ナイアガラ・ネットサーフィン館
ナイアガラ・ネットサーフィン館
勝手にナイアガラ
ネットサーフィン・ナイアガラ流
《アミーゴ・ガレージ》は、ザ・ナイアガラ・エンタープライズ公認のナイアガラ・ホームページですが、決してファンの方々の個人的でナイアガラな遊びを拘束するものではありません。
ですからここを“勝手に”リンクして頂いて結構です。そのリンクが“アミダ”のように四方八方に散らばることこそ、このインターネットの面白さでしょう。ですから個人的なリンクに関しての〈許可〉を取る必要ありませんので、どうぞ“御自由”に。(但し、雑誌や“公の場所”での紹介・公表は、ザ・ナイアガラ・エンタープライズの許可が必要です)
《ナイアガラ・エンタープライズ公認非公認頁》
「RON RON VOX」(星あきらさん)
ブラック・ボックスの運び屋君のキャラクタを使った星あきらさんのページです。
はじめまして、星あきらと申します。
このたび念願のホームページを開設する運びとなりましたのでここにお知らせ致します。少々の間、おつきあいください。
私は新潟市のデザイン事務所でディレクター兼用務員のような業務に携わっております。この業界も今年で15年になりますが、2年程前からマッキントッシュによるDTPを推進、現在に至っております。一応自宅の方にも会社と同じ環境のマックがあり、仕事の持ち帰りも出来る体制にはなっているのですが、朝の9時からマックまみれの毎日。とても家に帰ってまで画面に向かいたくなく、インターネットもまったく考えておりませんでした。
しかし昨年VIVIDからアナログ再発されたアルバム「大瀧詠一」のライナーでアミーゴ・ガレージを知り、その日から頭の中は久しぶりに?ナイアガラと、未知なるインターネットのことだけ。
ホームページの中でもエピソードを書きましたが、実は現在の仕事でもあるグラフィック関係にのめり込み、その後の自分の道を決定させるきっかけとなったのが、15歳の時に衝動買いをした「NIAGARA MOON」。
そのジャケットのキーンとした陰陽美とナイアガラという響きのアンバランスさにショックを受け、それからはイラストも描けるグラフィックデザイナーになりたくて、高校が工業高校の土木科であったのにも係わらず、都内のデザインの専門学校に進学、現在に至っております。
お恥ずかしい話ですが、この衝撃の出会いの日まで大滝さんの名前すら知らなかったのです。ヴィジュアルから入ったナイアガラーというのもオカシナ話です。
ホームページの話に戻りますが、構想の段階ではあまりナイアガラものだけにとらわれない、バランスのとれたゴッタ煮を目指したのですが、制作中にかなり熱くなってしまって結局自分とナイガラとの関わりが中心となってしまいました。
しかしチョット切り口の違う見せ方を心がけようと思い、「フレッシュナイガラーへの提言」のサブタイトルのもとに、新しいナイアガラファンへの応援・後押しができるような項目を設けました。高額は出したくないが、出さざるを得ない現実を、ただ否定するのではなくいっしょに考え、事実を認めたうえで、ともに今を楽しめたら最高だと考えております。私のような「寄り道ナイアガラー」が出来ることはこのくらいのことではないでしょうか。
最後に、上記のような内容のホームページでしかもまだボリューム的にも貧弱ですが、非公認の公認が頂ければ幸いです。
ナイアガラーの“ビジュアル派”登場ですね。
《アミーゴ・ガレージ》でフィーチャーされているキャラクターの殆どは70年代中期に作られたものです。そして制作者は『ファースト』からの付き合いの“中山泰”君。
ナイアガラは、素晴らしいミュージシャンとも出会いましたが、素晴らしいイラストレーターやデザイナーとも出会っています。(昨今ではコラージュの奇才・萩原健太君)
70年代のWORK SHOP MU、80年代の永井博さんや養父正一さん。彼等の絵やデザインによるイメージのバック・アップは、ある意味ではサウンド以上のものがあったといっても過言ではないでしょう。
確かに「ナイアガラの音楽を全く知らずに」絵から入った人はそう多くはないでしょうが、しかしこれらの“絵”は音楽抜きでも入門するに値するものです。
それにしても「私の歩んだナイアガラみち」というコーナーは“ナイアガラ歴20年改め、正味13~4年、寄り道しすぎた”と言うだけあって実に《正直な告白》でしたね。(70年代ファンの人で、未だに「ロンバケは“認めない”」という人も結構いるんですヨ)
「フレッシュ・ナイアガラーへの提言」というコーナーは“新機軸”ですね。
仰るとおり“今”あるものをシッカリ聞かずに《過去》(あるいはいつ来るか分からない《未来》)ばかり追いかける、というのは“通常”の姿とはいえませんからね。
「一度別れて、再び出会う」
コレ、結構“私”の好きなパターンですヨ。(“縁”があったら“必ず”再会しますからネ)
苦労人故の新人へのアドバイス。新機軸はこのような背景があってのこととお見受けしました。
《非公認公認》と認定致します。更なる発展を楽しみにしています。
「BABEL-21 Naiagara」(かわぐちさん/寺西@intercityさん)
ここは以前からお馴染み。ナイアガラ・メーリング・リストで作り上げられた大滝関連活字情報のリストがあるところ。
昨今のhtml化を機に“非公認申請”が届きました。
ホームページそのものはナイアガラの“内規”によって“非公認”としますが、情報そのものは“公認”に値するものです。
私の持っている情報もお送りしますので更なる“改訂”を期待します。
【業務連絡】
》白夜書房・藤脇君
ここのリストに載っている白夜書房関連の発売日くらいは補足しなさいよ!ナニぼんやりしてんのサ。それで『ALL ABOUT NIAGARA』の再発出来んの?河岸変えるぞ!ノンビリしてると。(『お宝ガールズ』にばっかり力を入れるなぁっ!次号も期待しているゾーっ!)
