【研究員コラム】 2023.5.9

 ミスターチェロ

 オーケストラの海外公演は大人数の楽団員が一気に移動するため飛行機の座席の手配が大変ですが、人間だけではなく楽器の運搬にも大変気を使います。

 バイオリン、フルート、トランペットなどの小型の楽器は、ケースにきちんと収納してあれば、機内持ち込みの手荷物として頭上の棚に収納できますし、航空会社によっては、貸出用のケースを用意している場合もあります。コントラバス、ティンパニ、ハープなどの大型の楽器はきちんと梱包した上で、大切に貨物室にお預かりすることになります。


 微妙なサイズはチェロです。頭上の棚には収まりませんから、通常であれば貨物室にお預かりすることになりますが、演奏者によっては非常に貴重な楽器を使用しているため、ご自身の手元で輸送したい、と言う方もあります。


 17世紀のイタリアの弦楽器の製作者でストラディヴァリウスという名前を聞いたことのある方も多いのではないかと思います。アマティ、グァルネリなどと並ぶ弦楽器製作者の最高峰で、お値段は億単位とのこと。バイオリンが一番多いのですが、チェロも60挺余り製作したそうで、そのような希少なストラディヴァリウスのチェロを貨物室でお預かりするのは、万が一のことを考えると気が進みません。その場合には、客室の座席を一席特別料金でお買い求めいただき、お客様同様に座席ベルトで固定して所有者の手元で輸送することもあります。それを航空会社の社員はちょっとユーモアを込めて、ミスターチェロ、などと呼んでいます。機内食は出ませんけど。


 航空会社では、楽器に限らず、美術品、宝石・貴金属、高級腕時計などの価値の非常に高い品物の輸送も行っています。盗難や破損が最も心配ですので、細心の注意でお引き受けすることになるのです。皆さんもいずれどこかでミスターチェロに出会う機会があるかもしれません。

江の島太郎