あの代官と商人が
お代官:おい、越後屋!
商人 :お代官様、今回は後ろの屏風(びょうぶ)が金色でなくなりましたね。
お代官:あの成金(なりきん)趣味の屏風は、庶民の反感を買うからのう。
商人 :それにしても、お代官様のお顔はタマキタイムズの回を増すごとに、すごみを増してまいりましたね。
お代官:おぬしは、いつも後ろ姿だから、見栄えを気にしなくてもよいが、わしなどはこの表情一つで、生き様を示さねばならぬ。これでも苦労しておるのじゃぞ。
商人 :なるほど、言葉に尽くしがたいそのご表情は、お代官様の苦労のたまものだったのですね。
お代官:たくみな言いまわし方で、わしのこの表情を形容するおぬしの腕前、大したものじゃのう。
商人 :それもこれも、未来永劫(みらいえいごう)、私どもが甘い汁を吸い続けるため、お代官様には死ぬまでついていきますよ。
お代官:おぬしは、腹の底から悪じゃのう。
商人 :いえいえ、お代官様ほどでは・・・。
あの代官が税を下げる?
お代官:ところで「税を下げる」と民衆の前で口にしたら、急にわしの人気が上がったのう。
商人 :申し上げた通りでございましょう?
お代官:わしらのふところを潤すには「増税」しか方法がないものと思っておったぞよ。
商人 :「減税」という単語は、庶民の大好きなフレーズです。タイミングをみて「税を下げる」とふれまわる必要があるのです。
お代官:しかし、気をつけろよ。税金を下げれば我らの収入も減る。
商人 :大丈夫でございます。「我らが最優先にすべきは民衆の生活」というパフォーマンスが大切なのでございます。
お代官:ということは、減税は民衆の不満の空気抜きということじゃな?
商人 :さようでございます。
お代官:いやはや、おぬしのさじ加減には、いつも頭が下がる。
商人 :お代官様があたりさわりなくお役目を果たしていらっしゃる限り、私も蜜月を楽しむことができるわけです。
お代官:それにしても、声高らかに「減税します」などと言って大丈夫なのか?
商人 :お代官様、ご心配無用でございます。私がそばについております。
お代官:税を下げるのはよいが、財源が心配じゃ。
商人 :お代官様、当分の間は大丈夫でございます。
お代官:どういうことじゃ?
商人 :政府の税収が増えています。
お代官:なんで税収が増えているのじゃ?
商人 :お代官様、タマキタイムズ2023年6月号で、インフレこそ財政を立て直す最高の策であると申し上げたはずです。
インフレが税収を増やす
お代官:どうしてインフレだと税収が増えるのだ?
商人 :物価が上がれば、税収はそれに比例して増えます。
お代官:どうしてだ?
商人 :例えば、消費税は商品の価格の10%が課されるわけですから、100円のものが110円に値上げすれば1割税収が増えます。
お代官:なるほど。
商人 :法人税(会社の払う税金)も、同じです。会社の製品の価格が1.2倍になれば、売上高は2割増えます。業績自体は変わらないのに、企業の利益が増え、納める税額が増えます。
お代官:しかし、物価が上がれば、労働者の暮らしは苦しくなるじゃろう?
商人 :利益が増えれば、企業は賃上げをおこないます。
お代官:おお、そうか!賃上げが行われれば、労働者からとる所得税も増えるわけだな!
商人 :その通りでございます。
お代官:企業からとる法人税が増え、その労働者からとる所得税も増える。これは、一挙両得じゃの!
税収増は一時的現象
お代官:インフレに持ち込めというおぬしの悪知恵のおかげで、政府は税収まで増えた。まったく、ありがたい策じゃ。さあ、おぬしも、飲め、飲め!
商人 :ただし、お代官様、お気をつけください。
お代官:急にまじめな顔になるな。わしが、よい気分にひたっておるのに。
商人 :政府の税収が増えるのは、一時的な現象でございます。
お代官:な、なんじゃと?
商人 :インフレで物価が上がっているということは、やがては、政府が購入する物品も、政府が建設しようとする施設の費用も、役所で働く公務員の給与も、政府のかかえる債務の利払いも、増加します。
お代官:もっと手短かに申せ。
商人 :時間差をおいて、支出が増え始めるということです。
お代官:ということは、我らの収益が減っていくということか?