「Otokichi's Homepage」(音羽"Otokichi"真司さん)
拝啓、大滝詠一さま。
私は大阪の音羽"Otokichi"真司と申します。「ロングバケーション」以来ですので約15年のナイアガラーになります。
早速ですが”非公認”公認のお願いです。私も昨年の12月にHPを開設いたしました。最初はこて調べにと思い、季節柄もありクリスマスのエピソードやクリスマスソングを集めたページを作成。続いてナイアガラ関係、と思っていた所急に仕事が忙しくなり一時中断。
正月休みを利用してナイアガラ関係のページを作成・公開しました。すでにナイアガラーの皆さんのページも多数あり、他のページにないものを意識して作成しております。
みなさまに好評なのは「夢で逢えたらPerfectCollection」です。「夢で逢えたら」のカヴァーを集めたページは私のが「世界初」です。
今後はナイアガラグッズなど(実はB-EACH TIME L-ONGのプロモーションであの「ビーチチェアー」が当たりました。ありがとうございます(^^; )を公開していくつもりです。
ただ、こうゆうのをただ飾っておくと「いいだろーこんなの持ってるんだ」と自慢に思われがちなので見せ方は工夫したいと思います。
私からしてもラジ関時代やコロムビア時代のナイアガラを体験している人の情報やお宝を見たいと思うので、アフターロンバケ世代の私のもてる物は惜しみなく公開するつもりです。最近ふえつつある若いナイアガラーの為にも・・・
”非公認”公認ページのオーナーである、阿部太朗氏・山崎勝義・伊能四郎氏・木幡栄一氏からもお誉めの言葉を頂き、また阿部氏山崎氏・大内秀朗氏からはリンクもして頂きました。実は、伊能君と木幡氏は私と同級生の歳にあたり伊能君とはメールのやりとりもしております。(やはりこの辺の世代が多いのでしょうね) こうした出会いは師匠のおかげだと感謝しております。
また、今年に入ってから急に訪問者が増えました。訪問者の方からのメールを拝見していると、どうも今年の新春放談で師匠のページがある事を知り、探しているうちに私のページにたどりついたようです。中には私のページを師匠のページと勘違いされている方も多数いるようです。(勘違いしてもらえるとはなんとも厚かましい次第です)訪問者リストには私宛では無く師匠宛のメッセージも書かれています。是非、見て下さい。
ナイアガラに関するホームページは1人1人のナイアガラー達のページが集結する事により完成されると信じております。ナイアガラ関係ページ群が、より素晴らしいものになるよう健闘したいと思います。
いたらぬ点がございましたらどうぞご指摘下さいませ。では、よろしくお願いします。季節柄、風邪などにはご注意下さいませ。
実に御丁寧なご挨拶。痛み入ります。
話しは外れますが、この通信のメールというもの、手紙なら《書き方》の本も出ていますが、始まったばかりのメディアには“お手本”がありません。
この《アミーゴ・ガレージ》への参加者は殆どがファンの方ですから礼儀正しい人が多い。いわゆるシツレイなメールは殆どありません。
しかし中には“紛れ込んだ”ようなメールもあるワケで。
それを見ますと実に“礼”を失したものが多いですナ。
“手書き”ならソレナリの緊張感を持つのに、キーボードではオキラクというわけなんでしょうか。
親しい友なら“用件”だけでもいいのでしょうが、どんなものにも“礼儀”というのはありますよね。(といって『直子の代筆』を使った文章がメールとして舞い込むのもナニなんですケドね)
音羽君のメール全文を載せたのは、実に“ココロ暖まる”思いがしたからです。
実はこのページ、《工事中》の時から拝見しておりました。
《夢で逢えたら・カバー・リスト》、確かに“世界初”です。(^_^)
後半にも書いてありましたが“ナイアガラのホームページ”と間違えてメッセージを書いている人が多いんですよね。最初の2・3通はオヤオヤと思って読んでいましたが、女性の方がコーフンして「見つけたぁ!」と書き込んでおられるのがありましたよね。
なんかキノドクになって「ナイアガラ・ホームページはこちら」ってメールを送ろうかな、とも思いました。(心優しい音羽君のことですから既に連絡済のことと思います)
