江戸の盗賊改め(とうぞく・あらため)が
役人: おい、おぬし、どうした?
町人: や、やられました・・・。
役人: 何か、盗まれたのか?
町人: あなた様は?
役人: わしは江戸の盗賊改(とうぞくあらため)阿部式部(あべしきぶ)じゃ。
町人: どろぼうを捕まえるお役人さまですね?
役人: そうじゃ。
町人: 私が丹精込めて育て上げた盆栽(ぼんさい)を、大量にごっそり持って行かれました。
役人: 犯人の手がかりは、残っているか?
町人: いいえ、まるで雲か霧が去って行ったあとのように、何も残ってなくて・・・。
役人: ううむ雲霧仁左衛門(くもきり・にざえもん)のしわざかも知れぬ。
町人: お役人さま、雲霧仁左衛門を読者のみなさんは知っているでしょうか?
役人: NHKのBS時代劇の人気番組だぞ!古い時代に郷愁をよせるタマキタイムズの読者たちが知らぬわけはないじゃろう。
盆栽(ぼんさい)はアート
町人: タマキタイムズの出演者は、実に多彩ですね。
役人: 筆者は考えるのに毎月懸命じゃ。
町人: 雲霧仁左衛門本人でなくて、それを捕まえようとしている阿部式部が出てくるところなど、さすがですね。
役人: そんなことより、なんでまた、盆栽なんかが盗られたのだ?
町人: 「盆栽なんか」という表現は心外です。今、海外で盆栽はとても人気があるのです。
役人: 海外で?
町人: そうです。2020年にEUに黒松の輸出を解禁してからというもの欧米はもちろん、アジアでも人気が高まり、統計をとりはじめてから5年ほどの間に、約2倍の輸出額になりました。
役人: どこの国に愛好家が多いのだ?
町人: 中国とベトナムで全体の7割を占め、台湾、イタリア、オランダ、ドイツと続きます。
役人: ただの鉢植え植物だろ?
町人: いえ、ヨーロッパでは自然と融合した「アート」として、また中国では富裕層の趣味として定着しています。
役人: やっぱり「松」の盆栽が人気か?
町人: ジェトロ農林水産食品部によれば、ヨーロッパでは黒松や五葉松の人気が高く、ベトナムでは「イヌマキ」が長寿の象徴として縁起が良く、フランスではイロハモミジが人気だそうです。
増える海外の盆栽ファン
役人: 鉢植えの植物なんて、世界中にいっぱいあるじゃないか?
町人: 「鉢植え」は植物自体を鑑賞するものですが、「盆栽」は植物の姿を借りて、その背景の自然や風景を感じるものなのです。
役人: 背景の自然だと?
町人: はい、自分が思い描いた風景や懐かしい風景を鉢の中に再現して、いつでも自分が愛でることができるようにしたもの、それが盆栽なのです。
役人: 人間が手を入れて、樹木の形を矯正(きょうせい)していくのだろ?
町人: そうです。その「自然美」と「人工美」の調和が素敵なのです。
役人: 植物は、庭に植えて大きく育てればいいではないか。
町人: 大きくなる植物を、鉢の上に縮尺して再現するのです。
役人: 再現じゃと?
町人: そうです。剪定(せんてい)したり、自然の景観に似せるために枝を針金で固定したり時には屈曲させたり、あるいは岩石の上に根をはわせたり様々な技巧を駆使するのが、盆栽の楽しみの一つなのです。
役人: 確かに、すごく美しいな。海外の人たちが欲しがるのも、わかるよ。
放っておけば枯れる
役人: 盆栽は育てるのが難しいと聞いたことがある。
町人: その通りです。盆栽愛好家は「植え替え」を頻繁に行います。
役人: 植え替えだと?なんで植えっぱなしじゃだめなのだ?
町人: 植え替えして根を切ることが大切なのです。
役人: 根を切る?
町人: はい、切らずに放置した根はどんどん鉢の中で大きく太くなり、鉢の中に入らなくなるばかりか、鉢の中で根が絡み合い、水も空気も通らなくなって枯れてしまうのです。
役人: 根を切ると、根が細かくなるのか?
町人: はい、根を細かくしてやると樹形も細やかになります。
役人: 立派な盆栽は、何年もかけて作られたものなのだな。
町人: はい、10年20年かけて育てられたものも、ざらにあります。
運びやすい、盗みやすい
役人: わしも盆栽がほしくなってきた。一鉢いくらくらいの値段なのじゃ?
町人: 30cmくらいの高さの小さな五葉松で数万円~10万円ほどです。
役人: 盆栽は、家の中に置いといてもいいのか?
町人: いいえ、盆栽は日照と風通しが大切なので、基本的に屋外で育てます。
役人: 庭に並べておくというのか?
町人: そうです。そうして十分な日光浴をさせねばなりません。
役人: 屋内でも、窓際なら日当たりがいいじゃないか。
町人: 何といってもふんだんに水やりをしなければなりません。屋内では不足です。害虫の対策や肥料も欠かしてはなりません。
役人: 店の中のショーウィンドウでなく、屋外の庭に並べられた「高級品」な
わけじゃな?
町人: その通りです。
役人: 庭に並べてあるということは、留守にしていて防犯設備のない家からなら、簡単に盗み出すことができるな。
町人: はい、日本盆栽協同組合によれば、昨年春頃から首都圏、阪神圏、愛知、熊本など広範囲に被害が出ています。トラックを横付けしておいて、ごっそり持って行かれたそうです。
役人: えげつないやないか。
町人: お役人さまは、関西の出身なのですね?
役人: 動揺すると、なまるのや。
盗難対策
役人: 対策はできないのか?
町人: 盆栽にGPSの追跡装置をつけた業者がいて、犯人たちの位置を割り出し、昨年3月に外国籍の男らを逮捕したといいます。
役人: よくやった。しかし、大手の栽培業者ならともかく、一般には、いちいち盆栽にGPSをつけるわけにもいかないじゃろう?
町人: おっしゃる通りです。
役人: 盗まれた盆栽が売られているサイトを検索した方が、泥棒たちのしっぽをつかむのが早いのじゃないか?
町人: 盆栽が販売されているネット上のサイトは、外国語のサイトでした。
役人: 「盗品」を堂々と売っているわけだな?
町人: 「日本から輸入した」という説明をつけられて販売されています。
役人: 植えられている鉢や樹木の形を見れば、盗られた人は、それらが自分のものとわかるだろうに。
町人: 東海地方の盆栽園の経営者が「うちの盆栽であることは、まちがいないが、証明する手だてがない」と、いきどおっています。
役人: 手口とその販売方法からして、おぬしの盆栽を盗んだのは、雲霧仁左衛門では、なさそうじゃのぅ。
町人: では、誰が盗っていったのでしょうか?
役人: 石川五右衛門(いしかわごえもん)があやしいぞ。
町人: さらに古い安土桃山時代の盗賊ですね・・・。その盗賊、インターネットを使えるとは
思えませんが。
文責 玉木英明