商人 :さようにございます。
お代官:あ、あかんやないか!
商人 :お代官様は、関西のご出身だったのですね。
お代官:動揺するとなまるのや。
インフレだけでは
商人 :経済が成長したことで税収が増えるのは「実体を伴う税収増」、良い税収増です。
お代官:インフレで増えた税収は、どうだというのだ?
商人 :見かけ上の変化にすぎません。
お代官:あのな、水をさすような話をするな。
商人 :お代官様も民の生活が一段落したら、減税という言葉はトーンダウンすべきです。
お代官:さっきの話では、税収が増えているのじゃろう?問題はないぞよ。
商人 :いいえ、さらに様々な問題が出てきます。
お代官:そ、それはどうしてだ?申してみよ。
商人 :日本の所得税は所得が高いほど税率が高くなります。
お代官:知っておるぞ。累進課税(るいしんかぜい)というやつじゃな?
商人 :はい、年収が500万円だった人が1000万円になれば、税率は2倍になるのではなく・・・
お代官:おお、2倍以上の税金を払う人になるということだな!
商人 :その通りです。
お代官:ということは、庶民の収入が増えて、累進で税率が上がり「増税」したことになって、やがて生活がより苦しくなるということか?
商人 :しっ!お代官様、声が高うございます。庶民はそれに気づいておりません。
地方と都市の格差が拡大
商人 :東京のように人口も会社の数も多ければ、インフレの影響がすぐに出始めます。
お代官:そうじゃろうのう。
商人 :ところが、いなかほど、インフレによる価格上昇が先行し、賃金上昇が遅れます。
お代官:ということは、地方ほど生活が苦しい時間が長いということか?
商人 :そうです。
お代官:都市と地方の差を埋めるため・・・
商人 :地方交付税交付金というものがあります。
お代官:都市が地方に「流してやるお金」だな?
商人 :さようでございます。
お代官:おい、越後屋、そんなものを地方に流してやるな。我らの手にする収入が減る。
商人 :しかしお代官様、都市と地方の差を埋めてあげなければ、地方の民衆は・・・
お代官:そんなもの、地方に行ってしゃべらなければ、わかるまい。
国民が話題とすべきは
お代官:おい越後屋、ちょっと、ないしょで教えてくれぬか。
商人 :なんなりと。
お代官:どうなれば、みんな潤うのだ?
商人 :みんなとは、誰のことですか?
お代官:わしと、おぬしと、そして・・・町の民だ。
商人 :町の民?・・・お代官様、今日はどうなさいましたか?
お代官:い、いや、税金を下げれば国民の生活が豊かになるのではないような気がするのだ。
商人 :おっしゃる通りです。政府が税を下げて、お金を配れば解決する問題ではありません。
お代官:越後屋、今日はおぬしも、何だかいつもとトーンがちがうぞ。
商人 :まずは、私たちの国の製品を、技を、そして日本人の姿勢を、世界の人たちが認め信頼してくれるように、次への投資を議論せねばなりません。
お代官:次への投資?
商人 :そうです。日本は最高だと、世界中の人に言わせるための投資です。
お代官:車とか電化製品の開発か?
商人 :もちろん、それらも必要です。しかし、モノ以外にももっとあるはずです。
お代官:な、なんだ、それは?
商人 :たとえば、日本人が、困っている国の人を助け、争っている人たちに割ってはいり、飢餓や病にあえいでいる人たちを支える心意気です。勇気です。毅然とした態度です。
お代官:時間がかかるかもしれんのう。
商人 :はい、そのとおりです。しかし、国をあげて取り組めば、次の20年の間には、日本がかつて世界に誇った信頼を、取り戻せるにちがいありません。
お代官:わ、わかった。この話は、なかったことにしておけ。いつもの話にもどそう。今のうちに、インフレを活かして、おぬしとわしとでうまい汁を吸おうではないか。
商人 :そうですね。そこにもどりましょうか。
お代官:歩調合わせと陣取り合戦の様子見ばかりの経済界のおぬし、まことに悪じゃのう。
商人 :いえいえ、リスクをさけて、自分の身を守ってばかりのお代官様ほどでは・・・
文責 玉木英明