薬学6年は今・・・・

6年制移行後の一期生の新第一回薬剤師国家試験が迫ってきた.

退職後,薬学教育とは無縁になり, 1年9ヶ月が過ぎた. 年末年始の挨拶メールを送ったところ,あちこちの薬系大学の現職の先生方から返信をもらったが,異口同音に直前指導に苦労していることが書かれていた.書かれていることを具体的に紹介することはできないが競争相手の大学との模試結果比較を憂うものが多い.

4年制課程の最後の学生の国家試験で経験した薬剤師国家試験大手予備校の暗躍が眼に見えるようである.薬学6年制教育において,私がもっとも気にしていたことが相も変わらず潜在しているのは確実である.

私は「大手国家試験予備校が薬学教育を歪めている実体」があることを指摘してきた.薬学部の新設前から, 大手予備校の有名ベテラン教師(業界では有名と聞かされた)が訪ねてきて「予備校との連携」が必須であることを懇切丁寧に説明してくれた.その際,私立大学は化学一科目で入学してくるので,未履修同然の生物および物理の勉強を合格者に入学前に補講する必要があることも強調していた.そのことは開設後に現実の問題となり,通信教育あるいは補修授業(元高校教師による)で対応することとなった.開設直後にその女史の入学生向け訓示を聞かされた.「あなた達は,最初から国立の学生には負けているのだから,基礎は捨てて暗記物に重点をおきなさい」という具合である.常勤の教員が言ったら問題になるが,奥の手を教えてくれるベテランの話だから学生は神妙な顔で聞いていた.試験対策は教科書ではなく?(色)本で十分というわけである.

学年が上がるにつれ, 予備校からのアプローチが頻繁になり,低学年から模試を実施ことになってしまった.模試に参加していない大学には, その効用を説く際に「これは秘密資料ですが」といって予備校と連携している大学の実績を見せ, 不安感を煽り, 模試参加を勧誘する. 模試だけではなく, 大学の先生より「教え方」がうまいので「まとめ」のためだけでも予備校講師による補講(有料)の実施を勧める. 元国立大学教員は,そこまではしなくてもよいのではないかと思うが元私立大学教員の「豊かな経験?」に押されて実施することになる. 学生も試験のコツを重点的に教える「予備校講師の方が分かりやすい」という始末である. かくして卒論などそっちのけの補講漬け状態となる. それが当たり前と思う教員が次第に増えていき,卒論実習をやっていた学生も補講に専念することになる. 予備校との連携教育は国家試験に落ちた者達へも波及し,次年度の国家試験の面倒をみるアフターサービス完備というわけである.

私立大学に籍を置いている教員は,国家試験合格率のみが学生集めの手段であり,定員割れを防止するため, 補講や予備校に頼らざるを得ない現実を肯定せざるを得ないと言うようになってきた(以前は違っていた教員も).

薬学教育6年制の導入は, 予備校化してしまったカリキュラムから真の大学教育に戻るチャンスを与えてくれたと思っていたが旧4年制と変わらない状況に陥り入ろうとしている様である.

今春,一期生の卒業後に外部評価が行われるが, 国家試験合格率は評価項目に入っていない.その理由は「大学が予備校化するのを防止するため」と明言されている.しかし,それは理想論ということになってしまっているようだ.

新国家試験はこれまでとは異なる方式になるはずである.本来目指した薬学教育改革を反映した,予備校模試とは相関のない国家試験を行うことが望まれる. (2012/1/16)

追記 「生活がかかっている.勝手なことは言うな」という声が聞こえてくる.そう言いながら,学生の質の低下を物語る様々なエピソードを話してくれる.医療現場における薬剤師の役割(あるべき姿)を十分に理解していない教員に多いようである.

低学年から積み上げてきた国家試験対策的知識集積が卒業研究をやらせたら瓦解しリセットされたという内容の感想もあった.その判断は模試とのことである.

薬学6年制不要論を強烈に主張していた人も現在は沈黙を守っている.言えない状況に置かれたためだろうか

.(2011/1/19)