極楽の蓮池のふちで
クモ: お釈迦(しゃか)さま、お釈迦さま!
釈迦: だれか、呼んだか?
クモ: 私です、お釈迦さま!
釈迦: どこにいるのじゃ?見えぬぞ。
クモ: ここです!クモです!
釈迦: おぬし、山のどんぐりが不足していて、 最近、人里によく現れるそうじゃのう?
クモ: お釈迦さま、それはクマやがな。
世界中で争いが
釈迦:極楽の蓮池で、釈迦とクモが漫才とは、さすがタマキタイムズじゃ。
クモ:そんなことより、お釈迦さま、たいへんです!
釈迦:大きな声を出すな。あれは私のせいではない。カンダタが悪いのじゃ。あの男があんなことを言わなければ、糸は切れなかったのじゃ。
クモ:いや、その話ではありません。あの後、糸をつたって下界に行ったのですが・・・。
釈迦:おう、どうであった?
クモ:地獄のような光景を目にしてきました。
釈迦:どこで?
クモ:いろいろな場所です。ほうぼうで争いが起きているのです。
釈迦:やはり、そうか・・・。
クモ:お釈迦さまも、ご存知だったのですね?
釈迦:キーウもガザもベイルートも、私の心をくもらせておる。
心の傷
釈迦:どんな争いで、誰が悪いのか、どうやったら争いが止むのかを考えることは、もちろん解決すべき最優先の大切なことじゃ。しかし私は、戦争をすることで人間たちが心の傷を深くしていくことに、大きな懸念を抱いておる。
クモ:心の傷・・・ですね。
釈迦:ヒトを殺すということは、この世に生を受け何年もかかって言葉や知識を身につけた貴い生命体の生活を、誰か他人が絶つということじゃ。無念の極みじゃ。
クモ:そうですね。
釈迦:そして、その無念にも亡くなっていく人を愛していた人たちは、さらに計り知れない心の傷を負う。生きて残る側の人々も実に残酷じゃ。
クモ:残された人たちの感情を思うと、胸がつまりますね。
釈迦:そう、感謝とか尊敬とか、人間らしい気持ちが完全に失せて、痛みと辛さと恨みばかりが残る。
恨み合いの行きつく先は
クモ:お釈迦様、ヒトが恨みの念を持つようになると、いったい、どうなるのでしょうか。
釈迦:恨みをもった相手にひどいことを言うようになる。
クモ:ひどいことを言われた相手はどうなるのでしょうか。
釈迦:ひどいことをいったヒトを恨むようになる。そして、それに勝るひどいことを言う。
クモ:相手に勝るようなひどいことを言い尽きたら、どうなるのでしょうか。
釈迦:相手に暴力をふるうようになる。
クモ:暴力をふるわれた相手はどうなるのでしょうか。
釈迦:暴力をふるったヒトを恨み、それに勝る暴力をふるうようになる。
クモ:互いのその暴力の度合いは・・・
釈迦:相手の暴力に勝るだけの暴力の応酬になる。
クモ:最終的に相手に勝ることができる暴力というのは・・・
釈迦:相手を消すという暴力じゃ。
クモ:相手を殺すということですね?
釈迦:そのとおりじゃ。
クモ:では、相手をみんな殺してしまう方法はあるのですか?
釈迦:核爆弾を使う方法なら、広範囲に多く殺せる。
クモ:では核爆弾を使ったら、勝てるのですね?
釈迦:いや、勝てるのではない。今言ったとおり、自分も含めてみんな殺すことになる。
パレスチナの医師
釈迦:パレスチナのガザ地区の難民キャンプ出身の医師イゼルディン・アブラエーシュ医師という人を知っておるか?
クモ:いいえ、知りません。誰ですか?
釈迦:彼は産婦人科医でイスラエルとパレスチナ人の赤ちゃんを誕生させてきた。
クモ:彼は、パレスチナ人なのですね。
釈迦:2009年1月に、彼の自宅がイスラエルの戦車の砲撃を受けて、3人の娘たちと姪までもが死んだ。
クモ:む・・娘さんたちが、4人も、殺されたのですね?
釈迦:まさにその直後、彼の涙の叫びの声がイスラエルのテレビで生放送されたのじゃ。
クモ:殺された直後・・・の声ですか?
釈迦:そう、死んでいる娘たちを前に「娘たちが死んでいる、神よ、神よ」と叫ぶ彼の声を電話で受けているキャスターが、うろたえ、電話を切ることもできない姿が印象的じゃ。
クモ:彼は叫びながら、敵を、イスラエルをののしったことでしょうね。
釈迦:いや、逆だった。
クモ:え?どういうことですか?
釈迦:彼は、テレビカメラの前で、憎しみでなく共存について語り出したのじゃ。決して復讐心や憎しみを持たずに、知恵と決意とを持ち続けようといったのじゃ。
クモ:ま、まさか。娘たちが4人も殺された瞬間ですよ!
釈迦:その状況は究極のレジリエンス(resilience、困難な状況や危機に直面してもしなやかに立ち直ること)と表現され、世界中の人々に感動を与えた。
クモ:・・・信じられない・・・ことですね。
釈迦:カナダとフランスが合同で作り上げた、彼のドキュメンタリー映画「私は憎まない」が、今、日本でも上映されていて、多くの観客が映画館に押し寄せておる。
人間として誇りに思う
クモ:お釈迦様、こんな方がいることに、人間として誇りを感じます。
釈迦:日本でも、アブラエーシュ博士を支援しようとする大きな動きが進んでいる。
クモ:戦争や争いを題材にすることを、かたくなに避けてきたタマキタイムズの著者が、今月号では、よくぞ題材にしましたね。
釈迦:著者は、戦争自体を題材にしたわけではなくて、あくまでもアブラエーシュ博士の心、知性、感情を大きく上回る理性に焦点をあてたのじゃよ。
クモ:私も、アブラエーシュ博士に注目してみます。
釈迦:ああ、それがよい。
クモ:タマキタイムズの読者たちは、はたして彼に注目して支援する立場になってくれるでしょうか?
釈迦:そんな心配はいらぬ。釈迦に説法じゃ。
文責 玉木英明