋:  タイヤの動きから電気信号で瞬間的なスピードを計測します。そしてGPSを使ってスピードも走行時間も、経路も地図上に記録できるようになりました。

ライダー: えらい時代になったのだな。ラジオはどうなのだ?

バイク屋:  ラジオはもちろん、スマホのイヤホーンで記録した音楽も聞くことができます。テレビもOKですよ。さらにグーグルマップを使えば道に迷わず走ることができます。

ライダー: ということは、この昭和サイクリング車に夢、非日常として盛り込まれていたおもちゃのような装備品が、現代では「十分な実用品」として自転車で利用されているということだな。

 




素材革新

ライダー: 最近、肩にひょいと自転車をかついでいる人をよく見るぞ。

バイク屋:  はい、カーボンファイバーの自転車は、驚くような軽さです。

ライダー: じいさんやばあさん、前後に子供を乗せた母ちゃんまでが自転車を発進させるのに、軽々と加速していくのを見たぞ。あれはどうしたというのだ?

バイク屋:  人間を助けるモーターを備えた「電動アシスト自転車」が広く普及しているのです。

ライダー:  電動アシスト?

バイク屋: 家のコンセントで夜のうちに充電しておけば、モーターが足の動きをアシストしてくれて、軽く自転車を発進させ険しい坂道を軽快に上らせてくれるのです。

ライダー: ご、ごついやないか。

バイク屋: あなたは関西のご出身だったのですね?

ライダー: 動揺すると、なまるのだ。



 

二輪車。不安定な楽しい乗り物。

ライダー: なあバイク屋。自転車にせよオートバイにせよ、なんで人間はこんな不安定な乗り物に乗るのだろうか?

バイク屋: 人間の意志に近い動きをさせられる乗り物だからですよ。

ライダー: もっと安定した乗り物があるじゃないか?

バイク屋: 人間にとって「立つ」姿勢は不安定です。でも立って、歩いて、さらにその不安定な姿勢のまま走るではありませんか。なぜでしょうか?

ライダー: 動き回りやすいからだろうな。

バイク屋: その通りです。不安定なものの重心を制御するだけで全体の姿勢を変化させて、自らの意志の通りに自由に動き回ることができる乗り物、それが自転車なのです。

ライダー: なるほど。人が二輪にのって走るのは、動物本来の「自由」な感覚をフルに使いこなすことなのだな?

バイク屋: その通りです。さらにその能力も自転車なら2倍、オートバイなら10倍にも増幅させられるのですよ。

ライダー: おお、10倍の能力‥。まさに「変身」できるわけだな!

バイク屋: そうです。大きく変身できるのです。

ライダー: わたしは、ど、どうすれば変身できるだろうか?

バイク屋: 50年前のサイクリング自転車に乗るのはあきらめて、単車の免許をとって「変身!」と唱えながら、私の店でオートバイを買いましょう。

文責 玉木英明