2023-04 ガイドラインがあれば大丈夫?人生を豊かにする部活動


体育館で…

こずえ:苦しくったって‥、悲しくったって‥。

清掃員:もう閉館時間ですよ。外に出てください。

こずえ:コートの中では平気なの~。

清掃員:あのね、そんな古い歌、タマキタイムズの読者でも知りませんよ。さあ、閉じますよ。体育館の外に出て下さい。

こずえ:だって涙がでちゃう。女の子だもん。

清掃員:泣かないでください。私が泣かせたみたいじゃないですか。

こずえ:青空に遠く叫びたい。

清掃員:だめだめ、いくら叫んだって外に出てもらいますよ。

こずえ:あたっくぅ~!、あたっくぅ~!

清掃員:いたい、いたい、たたかないでください!

こずえ:なぁーんばーわーん

清掃員:やめてって言ってるでしょ!私の頭はバレーボールじゃないってば!

 


あさ練、ひる練、放課後練習

清掃員:あなたはバレーボールのアタック・ナンバーワン、鮎原こずえ…

こずえ:…あのね、私は今日の試合に負けて感傷的になってるのよ。

清掃員:感傷的になってるヒトが、他人の頭をたたきますか。

こずえ:わかってるわよ、今、出ていくから安心して。この続きは学校にもどって練習するわ。

清掃員:試合が終わったばかりでしょ?日も沈みかけてるし、今日は帰ったら?

こずえ:そんなあまいこと言ってたら、また負けちゃうわ。一に練習、二に練習よ。

清掃員:すごくたくさん練習するのですね。大丈夫ですか?

こずえ:何が?

清掃員:学生としての時間の使い方ですよ。

こずえ:バレーボールに賭けた私の人生、ケチをつけないでよ。

清掃員:一日にどれくらい練習するのですか?

こずえ:7時の朝練習から始まって、昼の休み時間は道具の手入れと筋肉トレーニング、さらに夕方は学校自慢の照明設備の中、練習時間はバッチリよ。

清掃員:勉強はしていますか?

こずえ:…べ、勉強の量は、十分とは言えないかも知れないわ。でも、若いこの時期、勉強より大切なものがあるはずよ。

 


疲弊した先生

清掃員:部活動を「やりすぎかも」って思ったことはありませんか。

こずえ:…正直言って、顧問の先生は、私たちの土曜とか日曜の部活動につきっきりで、気の毒な時があるわ。

清掃員:部活動で疲弊した先生の問題は、いま日本中で問題になっていますよね。

こずえ:先生は子供の教育が仕事でしょ?プロなら弱音なんかはいちゃだめよ。

清掃員:あなたが大人になったら「学校の先生」という職業を選びますか?

こずえ:選ぶかもしれないわ。

清掃員:土日に休みはほとんどありませんよ。

こずえ:…そう…ね。

清掃員:しかも、先生は自分の得意種目以外の部活動も担当しなけりゃなりませんよ。

こずえ:え?私は、バレーボール部以外の顧問なんてできないわよ。

清掃員:学校の運動部の顧問は、半数が素人(しろうと)です。

こずえ:部活動のあと、先生は何時ころ家に帰れるの?

清掃員:どの先生も、部活動の後にクラスの庶務をするから、9時をまわりますね。

こずえ:家族と過ごす時間は…?

清掃員:期待できません。

こずえ:…先生になるのは…やめておこうかしら。

清掃員:大学で教員免許は取得しても、今の中学校や高校の先生の状態を見て敬遠する人たちがたくさんいます。特に、親が「先生」である場合は、子は教職を最初から敬遠する人も多くいます。

こずえ:あかんやないの。

清掃員:はい、あきまへん。

 


目標は「勝つこと」?

清掃員:あなたが部活動をする理由は何ですか?

こずえ:ずばり、全国大会で優勝することよ!

清掃員:ゆっくり楽しむ「部活動」を望む生徒も、いるでしょう?

こずえ:確かに、大会で勝ち残る人は、ひとにぎりだけだけれど…。

清掃員:そう、ほとんどは「最後までは勝てない」ヒトたちなのです。

こずえ:朝練や土日の練習は、生徒はみんなやりたがっているわ!

清掃員:他のことを一切しなくてもいいのですか?周囲も自分も「一生懸命にやっているのだから」ということが、言い訳になっていませんか?

こずえ:先生が熱心だから‥‥

清掃員:先生についても同じです。「生徒を部活動にしばりつけるのはいかがなものか」と考える先生も、部活動に力をいれない先生は評価が下がるという理由で、大切な休日を献上しているのです。

こずえ:生徒も先生も、何かにしばられてるってこと?

