【令和4年春、木津・山背古道を歩く】
飛鳥と琵琶湖岸の大津を結ぶ山背古道の中間にあって、古代から交通の要衝であった木津は木津川の水運を利用した材木などの物資の集積地でもありました。山背古道は壬申の乱の時の大海人皇子が吉野に向かう時そして大伴家持が越中の国司として赴任する時に通った道でもあります。
古代の人々の旅行や経済活動で大いににぎわった古代の木津に思いをはせながら、歴史の古い古道とそれにまつわる遺跡を訪ねました。
コースの最初だけタクシーを使用する予定でしたが、つかまらず、やむを得ずコースの変更をしましたが、電車を使うことで対応でき幸運でした。天候にも恵まれ、楽しい一日を過ごすことができたと思います。
なお、次回の同窓会会報で参加者に参加報告を書いていただき、このページにその報告を転載する予定です。
■実施日時: 令和4年5月15日(日)
■参加者数: 10名
■コース概略 参考図(一部実際の散策コースと異なっています)⇒令和4年春の歩こう会コース案概略 220319.pdf - Google ドライブ
JR上狛駅 → 狛の里・環濠集落 → 山背古道・茶問屋通り→ 泉橋寺・山城大仏 → 上津遺跡 → 御霊神社 → 安福寺・平重衡の墓 → 和泉式部寺・和泉式部の墓
→ 山背古道、天王神社 → 昼食(レストランやましろ)→ JR木津駅・解散
文責:2022.5.16 名取和一(75回生)
木津川北岸の泉橋寺に鎮座する山城大仏
左:木津川南岸に鎮まる御霊神社
右:御霊神社の参道脇で、小松文吉氏(56回生)ご持参のリンゴをいただきながら休憩。
令和4年春季歩こう会 「木津・山背古道を歩く」の感想
植松高志(72回生)
名取和一歩こう会部会長から、「5月15日に実施した歩こう会の実施報告をHPに掲載しました。参加者の方からも感想を寄せてほしい」とのことですので簡単ではありますが写真を添えて提出します。
<感想>
〇当初、開催日は5月14日(土)であったが、週間天気予報はかなりの雨になるということで、5月9日に幹事の名取さんから翌日の15日(日)に変更するとのメールが入った。14日は天気予報通り一日中冷たい雨であった。
15日当日は薄曇りから午後には太陽も覗く緑濃き薫風が爽やかな絶好のハイキング日和となった。幹事の判断に感謝・感謝である。
〇私はコロナ禍の中で決意したことがある。定年後、毎年の特定健康診査で医者からは「肥満解消が第一」と言われてきた。趣味の登山などでは息切れがして仲間に迷惑をかけることが多々あり情けないことであった。2020年年初にコロナ感染拡大が始まり家に籠ることで肥満度は高まるばかりである。健康な体造りには「歩くこと」というアドバイスもあり、歩数計のアプリをスマホに取り込みダイエットに挑戦することにした。通勤・買い物・ゴルフの打ち放しや一寸外に出るときはバイクを使っていたが極力バイクをやめ歩くことにした。自分でも驚きであったがダイエット効果はテキメン。記録を取り始めた2020年6月1日の私は身長163cm・体重80kgまさに肥満体。一日平均歩数は6月度13000歩、7月度15000歩、8月度17000歩、各月末の体重は76kg→73kg→72kgと漸減。2020年から2022年の今まで一日平均15000~17000歩を継続していて、体重は71~73kgが維持できている。特定健康診査でも腹囲は少しオーバーだが血圧・脂質・肝機能・血糖・尿はすべて基準値内に収まっている。
歩こう会当日も、10時集合のJR木津駅まで歩くことにした。スマホで調べると自宅(奈良県大和郡山市九条町)からJR木津駅までは「2時間28分・12.0km」と出た。自宅を7時15分に出たが、平城宮跡辺りで迷い、10時集合を1分超過。皆さんには迷惑を掛けてしまった。
