東京、大阪、名古屋などの日本の大都市には優れた機能を持つ劇場が幾つもあります。東京の初台にある新国立劇場の大劇場『オペラパレス』は、オペラやバレエを上演するための技術に加え、壁や床を木材で覆った作りとなっているため、音響効果も日本有数の水準にあると高い評価を受けています。オーケストラ用の劇場としては、赤坂の『サントリーホール』や大阪・福島の『ザ・シンフォニーホール』など、そしてかなり古くなりましたが上野の多目的ホール『東京文化会館』などは日本を代表する優れた劇場と言えるのではないかと思います。


 世界に目を向けると、素晴らしい劇場は枚挙にいとまがありません。音楽の都、オーストリアのウィーンでは、旧市街のど真ん中に聳え立つ壮麗な国立歌劇場と、リンク通り沿いに位置するウィーン・フィルの本拠地『楽友協会』が世界的に有名で、特に『楽友協会』の大ホールは、毎年のニューイヤーコンサートの会場となるため、お正月にテレビで目にした方も多いのではないかと思います。長い残響に包まれる素晴らしい音響です。


 その他にもヨーロッパではイタリアのミラノにある『スカラ座』、そして毎年夏の期間だけにワーグナーの作品だけを上演するドイツの『バイロイト祝祭劇場』、フランスのパリにある旧オペラ座(ガルニエ宮)などが挙げられます。オランダのアムステルダムにあるオーケストラホールの『コンセルトヘボウ』も音響が優れていることで有名な劇場です。ギリシャのアテネのアクロポリスの丘の一角にある『ヘロディス・アティコス音楽堂』は紀元161年に建設された円形屋外劇場ですが、舞台の上で針を1本落としただけでも音が響くと言われるほどの音響だそうです。


 ヨーロッパの外にもいくつか著名な劇場があります。アルゼンチンのブエノスアイレスにある『テアトロ・コロン』は素晴らしい音響と壮麗な内装で世界的に知られている劇場ですが、私はまだ行ったことが無く、いずれ訪れてみたいと思っています。アルゼンチンの古き良き時代を想起させる劇場です。南米は北半球と季節が逆さになるため、ヨーロッパがシーズンオフとなる時期に芸術家がこぞって演奏に訪れる、という特徴もあります。


 さて、これらの劇場が建設されたのは、音響技術が開発される前の時代で、18世紀〜19世紀に建てられたものばかりです。ではなぜその時代に、現代技術でも真似のできない素晴らしい音響効果が実現できたのでしょうか。それは奇跡としか言いようがない偶然ではないかと思います。ただ、その時代の建設資材は、現代建設とは異なり、石材や木材などの自然素材ばかりを使用したおかげではないかと私は思っています。


 どのように演奏や演出が優れていても、音響が良くないと、良い演奏を楽しむ気持ちも半減します。どことは言いませんが、聴衆を詰め込むために作られた大きすぎるホールでは、舞台から離れれば離れるほど音の聞こえが悪くなるのは世界共通の問題です。聴衆の数と音響のバランスを取るのは容易では無いようです。その意味で、劇場は芸術の水準に貢献する大切な一部になっている、と言えるのではないかと思っています。

(江の島太郎)