それにしてもメーリング・リストといいOtokichiページといい、私の理想とする横の関連が深まっていくようで実にウレシイ限りです。
《Otokichi ページ》。本日ここに“非公認”と公認致します。
ところで“Otokichi”のネーミングですが、偶然にもコロムビアの会報誌『あいうえお』の77年1月1日発行号では大滝詠一+佐藤博の初顔合わせで《オトキチ野郎の新春放談》というタイトルがつけられていたのでした。(^_^)
彼のホームページには“Otokichi”姿の写真もあります。(こういうの、撮ってみたいんだよネー。(^_^)wakaru wakaru)
「Welcome to the Long Vacation in Niagara」(徳永さん@福岡)
今年4月の健太さんの「ポップス・グラフティ」で、大滝さんのホームページのことを知り、半年かかってやっと妻を説得し、パソコンを購入。これまでメールを中心にやってきましたが、みなさんのホームページを見ていたら居ても立ってもいられなくなり、自分でもホームページをつくろうという気になりました。パソコンについても、インターネットについても全くの素人で、現在は画像の取り込みかたを職場の人から習っています。ただ、デジタルカメラの使い方がよく分かっていないため、あまり見やすい映像ではありませんが、しばらく我慢してご覧ください。
“泣ける”ではありませんか。“半年かかってやっと妻を説得し”ですよ。私は奥さんに“恨まれている”カモしれませんね。(^_^)
このように、今までパソコンに一度もさわったことがないのに、この《アミーゴ・ガレージ》を見たい“一心”だけでパソコンを購入したという人は、私の知る限りでは徳永さんが4人目です。(丁度昨日3人目の話しを聞いたばかり)
どのページにも初心者の手触りが感じられ、その初々しさが文字や画像を通じて伝わって来ます。
実は私、正直なところ、こんなにナイアガラ関連のホームページが次々と出来るとは予想しておりませんでした。
以前のNETでの傾向は、異常に詳しい人が一人飛び込んで来ると他の人がさーっと引いた。「オレが一番詳しいんだ(あるいは“古い”んだ)。オマエら“新参”が勝手なことを書くな」みたいなことになり、新人は「ウッカリ書くとあの人からチェックが来るからな」と書き込まなくなってフォーラムが盛り下がる。こういうケースがちょくちょくあったとのことです。
しかしこのインター・ネットは違いますね。日本型の“上下関係”が強制されない。“横並び”の思想が生きている。
徳永さんのような方の“参入”にはソレを感じます。
ナイアガラーとは年季やマニア度を競うだけのものではない。(彼も“結構な”マニアではありますが)自分にとってのナイアガラがどういうものであり、これから更にどうなって行くのか。自分の確認のためにホームページを開設する。それが何等かの新しい繋がりを生む。
願わくば奥さんも「主人が勝手なことをして」と遠くから見ていないで、この《アミーゴ・ガレージ》に積極的に参加なされんことを切に希望します。
これは徳永さんにということではなく、これからホームページを開設される方への要望ですが、最初に《自己紹介》が欲しいですね。ナイアガラ関連のページはどれも最初から“ナイアガラへの熱い想い”に溢れていて、私としては嬉しい限りなのですが、「僕が小学生の時」とか「予備校時代」「町に出て」と書いてあっても、何年なのかどこなのか、具体的な方が読む時にイメージを作りやすいのです。
それにしてもここの《ディスコグラフィー》コーナーは独特です。普通は“所有”を見せびらかすのがこのテのページの特徴なんですが、何と彼は“持っていません攻撃”をしています。これを見ていると、何か私が悪いことをしているような、オキノドクで申し訳ないような気分になってしまったのでした。(^_^)
バカ高い中古を無理して購入すると奥さんの目線がキツくなりますから、気をつけて下さいヨ。ナニゴトも奥さんの了解を得た上で、お二人で楽しんで下さい。
「Welcome To The YURARIRO World」(ゆらりろさん)
