沼から出てきたカッパが
かっぱ: おい、おまえ!
金づち: なにか用か?
かっぱ: おまえ、泳げないだろう。
金づち: ど、どうして、わかった?
かっぱ: やっぱりな。見るからに頭が重そうだ。
金づち: お、おまえは、おれが誰か知っているというのか?
かっぱ: ふっふっふ・・・。おまえは・・・
かなづちだろう?
金づち: ・・・な、なんで、わかった?
今までかくしてたのに・・・。
ああ、そうだよ。おれはかなづちだ。
かっぱ: 自覚があるようだな?
金づち: 子供のころから泳げないからな。
かっぱ: かわいそうなヤツめ。
金づち: 初対面なのに、失礼だな。そういうおまえは、誰なんだ?
かっぱ: おれはカッパだ。どんなに悪口を言われようと、へのかっぱだ。
金づち: おもしろい自己紹介をするじゃないか。
中学校体育連盟(中体連)の水泳競技が消える
金づち: カッパとかなづちの漫才とは、タマキタイムズもやる気満々だな。
かっぱ: 泳げないやつを「かなづち」と呼ぶことも、現代っ子たちが知ってるかどうかあやしいからな。
金づち: 著者も努力しているのだな?
かっぱ: そうだな。
金づち: ところで、カッパのあんたが、いったい何の用だ?
かっぱ: 実は、鈴鹿市は2027年から、中体連主催の水泳大会がなくなるというのだ
金づち: え?2年後じゃないか。泳ぎの得意なあんたたちにとっては、死活問題だな。
かっぱ:そうなんだ。
金づち: そんなことになったら、鈴鹿市の中学生は県大会に出られないぞ!
かっぱ: 実は、水泳競技は県大会もなくなるのだ。
金づち:そんなことになったら、三重県の中学生は東海大会に出られないぞ!
かっぱ: 実は、水泳競技は東海大会もなくなるのだ。
金づち:そんなことになったら、東海地方の中学生は、全国大会に出場できないぞ!
かっぱ: 全国中学校体育大会(全中)も、水泳競技がなくなるのだ。
金づち: あかん、あかんがな・・・。そんな、むちゃやがな・・・
かっぱ: あんた、関西の出身だな?
金づち: 動揺すると、なまるのや。
消えるのは水泳だけでない
金づち: 中体連での水泳競技がなくなるとは、ずいぶん深刻だな。
かっぱ:実は、中体連で取りやめになるのは水泳だけじゃない。体操、新体操、ソフトボール(男子)、相撲、スケート、アイスホッケー、ハンドボール、スキーの9競技もなくなるのだ。
金づち: おお、冬の競技もなくなるのか!
かっぱ:そう、だから雪深い地方でも大さわぎだ。
金づち:中学校体育連盟の主催する競技は、今、いくつあるのだ?
かっぱ: 20競技だよ。
金づち:ということは、ほぼ半分なくなるということだな?
かっぱ:その通りだ。
金づち:どういう条件で、9競技もなくなるのだ?
かっぱ:全国の中学校の中で「部活動設置率が20%以下」というクラブだそうだ。
金づち:中学生の数が、減ってきてしまったということか?
かっぱ:そのとおりだ。少子化が急激で、もはや多くの種目の競技会を開くことが難しくなってきたのだ。
金づち:そういえば、ぼくたちの住む鈴鹿市内の中学校でも、開設されない部活動が、増えてきたらしいぞ。
かっぱ:中学に入れば、必ず学校が運動をさせてくれて、運動部に必ず所属しなさいと言われた時代は、もう終わりだということだね。
金づち:何だか、残念だ。
暑さが原因?
かっぱ: 夏の気温が高すぎて、クラブ活動ができないという話を聞いたことがあるぞ。
金づち:今年の7月や8月の暑さは、熱帯並みだったよな。
かっぱ: 熱中症対策アラートというのを知ってるか?
金づち:知ってるよ。31℃以上になったら、学校で運動を中止させるやつだろ?
かっぱ:そうだ。
金づち:・・・一律にそんなこと言われると、部活動の指導者は困らないか?
かっぱ:正直なところ、困っている。
金づち:そうだろうなぁ。30℃で準備運動を終えて練習を始めたら31℃を越えたから、家に帰れということもあるわけだね?
かっぱ:杓子行儀(しゃくしぎょうぎ)にやればそうなる。
金づち:水泳は、水にはいるのだから涼しいのじゃない?
かっぱ:多くの小中学校では、午前8時の熱さ指数が31℃を越えるとプールの授業を中止する。
金づち:そんなことを言ってたら、夏にプールが使えないじゃないの?
かっぱ:プールを積極的に使って授業をしようと考えている学校は、もうないというのが実情だ。夏休みにプールを開放している小学校は、もはや皆無だし、耐用年数を越えたからという理由で、プール自体をとりこわす小学校も多いよ。
金づち:かつて、小学校のプールは地域の子供たちの夏休みの大切な娯楽の一部だったでしょ?
