箱から白い煙が・・・
老人:あああ・・・。
警官:こらこら、ここで何をしてるのだ?
老人:箱を開けたら、白い煙が出てきて・・・
警官:爆発物か?
老人:いや、お土産が・・・
警官:煙の出る土産なんかあるものか。あやしいな。職務質問をするぞ。あんたの名前は?
老人:た、たろう。
警官:いい名前だ。年はいくつだ?
老人:ええと、たしか、15歳・・・
警官:ばかなことを言うな。昨夜は、どこにいた?
老人:り、竜宮城・・・
警官:飲み屋か?しゃれた名前だ。どんなところだ?
老人:タイやヒラメが踊ってて・・・
警官:タイ人とイラン人のダンサーがいたのだな?
老人:い、いや、そうではなくて・・・
警官:ここにその様子をかきなさい。
老人:絵にも描けない美しさで・・・
老人はうごけない?
老人:いったい、今は、西暦何年なのですか?
警官:何をとぼけたことを言っているのだ?2026年だ。
老人:そうか・・・ぼくは50年も竜宮城にいたのか。ということは、ぼくは65歳か。
警官:ようやく自分の年齢を思い出したようだな。
老人:ああ、ぼくは高齢者だ!老人だ!年寄りだ!
警官:何をごちゃごちゃ言っているのだ?
老人:だって、ぼくは老人だから働けなくて、隠居(いんきょ)して・・・
警官:あのな、65歳の日本人は、ほとんどの人が働き続けてるよ。
老人:え?定年は55歳でしょ?
警官:いつの時代の話をしているのだ?
老人:だって、サザエさんちの波平さんは54歳で、定年退職の前年で・・・
警官:1994年の「高年齢者雇用安定法」の改正で60歳未満の定年が廃止されて、さらに2025年4月からは、希望者全員65歳まで働けるように雇用確保措置が義務付けられたよ。
老人:もっと老人も働け、ということ?
警官:まあ、かんたんにいうと、そうなる。
日本のGDP
老人:日本は、アメリカに次いで世界第2位のGDP(国内総生産)で、みんなモーレツに働きすぎだから、ちょっとは休んだ方が・・・
警官:あのなぁ、日本のGDPは中国にもドイツにも抜かれた。今年2026年にはインドにも抜かれて世界第5位まで後退する。
老人:え?そうなの?
警官:あのな、GDPが世界2位だったのは、2010年までだ。
老人:そ、それじゃ、一人当たりのGDPは・・・
警官:2025年、名目GDPは世界38位、OECD加盟国中で24位まで下がったよ。
老人:あの、わかりやすく説明してください・・・
警官:一人当たりのGDPは、おとなり韓国にも、ぬかれちまった。
老人:あかんやないか。
警官:じいさんは、関西出身だったのだな?
老人:動揺するとなまるのや。
少子高齢化、労働生産性の低さ
老人:なんで、こんなことになってきたの?
警官:「円安」だからドル換算すると価値が低い。そして、日本経済が足ふみを続けている。だから外国に抜かれ続ける。
老人:日本経済の「発展が遅い」ってこと?
警官:そのとおりだ。
老人:何がいけないの?・・・
警官:わかりやすくいえば「少子高齢化」が原因さ。
老人:どういうこと?
警官:経済活動の中心となる生産年齢人口(15歳~65歳)の数が少ないのさ。国全体の労働投入量が少なければ、必然的に経済力の弱い国になる。
老人:なるほど。経済の「綱引き」に参加してくれる人の数が少ないわけだね。
警官:そうだ。そして老人の多い社会は、チャレンジをしない、慎重だ。
老人:日本人が新たなものを先駆けて作れないわけだね。
警官:そのとおりだ。さらに、老人の社会は労働生産性が低い。
老人:ええと、どういうこと?
警官:バリバリ働いていっぱい稼いで生活している人が多ければ、労働生産性が高い社会だといえるけれど、老人の多くは貯蓄を取り崩して生活する。貯蓄率が減る。投資もしない。当然、GDPが小さくなる。
もっと休むべき?働くべき?
老人:日本人は、もっと働くべきなの?
警官:高市首相は政権発足から、残業時間の規制緩和の検討を厚生労働大臣に指示したよ。
老人:あの、わかりやすく説明して。
警官:「日本人が、もっとたくさん残業できるようにしろ」と大臣に号令をかけたのさ。
老人:おお、もっと働けということだね。
警官:そう、財界のフォーラムでも「日本人は働き者とはいえない」という発言が多い。
老人:日本人は、なまけているの?