NIFTY派、続々登場!今度は南国・沖縄から第三の男“ゆらりろさん”です。ここの《特色》はサークル・メンバーが知恵を合わせて作ったナイアガラ・カルト・クイズ。(正式には「The Cult Of NIAGARA '96 HTML Version」と呼ぶらしい)
これがね。ワタシが“はまる”ほど面白い。(自分のクイズを自分で解く、というのも何かヘン(^_^))
ところどころ“個人的”には《冷や汗もの》も中にはあるけれど、まあ、それも“御愛敬”。悪意は感じられない、というより、彼等が“無心”に楽しんでいる様子が伺えるので、こういう時はヤボは言いっこなし。
中には“答えのない”クイズもある。皆で一緒に考えよう!正解募集!という『“真説”イエロー・サブマリン音頭』『“真説”リグレイ・ファン』なるものもあるとか。
これは《珍説》などとラクな冠にして“軽く”応募してもらい、その中から“真説”を探す、というスタイルがナイアガラ調ではないかな?などと思ったりもします。(《真説》で“喧嘩”にならないようにという“老婆心”(^_^))
「なぜファンが長年疑問に思っているものにストレートに答えないのか」という“お叱り”の御意見を頂くこともあります。“お人が悪い”とも。
以前にも答えましたが、私の“持論”で、人間には常に《問う姿勢》の方が《答えを得る姿勢》よりも大切だ、というのがあります。「答えは風の中」などとディランを気取るつもりはありませんが、“問う”という姿勢が“攻撃”のエネルギーになる。
《疑問》を中心に置いて皆で討議する。
《答えが出る》とは、討議の終了を意味します。“安心”は得られますが“念頭”から消えます。
ノージさんの“レコもは”を読んでいても分かりますが、長年探していたものを得た時の喜びは無上のものでしょう。“解答”を得た時の“感激”も相当なものでしょう。(私にも経験がありますから)
それもこれも、それまでの“過程”あっての喜び。(努力と喜びは比例するでしょうネ)
子供を教育する側になってみて反省したのは「“答え”を早く与え過ぎたのではないか?」ということでした。これは何も“私”に限ったことではなく、世の中全体が“簡単に得られる”という風潮になっているとも感じました。
そこで、というワケでもありませんが、ラジ関時代の『ゴー・ゴー・ナイアガラ』から、質問が寄せられるとハッキリとは答えない、という“方式”を取り始めました。
その当時、「『はいからはくち』で“かんそう!”と言っているが、あれは鈴木茂が“ほしいも小僧”だから《ほしイモ=乾燥イモ》。その直後に茂のギター演奏が始まる。そういう“意味”だろう!」という葉書が来ました。
すると翌週、「“私の茂様”を《乾燥イモ》とは何たるブジョク!」という女性からの投書。更には「乾燥イモは美味しい!」などとワケのわからないものも飛び込み、もうてんやわんやのぴーよこちゃん状態となりました。
他にも「いちじく浣腸のCMはお前だろう!」というのがあり、「私に聞こえますかネー。実は違うんだけど」と答えると「恥ずかしいからといって、他人のせいにするな!(^_^)」といったものなど、随分楽しいものがありました。
これの“再来”を感じさせてくれたのがこのゆらりろさんのページにある『真説・リグレイ・ファン』です。私はコレを見て“ニンマリ”しました。
彼等が力を合わせていかにして真実に近づこうとしたか、その努力の“けなげさ”(^_^)と、「解答を与えなかった」ことがこのようなストーリーを作ったという構造を、考え合わせたからです。
その“リグレイの謎”も登場する、ここのページでの“読み物”であるところの《ANOTHER SIDE OF RYUKYU》というコーナーもあります。《資料館》に登場している“初代ナイアガラ浪人サークル会長”の篠原章君も、昨今朝日新聞に沖縄関係の原稿を書いています。
細野さんは以前から沖縄音楽に影響を受けたことを明言していますが、ナイアガラと沖縄との“因縁”も、何かあるのでしょうかね。
秋田の微吟さん、川崎の伊能四郎さん、沖縄のゆらりろさんと、全国ネットであったNIFTY派三羽烏が揃いました。
「ナリアガリの世界」(Welcome to THE NARIAGARI WORLD)(伊能四郎さん)
微吟さんに続いてNIFTY派の真打ち登場。“あの”伊能四郎さんが“ついに”ホームページを開設されました。
