おかゆのおなべ
まずしいけれども、こころの
やさしい女の子がいました。
女の子はおかあさんとふたりで
くらしていましたが、うちには
たべるものが なにもありませんでした。
女の子: 今月のタマキタイムズは、小学1年生の教科書で始まるなんてゾクゾクするわ。
ようし、私もじっとしてないで、食べ物をさがしに、森へ出て行ってみることにしようかしら。
おばあさんがやってきて
おばあさん:こんなところで何をしているんじゃ?
女の子: お米をさがしているの。お母さんといっしょに食べようと思って。
おばあさん:そうかい、そうかい、おまえ、おなかがへっているんじゃな?
女の子: ええ、ぺこぺこよ。
おばあさん:こんな森の中に、お米はないよ。
女の子: どこへ行ったらお米を見つけることができるの?
おばあさん:ドンキホーテかイオンあたりへ行けば、備蓄米があるはずじゃ。
女の子: でも私、お米は買えないの。
おばあさん:お金をもってないのか?
女の子: ええ、うちはとても貧乏だから。
おばあさん:お金がないと、お米は買えないよ。
女の子: でも「私はコメを買ったことがない」と言った農林水産大臣を、私は知ってるわよ。
おばあさん:その一言で、彼は辞任したよ。
女の子: やっぱりお金が必要なのね。備蓄米に加えて新米と輸入米まで加わったはずだから、日本中にいっぱいお米はあるはずよ。
おばあさん:昨年から続く混乱で、日本の生産者や外国からダイレクトに米を国民に供給しようとしている人たちと、既存のシステムを守ろうとする人たちとが入り乱れている状態じゃ。おまけに総理大臣も農林水産大臣も入れ替わって・・・。
女の子: どうでもいいわ。おなかがすいた・・・
お米とおかま
おばあさん:それなら、これをもっておかえり。
女の子: それは、なに?
おばあさん:これはお米じゃよ。
女の子: さっき言ったとおり、私、それを買うお金はもってないの。
おばあさん:これは私が業務スーパーで手に入れた安い備蓄米だから、あなたにあげるわ。
女の子: ありがとう。でも・・・
おばあさん:どうしたの?
女の子: 私のうちには、お米を炊くおかまがないの。
おばあさん:ほんとうに貧しいのね。わかったわ。電気炊飯器を貸してあげるわ。
女の子: ありがとう。でも・・・
おばあさん:こんどは、何なの?
女の子: 私のおうち、電気がきてないの。
おばあさん:電気がきてない?わかったわ。このガス炊飯器をお貸しするわ。
女の子: ありがとう。でも・・・
おばあさん:どうしたっていうの?
女の子: ガスもないの。
おばあさん:ガスもないっていうの?
女の子: 代金を払えないから、私のおうち、ガスを止められたの。
おばあさん:あかんがな。
女の子: おばあさんは、関西の出身なの?
おばあさん:動揺するとなまるのや。
魔法のおかま
おばあさん:それなら、これをプレゼントするよ。
女の子: これは、何?
おばあさん:電気やガスがなくてもごはんが炊けるおかまだよ。
女の子: キャンプの時、「はんごう」でごはんを炊いたことがあったけど、木を割って薪(まき)をつくって、火をおこすのが大変だったわ。
おばあさん:このおかまは、薪は必要ないよ。
女の子: 薪が必要ないって・・・いったい、何をもやすっていうのよ。
おばあさん:新聞紙1部でごはんが炊けるわ。
女の子: 新聞紙1部?そんな少ない量の紙でごはんが炊けるわけないわ。
おばあさん:それが大丈夫なのよ。
女の子: 信じられないわ。
おばあさん:牛乳パックでもいいのよ。
女の子: 牛乳パック?
おばあさん:そうよ。3合の米を炊くのなら、1リットルの牛乳パック4個もあればOKよ。
女の子: あのね、私がいくら子供でも、はじめちょろちょろ、なかぱっぱで、しっかり加熱しなきゃ、ご飯が上手に炊けないことくらい知ってるわよ。
おばあさん:これは、タイガー魔法瓶というところが開発したおかまで、日経2024年優秀製品サービス賞・最優秀賞を受賞した製品なのよ。
女の子: ごついやないの!
おばあさん:あんたも動揺すると関西弁ね?
ホームセンターと100円ショップで
女の子: タイガー魔法瓶の研究開発の努力のたまものね。
おばあさん:実はこの製品は、タイガー製品のアフターケアーの部署にいる村田さんという人が、会社の発明に応募してつくりあげた、アイデア商品なのよ。
女の子: よく、こんななべを作りあげたものね。
おばあさん:火力に不安のある新聞紙を「燃料」にするのに、金属製の内ふたを2重にして断熱性を高めて、新聞紙の燃焼エネルギーを効率よく内なべに伝える極限の工夫をしたそうじゃよ。
女の子: AI(コンピューターの人工知能)を使って作りあげたの?
おばあさん:いや、植木鉢とか金属製の洗濯かごとか、ホームセンターや100円ショップを回って部品を買っては、何パターンもも試作して、開発したそうだよ。
女の子: 一人の社員の手作り?しかもホームセンターと100円ショップの部品で?
おばあさん:そのとおりじゃ。休日に試作を繰り返していたので、家族からは「何をしているのか」と奇妙に思われていたというよ。
女の子: 新聞紙1部でお米が炊ける秘密は何なの?
おばあさん:ずばり、左右の2か所に新聞紙の投入口を設けて、右側左側と順番にいれることで、新聞紙が重ならずに完全燃焼するよう工夫したところじゃ。
女の子: 新聞紙を入れるタイミングを上手にとれば、ごはんを炊く十分な火力を得られるということなのね?
おばあさん:そのとおりじゃ。
防災活動のイベントで
おばあさん:防災活動のイベントで、このおかまを実演したそうじゃ。
女の子: 本当に新聞紙でごはんがうまく炊けたの?
おばあさん:その会場でも、うたがう雰囲気が大半だったそうじゃ。しかし・・・
女の子: しかし?
おばあさん:フタを開けて、ほんとうに新聞紙1部で3合のお米が炊けていた時のみんなの歓声は、それはそれはすごかったそうじゃよ。
女の子: ごはんを炊いて、多くの歓声があがるなんて、感動よね。
おばあさん:そのとおりじゃ。
女の子: 地震を被災した人たちが「食事が、唯一の楽しみだった」といっていた姿を、ずっと頭に思い描き続けて、彼はこのかまどを作りあげたそうよ。
ごはんを炊く時となえることば
女の子: このおかま、ほんとうに素敵ね。
おばあさん:ああ、新聞1部でごはんが炊けるくらい熱効率がいいわけなので、豚汁や煮込み料理だってできちゃうよ。
女の子: これは、教科書にでてきた「魔法のおなべ」ね。
おばあさん:ああ、そうじゃ。
女の子: お米を炊く時に、何かことばをとなえるのじゃなかったかしら?
おばあさん:「なべさん、なべさん、煮ておくれ」じゃ。
女の子: 炊きおわったら、何ていえばよかったかしら?
おばあさん:「なべさん、なべさん、とめておくれ」じゃよ。
女の子: とめておくれと言わないと、どうなるの?
おばあさん:おやおや、小学1年生の教科書を読み直した方がよさそうじゃの。
文責 玉木英明