〇当日の行程はJR木津駅からタクシーに分乗し「高麗寺址」に行くことにしていたが、タクシーが来ない。電話したがタクシーが出払っていていつになるか分からないという返事。小林さんの提案で一駅先のJR上狛駅まで電車で行くことにした。この咄嗟の判断も大正解であった。
〇 JR上狛駅前の藤棚のある公園で参加者の自己紹介と幹事の名取さんから歩こう会行程の説明があった。事前に名取さん作成の参考資料が送られてきていたので予備知識を持って臨むことができたが、実地でのガイドや文化財の説明板やパンフにより理解と知識も深まり「木津・山背古道」の往時を偲ぶことができた。
次に、私が特に興味を持った3点を記しておこう。
1.「やましろ」という国名表記には、「山代」「山背」「山城」の三通りがありそれが用いられた時期は、「山代」は壬申の乱(672年)以前、「山背」は平城京の北に連なる奈良の山の背を意味し大宝律令(701年制定)以降、「山背」が「山城」に改められたのは平安遷都(794年)の時で、地形が山をめぐらした城のようであることに由来するという。
また、私たちの降り立った「JR上狛駅」では、歴史文化に造詣の深い小林さんから「狛氏」は高句麗系の渡来人がこの地に定着し開発したことに由来する。「高麗(こま:狛)」とも表現される。また、狛氏は長野県の上高井郡や下高井郡とも関係があるとの興味深いお話もあった。
2.ガイド書では、「山背古道は城陽市から木津川市まで続く25kmの古道であり、京都と奈良の間、南山城の山際をゆるやかにうねりながら続いている一本の小径。懐かしい風景に出会える。豊かな自然を味わい、この土地に重ねられてきた歴史文化を感じながら、のんびり流れる時間を楽しめる。」と紹介されていた。私たちは木津川市の山背古道約5kmを歩き、ガイド書にあるように「豊かな自然を味わい、この土地に重ねられてきた歴史文化を感じながら、のんびり流れる時間を楽しめる。」を体験、まさに懐かしい風景に出会うことができた。
3.歩こう会では、同窓生と親しく語り合える「昼食懇談の場」の選定は重要事項である。JR木津駅前には飲食店が見当たらない。花岡さんと名取さんが下見の時に探し当てた「レストランやましろ」は木津川市の国道24号線沿いにある日本式洋食レストランで店内は昼時でもあり大変賑わっていた。私たち10人は予約してあった一番奥まった広いスペースに案内された。テーブルはアクリルボードで仕切られコロナ感染対策は万全であった。生ビールのジョッキを掲げての乾杯のあとは豪華な海鮮懐石料理を囲んでの懇親会。今回の歩こう会で学んだこと、ロシアのウクライナ侵攻等時事問題、懐かしの清陵時代のこと等々・・・尽きぬ話は2時間にも及んだ。
今回の参加者は88歳のお二人を筆頭に80歳代が6人も参加されておられた。私が印象深くまたこうありたいと思ったことは、先輩方々は心も体もお若いことであった。現役時代に上司から教えていただいた言葉にサミュエル・ウルマンの「青春とは心の若さである。年を重ねただけでは人は老いない。人は好奇心や理想を失うときは初めて老いる。」を再認識した次第である。
<写真>
私は次号会報への寄稿を依頼されましたので、所々で写真を撮りました。
参加者が映ったいくつかを添付します。
<参考>
◆参加者:小林悟郎(56回生) 小松文吉(56回生) 竹中由幸(63回生)
増澤文武(63回生) 千野眞士(64回生) 土橋 勝(64回生)
花岡 正(69回生) 藤森廣幸(70回生) 植松高志(72回生)
名取和一(75回生)の10名。
◆コース:
JR木津駅(10;00集合)→JR上狛駅→狛の里・環濠集落→山背古道・茶問屋通り→泉橋寺・山城大仏→上津遺跡→御霊神社→安福寺・平重衡の墓→和泉式部寺・和泉式部の墓→山背古道・正覺寺・天王神社→レストランやましろ(昼食懇談会)→JR木津駅(14:30解散)
以上