この中のページには、僕が82年から集めまくった“大瀧さんが他人に提供し た曲のレコード”の一覧であるところの《大瀧詠一提供曲リスト》があります。今は暫定的にテキストのみですが、これからグレードアップしていく予定です。
そして、僕がいかに大滝さんにハマっていったかを赤裸々に語った「ゴー!ゴー!ナイアガラ・フリーク」という長編随筆があります。
この《提供曲リスト》は“かなり”のものです。ここまで集めるには“遺跡発掘者”の労苦に匹敵するものがあったと思われます。
また『私はいかにしてナイアガラ・フリークになったか』という大長編私小説は《小林信彦さんと私》を遥かに凌ぐ“活字量”です。
『ロンバケ』以降からの(キムタクのヤツではなく(;_;))ファンとのことですが、この入れ込み方は“尋常”ではなく、鬼気迫るものさえ感じてしまいます。
また“愛するアーティスト”というページを眺めると、かなり“独自の”音楽感をお持ちの方だとお見受けしました。
続々とNIFTY派の方々が参入されているようです。
メーリング・リスト系、ラジ関時代の古参(譜代(^_^))、大学系、そして(覗きに来てはいるが決して顔を見せない)業界系、更にこのNIFTY系と、いよいよ《大派閥時代》の幕開けのようです。
《アミーゴ・ガレージ》ではタコ壷の“壷”をカナヅチ君が割りに行きますので、割られたくない方は更に強固なものにしておくことをオススメしますが、出来得るなら自発的に壷を捨てて頂いて“横”の繋がりが更に拡大する方向に進むことを“切に”希望致します。
『ナイアガラ デ アリガタヤ』(森谷 俊さん@論寒芸男)
ついに登場!といっても知らない人は知らない。(>_<)
彼のペンネームは論寒芸男。そう!アルバム『LET'S ONDO AGAIN』の解説を隅々まで読んだ人はこの名前を見た事があるハズ。彼もラジ関時代の『ゴー・ゴー・ナイアガラ』の有名人リスナーでした。あの「レッツ・オンド・アゲン」も彼の葉書がなければこの世には生まれていなかった。そういう意味では古田君同様わたしの“共作者”と呼べる人かもしれません。
彼は私の「いつまでも あると思うなナイガラ 後は自分で己が開け」という諺を“ストレート”に解釈し、「よーし。それならオレもホームページを開いてやる!」とスキャナを買い込み、ついにホームページを持つに至ったようです。その労苦や推して知るべし。ゴクロウサマでした。
彼はラジ関時代の放送という“宝”を埋蔵しているらしく、それを中心とした彼ならではのホームページとなっています。因みに、彼が取り上げている《私の発言内容》に「彼の強い嗜好性が伺える」と私は感じました。(^_^)
アルバム『ゴー・ゴー・ナイアガラ』の解説を書いた藤井良彦君(阿部太朗君の先輩(^_^))や桜井“坊っちゃん刈り”明弘君も、このインター・ネットに登場する日はくるのだろうか。
......oouchi’s......(大内秀朗さん@微吟)
“微吟”は彼のハンドル・ネームで、NIFTYで活躍中の方なそうです。その“方面”ではお馴染みの方なのでしょう。《大滝&山下》が中心という、今までにありそうでなかった“ウッフン頁”といえそうです。
珍しい《B-EACH TIME L-ONG 販促ハガキ》が飾ってあります。“ビーチ・チェアー”が景品だったんですね。思い出しました。(^_^)
水の国(古田誠さん@大津)
拝啓、ご無沙汰いたしております。古田でございます。新潟のナイアガラファンからメールをもらい、大滝さんのオフィイシャルホームページがリンクされてあったので気が付きました。どう考えてもURLから大滝さんに間違いないと信じております。
私の方はCD NEWSのホームページを、20年前に友人とやっていたミニコミ誌 の名前で電脳復刊させました。またおひまでしたらご覧ください。
この“新潟のナイアガラ・ファン”というのは(上記の)山崎さんのことですね。既に古田君のホームページは《link集》で紹介されていました。
山崎さんがどうして古田君のホームページを見つけたのか?偶然かあるいはメーリング・リスト仲間からの“通報”で知ったのでしょうか?
どちらにしても、私とこの古田君の“関係”(^_^)は御存じなかったのではないでしょうか?(知ってました?)