警官:OECDの統計では、日本人の年間平均労働時間は1617時間、ベルギーやオーストラリアと同水準だ。
老人:日本の労働環境は欧米なみということ?
警官:そうさ。なのに、今も男性の10%が週に60時間以上働いてる。過労死もなくならない。
老人:ということは、日本人は働き方が下手なの?
家族は仕事のあとまわし?
警官:外国人が日本人と仕事を共にすると、奇妙に感じることが多くあるというよ。
老人:どんなこと?
警官:「家族」は仕事の後回しと考えることだ。
老人:日本人も、家族は大切だと考えてるよ。
警官:もちろんそうなんだけれど、仕事の方が順位が上なのだ。
老人:わかるような気がする。
警官:欧米では、職場のデスクに家族の写真を飾る。タクシー、列車、旅客機の操縦士でさえ自分の運転席に家族の姿を置き、存在を意識することを当然とする。周りもそれを許す。
老人:日本では?
警官:運転士や操縦士が運転台に私的な写真を飾るなんて許されないし、仕事より家族を優先する姿勢は自分の評価を下げる。だから誰もデスクに家族写真は持ち込まない。
老人:なるほど。
警官:「転勤」や「単身赴任」という仕事優先のしくみも、日本人は当然と考えて受け入れる。
労働力のむだづかい?
老人:働く時間が欧米並みなのなら、日本も立派じゃない?
警官:多くの外国人は日本の「生産性パラドクス」を指摘する。
老人:なにそれ?
警官:パラドクス(逆説)というのは、「正しいことなんだろうけど、本当にそこまでやる必要があるかどうか、あやしい」というものさ。
老人:何度もごめん。わかりやすく説明して。
警官:日本人は「労働力のむだづかい」をしている、というのだ。
老人:労働力のむだづかい?
警官:たとえば、外国の人たちはこぞって、日本のあらゆる場面での警備員の数に驚く。東京の省庁の前には十数人の警備員が立っていて、公用車が来るたびに世話をやく。海外ではその情景がミュージカルの一場面みたいだと動画入りで紹介されている。
老人:たしかに、ホテルの玄関みたいに、にぎやかだ・・・
警官:ホテルの玄関では、お客様を歓待し心地よくさせる「目的」がある。ところが省庁に公用車で来る人たちに、なんでそんなことが必要なのだ、という感覚だ。
老人:なるほど。
警官:工事現場の出入り口にも、老人の警備員が、暑さと寒さの中で一日中立ってる。
老人:円滑に工事が進むように・・・
警官:片側通行の誘導員ならともかく、老人を、ただ出入り口に立たせてるのは、必要性のあまりない安全パフォーマンスだと外国人は感じるのさ。
老人:たしかに。
警官:道路脇の草刈りで、回転式草刈り機の砂や石が飛んで走行中の車に当たらないように草刈り機の前後に二人で幕をもって立たせ、さらに前後に交通を監視する警備の老人が配置される。道路の草刈りにこれほど多くの人数を消費する日本、海外の人たちが一様に驚く。
老人:外国の人たちはどうするって言うの?
警官:余計な人を置かずに、みんなで「草刈り」すれば安く早く終わるのにと考える。
老人:なるほど。
警官:厚労省の推計では、8万5000人が雑踏・交通誘導警備員で、その多くが60歳以上の老人で、猛暑でも大雪でも低賃金で一日中働く。
立っていろ、走れ、手間をかけろ
警官:日本のコンビニの店員は立ちっぱなしで働く。宅配便の運転手は、トラックを停めるたびにタイヤにつっかえを挟み冷凍の配達物に断熱カバーをかぶせて配達先まで走る。
老人:日本は、おもてなしの国だから・・・
警官:労働力のむだづかいを疑うべきだ。まあいい、あんたは年金の積み立てしてたのかい?
老人:いや、竜宮城にいたから、全くしてない。
警官:積み立てをしてなかった?これは大変だ。年金をもらえないぞ。
老人:ぼくのものがたりは、この後どうなるの?
警官:「竜宮城で宴会ばかりしていた太郎は、年金ももらえず『うわ、しまったろう』といいながら65歳以後も立ちっぱなしで働きました。」だろうな。
文責 玉木英明