夜を徹して飛行を続ける夜間飛行、この言葉は少し古めかしい響きがしますが、現在でも夜間飛行となる便は数多く存在します。日本からオーストラリアやニュージーランドなどの南半球に向かう南行き、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシアから日本に向かう北行きなどがその代表でしょう。目が覚めると目的地に到着するというスケジュール上の効率性の良さが好まれることもありますが、よく寝られない一夜を機内で過ごすことから、翌朝は目が赤くなることに由来してレッド・アイ(Red Eye)と呼ばれることもあります。アメリカでは西海岸から東海岸へ向かう大陸横断路線がレッド・アイの代表ではないかと思います。


 フランスの作家で、自身も飛行機乗りだったアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリが書いた『夜間飛行』(Vol de nuit)と言う作品があります。著名な『星の王子様』の作者でもあります。サン=テグジュペリの『夜間飛行』は、まだ航空業界が黎明の時代であった1931年に発刊された作品で、舞台はアルゼンチンです。航空郵便事業を素材にしたリアリズム溢れる作品で、人間の尊厳と勇気がテーマです。当時はまだ航空技術が成熟しておらず、飛行機による飛行自体がかなりの危険を伴った時代のお話です。サン=テグジュペリ自身は、第二次世界大戦で自由フランス空軍のパイロットに志願し、北アフリカ戦線に従事していた1944 年7月にコルシカ島から出撃し、遂に帰還しませんでした。マルセイユ沖の地中海で命を落としたと考えられています。


 サン=テグジュペリの友人であったフランスの香水・化粧品メーカーのゲラン(Guerlain)の3代目調香師ジャック・ゲランは、小説『夜間飛行』にちなんだ同名のフレグランスを創作し、『危険と隣り合わせの恋のフレグランス』と呼ばれるようになりました。現在もゲランを代表する香水として販売されているロングセラーです。


 年がバレるので、ここから先の話を書くかどうか迷いましたが、せっかく夜間飛行を取り上げましたので、やはり書いておくことにしました。昭和の歌姫ちあきなおみが1973年に出した曲に『夜間飛行』と言う曲があります。その年の紅白歌合戦でも歌われたヒット曲です。恋に敗れた女性が夜間飛行の便に乗って、もう帰らない覚悟で異国に旅立つ情感を歌ったもので、『喝采』『劇場』と共に『ドラマチック歌謡』と呼ばれ、三部作の最後を締めくくる曲と位置付けられています。間奏には、フランス語による長い機内アナウンスが入っている、大変ユニークな曲に仕上がっています。


 夜間飛行と言うと少し古風な響きがするのは事実ですが、同時にそこはかとないロマンティックな香りを感ずるのは私だけでしょうか。

(江の島太郎)