古田誠君も70年代のナイアガラ・マニアの一人で、ご自身の町・大津(滋賀県)の『便利帳』なるミニコミを77年7月に出版。その中に『趣味趣味音楽』というページでナイアガラを紹介しています。(古田君。私はまだ持っていますよ(^_^))
しかし、古田君の場合、ただの“ファン”だけでは終わらない“事件”が 79年に起きました。
当時イカレタ若者に絶大なる人気を誇った『ビックリ・ハウス』。私も原稿を書いたり特別講座を開いたり、何かと関係がありました。(その“特別講座”に佐野元春君が“伊藤銀次を連れて”(^_^)見に来てくれたのがトライアングル2の縁となるのですが、これはまたいつか書きましょう)
その『ビックリ・ハウス』が“音頭”を作ろう!ということで、私に製作担当の白羽の矢が当たり、審査員は糸井重里さんをはじめビックリの常連の方々が担当。もちろん私もその選考に参加しました。
A面の栄誉を獲得したのは“なにゆえ草也”というペン・ネームで『はだか音頭』という詞を送って来た人でした。確か副題には“『人間不平等起源論』”とか書いてあったような記憶が...。(^_^)
この“詞”は非常に素晴らしいもので『スーダラ節』の真意を真面目に解釈したもの、と捉えることも出来ます。作曲者の才能がこの詞に及ばず、作品は成功したとはいえませんでしたが、最後の「まぁ、裸だって!赤くなっちゃう。でも、これが性なのネーーーーっ!」はまさに“わかっちゃいるけどやめられない”の世界です。
しかも、これを歌っていたのが現役の“女子”高校生。DEVOの向こう をはって“デーボ”と名づけられましたが(確か糸井さんじゃなかったかな?命名者は(^_^))歌詞の深遠さと、対極にありつつそれを内包している、彼女等だからこそ歌うことの出来た作品です。
まさに私の考える“表現”とはこういうことで、このタイプの曲を“歌詞の意味を理解して歌う”とシャンソン調の説経くさい歌になるのです。
《意識の強力なもの》は《無意識の強力なもの》との組み合わせでバランスを取る。これが私のものを作る上でのモットーですし、ナイアガラの理想でもあります。(ただ“強力”なものはバランスが取り難いのですね。ここがムズカシクもあり、だからオモシロイところなんです)
この“偉大なる無意識に”「これが“性”なのネー!」と高らかに言われると、何人も頭を垂れずにはいられない。(^_^)
なにゆえ草也君は“天才”でした。(今頃どうしておられるやら)
そしてB面に選ばれたのが『ある乙女の祈り』という詞でした。
これも糸井さんだったと記憶しているのですが、この詞の出だしの、
「もしも 私がチョウなら」
というのを、
「もしも/私/ガチョウなら」
と歌ったら面白いよね!と言ったのがキッカケで採用されたものです。
多分“糸井さん流”のユーモアで、“ある乙女”をビックリの花の編集長・高橋章子女子と見立てて“ガチョウ”(^_^)と連想されたものでしょう。
「色っぽく歌ってくれ!」というコチラの注文にアッコ女子はマイクに近づきすぎて異常なセクシー・ムードの“鼻声”となり、鼻の編集長とニック・ネームを変更を余儀なくされた程の熱唱だったのです。
その『ある乙女の祈り』の作詞者がこの“古田誠君”でした。
実は投稿の名前を見た途端、私は“彼”であることが分かったので、選考での発言は控えたのです。情実で選んだというのでは彼もイヤでしょうし、他の投稿者にも失礼です。
読めば(失礼ながら)そう大した詞ではないので(^^;)落選するもの、と思っていました。
ところが例の《もし/私/ガチョウなら》で選考会は爆笑の渦。糸井流解釈によってこの詞は採用されたのです。
古田君本人も、まさかコレが採用されるとは夢にも思っていなかったそうで、驚きと感謝の手紙がラジ関の『ゴー・ゴー・ナイアガラ』に届きました。
そういうことで“図らずも”古田誠君は、大瀧詠一の“共作者”となったワケです。
その後、“三つ子の魂百まで”でミニコミ出版の流れを感じさせる職業についたとのお手紙を頂きました。(更に私のことが吉本のミニコミに取り上げられた時にも連絡を頂きました。活字と笑いと音楽。まさにナイアガラーな活躍をしているな、と感じました)
そして今回の再会です。ここに山崎さんが介入されているのが実に面白い。まさに“縁”は“縁”を呼ぶ“ナイアガラの磁場”。
これもまたインター・ネットのなせるワザの一つでしたネ。(良い方のネ)
ということで、古田君は職業上(^_^)ナイアガラだけを取り上げるワケには行かないのですが、時々“趣味”を発揮されているようですので、たまには覗いてあげて下さい。
ナイアガラ・リンク(山崎勝義さん@新潟大)
初心者から老練者まで、まずはこのページから。ナイアガラーの道標。特に新メニューに加わった『ナイアガラ資料館』はアタシが行ってビックリした。w(゚o゚)w OH! kaneda! HIROOKA! (Yoshida Nishioka)
NIAGARA CALENDAR 96(阿部太朗さん@東京大)
ようやく就職が内定したらしい。これでナイアガラ3さんのホームページも《ホーム“レス”ページ》にならずに済んだ、ということでしょうか。(^_^)MIDIデータがザークザク。