清掃員:そうです。本来自由に楽しむべき部活動を、日本では、先生も生徒も妙な強制感をもってやっている場合が多いのです。

 


人生を豊かにするための部活動

こずえ:スポーツも吹奏楽も、大会での勝利を目標にするから高い技術を手に入れられるのよ。

清掃員:週に3日、放課後2時間運動を楽しみたいと思ってる人は、どうすればいいですか?

こずえ:そんな、あまっちょろいことでどうするの?勝たなきゃ意味ないわ。

清掃員:もう一つ言うなら、一人の生徒が複数の運動部には入れないものでしょうか?

こずえ:スポーツは1種類を極めなきゃだめよ!

清掃員:アメリカやドイツでは、春と秋はテニス、夏は水泳、冬はスキーと部活動を季節によって23種類かけもちでやる人が多くいます。

こずえ:そんなコウモリみたいな奴、信用できないわ。部活動の先生に失礼よ!

清掃員:高校で運動部に入れば、団体競技はもちろん個人競技でも、必ず一年生の最初におそろいのウェアをそろえるでしょ?団体競技ならともかく、必要があるのですか?

こずえ:大会会場に登場するのに、おそろいでなきゃ、かっこ悪いじゃないの。

清掃員:応援の人も、ウェアをそろえるのですか?

こずえ:あたりまえでしょ。私の学校の運動部なんか、保護者までジャケットをそろえて休日はお茶の用意をしたり練習試合の手伝いをするのよ。

 


日本人の部活動

こずえ:ある一定以上のレベルで力を注ぎこむから、手に入れられる技術や達成感があるのよ。

清掃員:それは認めます。ただ、私たち日本人の「あたりまえ」が、部活動をどんどん特殊な方向へと追いやってきたことも確かです。

こずえ:どういうこと?

清掃員:日本の部活動が「強制的」で「長時間」すぎることが見えてきたのです。

こずえ:ほ、ほんまかいな?

清掃員:あなたは関西人だったのですね?

こずえ:動揺するとなまるのよ。

清掃員:中学・高校の部活動に関して、2018年にガイドラインができたのを知ってますか?

こずえ:誰が作ったというのよ?何の権限もない人がそんなの作ったって、効力なんかないわ。

清掃員:スポーツ庁が運動部の、また文化庁が文化部に関してのガイドラインを作ったのです。

こずえ:え?あの鈴木大地、ソウルオリンピック金メダルの?

清掃員:そうです。

こずえ:どんな…ガイドライン?

清掃員:「部活動を週5日までにする」、すなわち土日のうち1日と平日の1日は、休みなさいというものです。

こずえ:一日にやってもいい部活動の時間は…

清掃員:平日は12時間、休日でも3時間くらいにしなさいと定められています。

こずえ:「働き方改革」の部活動版ね?

清掃員:その通りです。

 


ガイドラインのがれ?

こずえ:そのガイドライン、効果は出てるの?

清掃員:コロナのせいもあって、一定の成果があるようには見えていますね。

こずえ:…まあ、強豪校はそんなガイドライン守るわけないけれど。

清掃員:やっぱりそうですか。

こずえ:だって、私たちは勝つためにやってるのよ。練習量を減らしたら負けちゃうわ!

清掃員:朝練は今まで通りやってるのですか?

こずえ:あたりまえよ。朝の練習は自主練よ。部活動じゃないわ。

清掃員:土日の練習は…?

こずえ:保護者主催の練習でもいいし、顧問の先生個人が主催の「玉木バレークラブ」の練習でもいいから、学校主催でなくせばいいのよ、今まで通り練習ができるわ。

清掃員:「学校の部活動でない」と看板をかけかえて、古い体制の部活動をそのままやるわけですね?

こずえ:そうよ。

清掃員:…ケガしたらどうするのですか?

こずえ:自分の責任よ。だれも文句を言わなきゃいいのよ。

清掃員:参加費とか交通費は学校の部費を使うのですか?用具やボールも学校のものを使うのですか?

こずえ:あのねぇ、細かいことをガタガタいわないで。

 


勉強しなければ

清掃員:勉強と部活動、楽しいのはどちらですか?

こずえ:そりゃ、部活動の方が楽しいわ。一日中やってたって、あきないわ。

清掃員:部活動と同じように、朝の授業前に勉強して、昼休みに勉強して、放課後にもちろん勉強をして、土曜日曜も一日中勉強してたことはありますか?

こずえ:そんなのあるわけないじゃないの。

清掃員:ということは、「頭をつかう」競技で、あなたは「勝てない」わけですね。

こずえ:そ、それは…。

清掃員:このままでは全国大会はおろか、地区予選もあぶないですよ。

こずえ:その「頭を使う競技」に早い段階で負けたら、どうなるの?

清掃員:残り70年の人生を「頭を使わなくてもいい」仕事に就いて過ごさねばなりません。

こずえ:そ…そんな…。私そんな人生、耐えられないわ。

清掃員:コートの中なら平気でしょ?  

文責 玉木英明