心の拠り所とは
投稿日: Apr 27, 2014 8:16:58 AM
子供の頃、近所に変なおじさんがいた。
変な、というと誤解されそうだが、子供の目から見て
「変なおじさん」と思っていた。
現在、私が ” がん” になって、ふとその変なおじさんのことを思い出した。
そのおじさんは、朝、玄関を出て、山から出ている太陽を両手を合わせて
拝むのだ。そして、夕方また玄関を出て、今度は海に沈む夕陽を両手を
合わせて拝むのである。
それを見ていた私は「なして太陽ばおがみよっとやろか」と思っていた。
その理由は聞いたことがないので、今もって分からない。
ただ分かったことがひとつある。
私が東京へ出てきて、8年ぶりに故郷へ帰ったときだ。
原爆症患者。
おじさんは亡くなっていたが、雨の日以外は曇りであっても玄関を出て
手を合わせ、拝んでいたそうだ。
おじさんが太陽を拝んでいた理由はなんだったのだろう。
答えは誰にも分からないかも知れない。
ただ想像するに、太陽を拝むことを心の拠り所として、平安を願って
いたのかも知れない。
では、私には心の拠り所となるものがあるだろうか。
私は本が好きだ。活字中毒者といってもよい。
手元に本がないと落ち着かない。
映画も好きだ。映画を観ていると、その世界に自分も入って、
あたかも主人公になったような気がして、幸福感を味わう。
果たしてこれが私の拠り所なのだろうか。
おじさんが拠り所としていたのは、人間ではなく太陽だった。
私は本と映画を今は拠り所としている。この先は分からないが。
なぜ人ではないのだろう。
この先どう考えていくのか不明であるが、心の平安を得るのは、
ごくごく個人的なものであるのは間違いない、と思っている。
本村