GO! GO! NIAGARA(國府田勲さん@横浜国大)
引越し後のアクセス数は増えたのだろうか。『ナイアガラ未確認情報』が“笑える”。しかし、同じ横浜国大の『落書きコーナー』の熱気には負けそう。(『更新の 頻度に優る 太郎なし』弥生)
KOWATA'S(木幡栄一さん@横河)
某ナイアガラ関連メーリング・リストでは“お馴染み”の方。私の“本名と同じ”ということで《アミーゴ・ガレージ》開設当初からメールを頂いておりましたが、今回御自身でも“遂に”ホームページを開設なされたとのことです。
ナイアガラ・カレンダー(暦)の96年バージョンがあります。かなりのナイアガラ・コレクターと見えて“自慢”のブツが飾ってあります。(^_^)
準備中の準備中とのことですからこれからがタノシミですが、現在はまるで“蟻地獄”風・安部公房『砂の女』調の“エサ待ち”状態です。(^_^)目指すは〈コレクターの情報交換場所〉でしょうか。
木幡さんも『みなさんとは違った路線でNIAGARAファンの人たちとの情報交換が出来ればと思いHPを作成してみました』とのこと。確かに今までとは違った路線ですね。いろいろなものがあってこそインターネットは面白くなるハズ。ここに非公認と“公認”致します。
非常に美しい自然環境のお仕事場(会社)の紹介もあります。
NIAGARA MAILING LIST(中山さん@新日鉄情報通信システム)
ついに登場!といってもインターネットのナイアガラーにはかなり有名なところ。日本最大の(^_^)ナイアガラ関連メイリング・リスト。ナイアガラ・ファン交歓の場。
10月3日現在会員数99人。上記の山崎さん・阿部太朗さん・木幡さんはもちろんのこと、健太君もメンバー。『ロンバケ』以降の人も以前の人も参加しているそうです。上記のアドレスをクリックすると入会申し込みのページが現れます。
『“公認非公認”への道』(以下同文)
“ザ・ナイアガラ・エンタープライズ公認の非公認ナイアガラ・ホームページ”の第一号は阿部太朗(@東京大)さんが取得されました。
また山崎勝義さんは、私がインターネットに参加して初めて見つけた“大瀧関係”のページでした。娘の優子ちゃんの『お弁当の歌』がとっても可愛いですよ。(現在『FUN×4』を特訓中とか)ここからは京大の人のナイアガラ・ページにリンクされています。
確か3月ぐらいまでは横浜国大の人もページを作っていたのですが、卒業と共に消滅したのでしょうか。(本当にナイアガラ関係は少なかったですネ)
このように“大学関係”の人が多いのは、インターネット本来の発達形態にも関連しているのでしょうね。それからアメリカほどではありませんが、日本でも活発になりつつある“草の根系”(という語は相応しいかどうか判断に迷いますが)の方からの親切なアドバイスもありました。(“その道のプロ”というのは、どこにでもいらっしゃるもので)
今までの〈国内通信メディア〉のファンクラブ的なものは、ややもすると“マニア度の競い合い”の側面が否めず、私のように活動が長い“だけの”アーティスト関連のものは、「今日ファンになったばっかり!」という人の入り込む余地のないものが多いように見受けられました。(そのテの人も、そんなにいなんですケド(^^ゞ)
しかし、ここは“ファンの競争の場”ではありません。“積極性”を促す程度の競争なら微笑ましいものがありますが、別に目標とする〈到達点〉など最初から“ない”のですから、競争しても何も出ませんヨ。(能地祐子さんのホームページは、アクセス番号によっては“記念の盾”が出るとのウワサを耳にしました)
この《アミーゴ・ガレージ》は“無目的・無目標”です。ですから“不定期”であり “不定形”なのです。「ナイアガラ双六」のあの“混沌さ”こそナイアガラそのものです。 (《アミーゴ・ガレージ》の制作ディレクターは萩原健太君です。彼の“絵心”と言うか“コラージュ心”というのでしょうか、私は又“新しい才能”を発見したようです)
ナイアガラ・ツアーの参加者は様々です。〈遊び〉と捉えている人。〈修行〉と捉えている人。混沌の中に埋没している人。混沌が恐いので近寄らない人。その恐がっている人をムリヤリ連れて行こうと努力している人。一瞥もせず通り過ぎる人。「ふざけている!」と怒っている人。デザインはいいが音楽はツマラン! と言う人。「この奥深さがわからんのか!」と憤慨している人。「あそこに“ナニ”があるのを、私は知っている」と悦に入っている人。「こんなモンのどこがいいんだ?」といぶかしげな視線を送る人。〈懐かしい〉と言う人。〈シ・ブ・イ〉という人。
ナイアガラ双六の〈上がり〉の前に、誰もが試されるのが〈ナイアガラ滝渡り〉です。そして滑って落ちると〈振り出しに戻る〉。これは「ゴールがない」という意味を現わしています。ナイアガラの“無限地獄”の象徴です。(^_^)〈到達点〉や〈目標〉がないということは、いつでも〈経過点〉であり〈通過点〉であるということです。(故に、何かの“形”を求める人には終わりがないという“不安”を抱えることになります)
《アミーゴ・ガレージ》は、アクセスしにくい“ジャングル化”を目指します。隠れキャラも増やします(^_^)
えっ??? ネット代と電話代がかかるから止めろ!って?
