日本マルクス・レーニン主義者同盟

1.基本情報

【名称】日本マルクス・レーニン主義者同盟

【結成】1968年10月5日

【機関紙誌】『赤光』

【公然拠点】レボルシオン社

【同盟規約】日本マルクス・レーニン主義者同盟規約

60年安保闘争を主導した共産主義者同盟(一次ブント)は幾つかの派閥に分裂し、また多くの部分が革共同に合流した。参考⇒(年表)一次共産同分裂から二次共産同結成まで(’60.03~'66.10)

革共同に合流せず残った部分は後に再結成へ動き、’66年、共産主義者同盟(二次ブント)を結成したが、マルクス・レーニン主義派(ML派)の一部はこれに参加せず、’68年10月3・4日に結成集会を東京で開催し「日本マルクス・レーニン主義者同盟」を結成する。ML同盟、或いは単にML派と通称される。

60年代末の全国学園闘争から70年安保闘争期に活動した反代々木系セクトの中では数少ない毛沢東主義を掲げた党派であり、中国派の結集軸として機能しつつ一定の勢力を誇ったが、’71年5月頃内紛の末事実上崩壊。後に解放委員会を経て、トンデモ左翼的扱いを受けがちなマルクス主義青年同盟を結成する。

2.ヘルメット

≪労働者組織≫

【名称】労働者解放戦線

【ヘルメット】赤地に白の縦線。横や前後に「LFL」、「FL」、「ML」。

≪学生組織≫

【名称】学生解放戦線

【ヘルメット】赤地に白の縦線。横や前後に「SFL」、「FL」、「ML」。

≪高校生組織≫

【名称】高校生解放戦線

【ヘルメット】赤地に白の縦線。横や前後に「HFL」、「FL」、「ML」。

組織構造としては、各大学の解放戦線の全国組織として全国学生解放戦線が存在する。

明治大学二部全学自治会=学苑会を掌握。明大全共闘二部共闘議長を輩出。

ML派は労働者戦線、学生戦線、高校生戦線の何れも同じデザインのヘルメット(このデザインを俗にモヒカンヘルと呼ぶ)を被った。故に労働者や学生、高校生の区別はつき難い、あるいは外見上区別がつかない。また側面に「ML」や「FL」と書いてあるだけで、学生や労働者の区別を敢えて大きく表示していない例も多々見られる。

これは毛沢東思想を掲げるという点で他の新左翼勢力と大きく異なり、比較少数派であったML派にあっては学生や労働者などの属性毎に部隊を組むことが困難であったため、混成部隊を組んでも部隊としての一体性、個々人の匿名性が損なわれないように考慮した結果デザインが統一されたのではないかと思われる。

なお、SFLの字が入ったものは良く見受けられるが、LFLやHFLについては稀なので参照できる文献を紹介する。LFLにつき、川上照代『フォト・アンガージュ』21頁(1969.02.11 日大闘争勝利5万人集会(中大中庭))、佐々木美智子,『あの時代に恋した私の記録 日大全共闘』192頁、HFLにつきアサヒグラフ誌(巻号失念。'69年10月頃。高校生集会の写真につき、他党派の高校生組織のヘルメットも多く見受けられる)、佐々木美智子,『あの時代に恋した私の記録 日大全共闘』194頁。

なお「FL」は「解放戦線(Front of Liberation)」の意であり、「LFL」、「SFL」、「HFL」はこれに「Labor(集合的に「労働者階級」)」、「Student」、「Highschool(student)」の頭文字をそれぞれ冠したものであろう。

連合赤軍事件の全体像を残す会編『証言 連合赤軍 -4- 毛沢東派の潮流』所収のインタビューに於いて、元ML派指導者豊浦清氏は、このヘルメットのデザインの考案者を明大ML派のT氏であるとし、このデザインについては共産同系を示す赤ヘルに征服者と闘ったモヒカン族の戦士の髪型であるモヒカン刈りを模した縦線を入れたものであり、そしてモヒカン状縦線を白色にしたのには日の丸の反対という意味合いがあったと証言した。

この「赤白赤」のデザインは旗や盾にも用いられた。旗は長手方向に「赤白赤」の3色が帯状に連なる旗で、上部の赤地左端に「SFL」または、中央の白地中央に「ML」の文字が書かれた旗が存在する。ML派の旗としては、中央に大きく「ML」、下部に「日本マルクスレーニン主義者同盟」と筆文字で染め抜かれた旗も東大正門に掲げられている写真がよくしられるが、規約上に同盟旗の規定が見当たらず、下部組織にあたる学生戦線にも同様にその規定が存在しないため、どれが正式な旗かは不明である。

なお、'68年10月にML同盟を結成する以前、ML派の時代からこのモヒカンメットは用いられていたことが確認されている。(川上照代『フォト・アンガージュ』6頁) この写真にはML派時代の旗も一部映り込んでおり、「…同盟(マルクスレーニ…)」との表記が見え、「マルクスレーニン主義」のところは二段書きにされていることもわかる。

1969.01.18 ガスバーナーを使った火煙放射器も現われ、警備車を襲った。

1969.01.18 大学生の知恵パチンコ攻撃

1969.01.18 外堀通り、東京医科歯科大学(地下鉄御茶ノ水駅前)

1970.06.23 6.23総行動 火炎びんを持ち、鉄パイプで武装して会場を出発したML

ML派は東大安田講堂事件時には工学部列品館の防衛を担当し、火炎放射器やパチンコ、劇薬の使用にまで踏み切った。(1、2枚目)

3枚目の写真は東大安田講堂事件時の支援闘争の様子。真ん中にSFL旗が見える。

3.実物資料

・日本マルクス・レーニン主義者同盟機関紙『赤光』57号タイトル部 1969.01.25付

・日本マルクス・レーニン主義者同盟 労働者組織委員会機関誌「長征」3号 1971.09付

・全国学生解放戦線「11月決戦」1969.10付