かっぱ:そう、タマキの教員たちには小学校でのプール遊びこそが夏の楽しみだったという人が多い。
金づち:プールで事故が起きた、けが人が出た時に「誰が泳ぐことを許可した?」 「監督者は誰だった?」と管理責任ばかりを問う世論にも原因がありそうだね。
かっぱ:そのとおり。施設や学校の管理者からすれば、運動を禁止しておけば、一番簡単だ。
金づち:中学のサッカー部あたり、夏休み中の練習を朝6時からしたらどうだろうか?
かっぱ:グラウンドの使用許可が出ないところが多いのだ。学校のグラウンドも、開いてても9時から17時まで、なんていう場所が多い。
金づち:日本の夏の暑さは、精神力でなんとかならないか?
かっぱ:その考えはあぶない。1983年、1984年あたりは、まだ熱中症という言葉も一般的でなくて、日射病とか熱射病と呼ばれていた時代、学校の授業やクラブ活動で、一年に12人ずつ死亡してたのだ。
金づち:「練習中に水を飲むこと禁止」なんて、本気で言ってた時代だね。
教員の働き方改革が原因?
金づち:競技種目を減らす理由に、学校の先生が忙しすぎるからというのは入ってない?
かっぱ:ああ、部活動の顧問の先生は、メチャ忙しい。
金づち:部活動の顧問をひきうけると、どうして教員は大変なの?
かっぱ:アメリカの部活動は、外部コーチが雇われるのが普通で、学校内部の教員が引き受けて行うにしても、きちんと契約がなされて、明確な報酬を得られる。
金づち:日本の教員たちは?
かっぱ:「公務分掌」という名目で担当すれば、学校内ばかりでなく市や県の競技の役員や審判にも任命されて、長い時間ほとんど報酬なしで働くことになる。
金づち:ヨーロッパでは、クラブ活動の顧問は教員がするの?
かっぱ:いや、例えばドイツでは課外活動やクラブ活動をAG(Arbeitsgemeinschaft)と呼ぶのだけど、生徒、教員共に希望者のみが参加する。
金づち:どんな活動?
かっぱ:ほとんどが文科系の音楽や演劇などで、それも土日とか夏休みには活動しない。
金づち:スポーツは、誰が面倒をみるの?
かっぱ:地域のスポーツクラブ(Sportverein)や音楽の団体が面倒をみて、学校とは別組織だから、専門のコーチや指導者はきちんと報酬を得るし、参加する側も費用を負担する。
金づち:日本の教員が放課後や土日、さらには夏休みや冬休みに長時間ボランティアでやっている部活動や競技会と比べると、ずいぶん体制がちがうのだね。
日本の誇るべき「水泳の授業」
金づち:話を水泳にもどすよ。日本では、小中学校の学習指導要領で、水泳授業は「必修」のはずだったでしょ?
かっぱ:ああ、そのとおりだよ。日本に住む外国の方たちも、「日本の水泳の授業」を高く評価している人が多い。
金づち:日本の水泳授業、何が優れているというの?
かっぱ:学校教育で「みんなが泳げるようにしよう」という日本の発想が素晴らしいのさ。
金づち:ぼくみたいな「かなづち」にとっては、水泳はしんどいし、うまくやらないと苦しいし、泳ぐには体力も忍耐力も必要だし、大変なことだらけなのだけれど。
かっぱ:泳げる国民が多ければ、水難事故の減少につながって、国民の健康長寿にプラスに働く。まさに日本式教育の真骨頂だ。
金づち:海外の学校では、水泳授業がないの?
かっぱ:そもそも学校にプールがないことが多い。泳げる子供も多くない。
金づち:そういわれれば、日本の小中学校にはほとんどプールがあるような気がするな。
かっぱ:いや、それが、2018年には日本の小学校の94%、中学校の73%にあった屋外プールが、2021年には、小学校87%、中学校65%になった。
金づち:わずか3年で、すごい減り方だね。
かっぱ:日本では1964年の東京五輪開催をきっかけに、全国の小中学校にプールが設置されていったのさ。
金づち:1964年?そのころ小学生だった人は、ちょうど60代だね。
かっぱ:60年たって、プールを改修したり、維持することが大きな負担となってきたのだ。
金づち:なんだか、水泳が日本から消えていくことが、とても惜しいような気がしてきたなぁ。
かっぱ:なあ、ぼくとスイミングクラブを作らないかい?みんなに水泳を続けてもらって、水泳人口を多く保てるようにがんばりたいと思うのさ。
金づち:いいよ。力になろう。クラブの名まえは何にする?
かっぱ:飛び込み競技のエキスパートを育てる、飛び込み同好会「かなづち」は、どうだろう?
金づち:スイミングクラブ「カッパの川流れ」のほうがいいよ。
文責 玉木英明