アンサン! ここは『びんぼう』人の来る所やオマヘンでぇ。 ヽ(^o^)丿
(ツアー酔い等の“副作用”に関しては、こちらでは一切関知致しませんので、ヨロシク、ヘルペス君)
1996年6月21日 大瀧詠一
追記1:(ガラクタ・スプラッシュより転記)
國府田勲(Isao KOHDA)君から“非公認公認”の依頼が来ましたが、ナント“横浜国大”の人です。(えっ?『巣窟の 中は たったの二人かな』ですかぁー)
《アミーゴ・ガレージ》もリンクされていますが、そのコメント「画像がふんだんに使用されていて貧乏人にはつらいっす」というのが泣かせます。(^_^)
“非公認”と公認致します。
追記 2:ホームページ移転につき再転載願い
From: 國府田さん@横浜国大
Subject: 家頁移転
ナイアガラホームページ<<未公認>>公認第2号の管理をしている國府田です。このたびわたくしめのホームページの“アドレス”が変わったので師匠のホームページからのリンクを変更していただけないでしょうか?
アドレスが変わってからというもの大瀧師匠のホームページからの訪問者が少なくなって寂しいかぎりです。
また私のホームページにはJavaを導入しているのですがこのJavaが曲者でパソコンクラスのマシンだととぶことが多いようです。よく針がとんだ昔の輸入物のLPみたいなものですね。(なんだそりゃ。)
追伸
最近売り出し中の「大浦龍宇一」って、大瀧師匠と間違えやすくて迷惑ですね。特に新譜情報を見ているとき。一瞬、大瀧師匠の新譜かと思ってしまいます。
訴えましょう。
ソフトのバージョンやマシンの違いからの不具合に関して彼は更に 「これがやっかいな問題です。同じネットスケープでも、プラットホームの違い(Mac、Windows、UNIX)によってホームページの表示が変わってしまいますし、またヴァージョンによっても異なるし。もうやってられないです。こんな事が許されてもいいのでしょうか?いや、よくない。(反語)はやく統一してほしいものです」とありました。
これに関しては我が《アミーゴ・ガレージ》でも“論争”(^_^)になったことがありまして、結局は、ナイアガラーの中心は30代半ばの“オヤジ”が多いだろうから、今の所は基本的なことに留めておこう、というのが私の意見でした。
エンジニアの健太君は「java程度も導入出来ないというのではオモシロミに欠ける!」とかなり御不満の様子でした。
話変って、國府田君の「良いのでしょうか?いやよくない」という反語パターン。そして“なんだそりゃ”という一人ツッコミ文章。
このような文章スタイルは“ナイアガラー”の特徴の一つだなー、とつくづく感じました。
82年前後、とあるオールディーズ雑誌に『大瀧詠一は日本のジョー・ミークだ!』という記事が載りました。瀬竹誠というペン・ネームでしたが、「◎◎はこうである!!!(そうでもねーか)」というスタイルのオン・パレードで、我々は“そーでもねーか瀬竹”と渾名を付け、大笑いして(これはナイアガラでは誉め言葉なんですよ)この文章を読んでいたものでした。
その瀬竹君(本名は“竹内”君らしい)が現在ポリドールでレコード・ディレクターとなり、あの“スピッツ”を担当しているとのことです。
蛇足ながら、私はこの“一行空けて”の「訴えましょう」が好きなんですが、ナイアガラーの反意語である“熱狂的なファン”の中にはこのタイプの“一語”に食いつくのが好きな人がいますから“世の中”です。
ナイアガラ調の“反語形”で文章を始めたばっかりに、一年以上もそのファンから誹謗中傷を受けた音楽評論家もいます。(自分が“デブ”だというコンプレックスを抱えているので「彼もデブだと言われて来たが“見てくれ”だけでこの時代を判断して欲しくない!」という出だしで書いたら〈“デブ”とは何だ!〉と叱られた。この評論家は、自分のアイドルが“デブ”と攻撃されたことを自分のことのように感じていたので、つい、そういう書き出しで始めてしまったのが逆に仇になってしまったようです)
昨今の真心ブラザースの“ジョン・レノンがナンタラこうたら”も《反語形式》が仇になったようで、“熱狂的”なところから非難されていたようです。
この形式が特別好き(“分かる”と言っては嫉妬を買うでしょうから(^_-))な人は、どうやら現在では少数派。
故に“楽しい”。
1996年8月15日 大瀧詠一