日本の交通は世界でも稀に見る定時運行が実現している数少ない例だと思います。鉄道、地下鉄、バス、飛行機のどれをとっても見事なばかりの定時サービスだといつも感心しています。ではなぜこのような品質が実現したのでしょうか。私は国土の狭さと真面目な国民性が生み出した結果だと思います。


高度成長期の首都圏の、通勤地獄を絵に描いたような歴史を思い出して下さい。満員電車のドアが閉まらないところを、お客様の背中やお尻を押して中へ押し込む『押し屋』が活躍していた時代です。鉄道会社はこぞって輸送力を増強し、鉄道網は全国に広がっていきました。新幹線の定時性は世界に誇る凄まじい精度で、ダイヤは秒刻みでできているそうです。時速300Kmの電車が5分刻みで疾走し、人身事故ゼロというのは驚異と言えるのではないでしょうか。


最近はバスの定時性も非常に改善されて、次のバスがどこまできているか停留所に表示されるところもあります。交通渋滞に巻き込まれるリスクもあることを考えると、バスの定時性も驚異的と言えます。


ご多分に漏れず、日本の航空会社の定時性も世界トップクラスです。毎年発表されるランキングでは、必ずトップ5にランクインしています。実は、日本の航空会社の手荷物事故の少なさも世界で驚異の的なのです。


日本の交通機関では、ほんの少しの遅延があっても必ず、ご迷惑をおかけしました、と言うお詫びがあります。これは狭い国土の中を多くの人が往来するためには、交通機関が定時に運行されることを前提に社会が設計されているからだと思います。東海道新幹線に乗って東京から名古屋方面へ向かう際、名古屋到着前に『ただいまご乗車の列車は時刻通りに三河安城駅を通過しました』というアナンウスが入ると、到着だけではなく途中駅の通過時間まで綿密に管理されていることを感じます。


これが一度、日本の外に出ると、日本の定時性の常識が全く通用しない事を痛感する事になります。交通機関の遅延、運休、突然のストライキなどは日常茶飯事、次の電車がいつ来るかもわからないことはザラです。もちろん遅延のお詫びなどありません。だいぶ昔の話ですが、ロンドンの空港で、出発便表示板に、某社の便の出発予定時刻がTomorrow(明日)と記載されてあったのを見て、呆れるやらおかしいやら吹き出してしまいました。


確かに日本が交通機関の定時性に賭ける情熱は間違いなく世界一だと思います。私もその定時性に依存して生活していますが、何かの拍子にふっとした瞬間、もうちょっと肩の力を抜いてはどうかな、と思うこともあります。アメリカ人の友人がこう言っていたことを思い出します。『日本の交通機関の定時性の素晴らしさは論を待たないのだが、最後の5%の精度を上げるために、凄まじいエネルギーが消費されているような気がする。』


昔、ベルギーのブリュッセルに出張した帰りに、ロンドンを経由して東京に戻る予定だったのですが、ブリュッセルが突然の雷雨に見舞われ空港閉鎖となり、帰路の乗り継ぎが怪しくなってきました。天候が理由ですから騒いでも仕方ない事で、天候の回復を待つより他は無いため、現地の皆さんは静かに本を読んだりしながら次のアナウンスを待っていたのですが、搭乗口の航空会社スタッフに詰め寄っていたのは、ツアーの添乗員を含む日本人のお客様ばかりであったことを思い出します。結局、私たちは元々のロンドン発東京行きに乗り遅れたのですが、幸いな事に後続便の東京行きに空席があったため、その日のうちに乗り継ぐことができました。

(江の島太郎)