”想定外”は見通しが甘いだけ

”想定外”は見通しが甘いだけ

九州大学薬学部の薬友会(同窓会)は,会員の年齢が70歳過ぎたら,同窓会費は免除しますということにした.この会費免除問題については以前紹介した. 「別に美談ではない」という友人もいる.なぜなら,多くの卒業生がある時期「終身会費制」に賛同して一括して会費を払った.それで集まった金をうまく運用 すれば,それなりの利子が入りそれで運営していけると思ったわけである.しかし,まもなく経済状況の変化で破綻した.当時,世の中全体がそういう時代だったので批判はできないが,結果的には見通しが甘かったと言えそうである.熊大薬学部同窓会は「免状一枚でここまで来れた」というお年寄りを頼りにしているので, 「会費免除」の発想はないらしい.別途,研究助成と銘打った寄付をしても免除にはならない.こちらは「見通しのよい」事例かもしれない.

先月(2/11)この文章を書きながら,NHKの「深読み」を観ていたら,タイミングよく「見通しの甘い」話の例として,高度成長期には「運用利子でいける」と考え,皆疑うことはなかったことを紹介していた.その典型的な例として「年金」を取り上げていたがその他にもたくさんある.

「見通しが甘い」ということといえば,「選挙時のマニフェスト」が典型的系な例だが,想定外で済まされている東日本大震災や原発問題もそのひとつである.

携帯電話が今みたいに盛んでない時代,世界シェアの2位を占めるノキア等の外国の例を紹介しながらある経済評論家(サイエンスにも通じている)が携帯電話 の規制緩和が実現すれば膨大な経済効果が期待できると言っていた.現在,携帯電話が蔓延しているが経済の低迷は依然として続いている.少しは経済的効果があったかもしれないが,それほどでもないと言っても過言ではない.当のノキアもスマートフォン(多機能携帯電話)戦略の迷走により低落傾向にある.

スマートフォンになればバラ色と言った人もいる.これもすでに問題が起きている.今日(11日)もKDDI (au) の携帯電話で最大で615万人に影響する通信障害を起こした.7日にはNTTドコモ,9日にはKDDI,昨年クリスマスを含め一度だけではない.KDDI は通信量(トラフィック)増加との関連を否定しているが「はいそうです」とは言えないだろう.見通しの甘い販売戦略が裏目に出ている.原因は通信量の増加ではないといっているが、裏側では一生懸命通信機器の増強を行っているはずである.

携帯電話と言えば,希少金属の回収が話題になって久しいが未だ軌道に乗っていない.中国による輸出規制が表面化してはじめて本気で都市鉱山に手をつけようということになったが,その間廃棄された希少金属はもったいない.地球から消えることはないが,分散廃棄したものを回収するのは難しい.

電子株取引システムもバラ色ではなかった.手サインによる場立ち取引は2007年8月31日に277年の歴史に幕を下ろした.その後何が起こったか説明の必要はない.IT工学の専門家が株取引システムの構築に関与するようになり, 取引はプログラムによる判断で一瞬に終わってしまう.人間の判断を超えたところで売買が実行されているといっても過言ではない.1987年におきた ニューヨーク証券取引所の暴落をきっかけとした世界的な株安(ブラックマンデー)では,プログラム売買による連鎖反応的な売りが株価暴落を加速させた理由の1つと言われている.最近起こった東証のコンピュータシステムトラブルによる取引中止は世界的な信用を失墜させたことは否定できない.

日の丸半導体メーカーの破綻,家電メーカーの歴史的大赤字決算などは世界規模のIT界の動向を捉えきれなかったという意味で見通しの甘い例である.日本が韓国に追い上げられていることが原因といわれているが,同じことがかなり前に,日本と米国の間で起こっていた.半導体製造は日本に任せ,代わりにソフトウエアで勝負する道を選んだマイクロソフト,アップルはITの雄となっている.「歴史は繰り返す」ことを学んでいなかったと言われても仕方ない.

規制緩和も事後シミュレーションが甘い例である .AIJ投資顧問の企業年金損失問題は典型的な例である.民間車検も問題になっている.薬も同じである.近くのスーパーで薬を買ってもレジが別になっているだけで何の説明もなく購入できる.行き着くところまで行かないと振り子は逆に振れないことは分かっているが,すぐに修正できることではない.

このように社会のあらゆるところで「いい加減な行為」が見られるのは,戦後の教育がいい加減だったということに起因する.指導要綱,入学試験などもシミュレーションや検証不足で場当たり的に変化し続けてきた.見直し改善策も見通しが甘かったということである.教育方針の見通しの甘さのもたらす影響はゆっくりと社会全体に広く浸透する.現在,東大主導で進められている大学の秋入学は十分なシミュレーションがなされているのだろうか.大学人が進めた法科大学院構想も実施してみると見通しが甘かったという結論が出ている.

嫌というほど「見通しが甘い」事例を勉強させてもらったのだから,今後は大丈夫かというとそうではない.一世代約25年,人間の頭は完全にリセットさ れ,6-3-3-4制の教育を受けても役に立つ歴史を勉強しないため「愚かな行い」が繰り返される.先人の経験が僅かづつDNAに刷り込まれること(進化)を期待したい.(2012/3/8)

追記

薬学6年制教育も見通しが甘い典型的な事例との指摘を受けた.説明の必要はないだろう.

立ち上げに関与した人間の一人として最初に挙げる事例かもしれない.