令和8年1月7日 管理者(名取)投稿
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清陵の英語の授業で教えられた木曽谷の明治維新の現実ー昭和28年公開・映画「夜明け前」ー
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私は、英語を1年と2年で林 雅彦 先生に、3年で土川 正男 先生に教えていただきました。さて、最近、幸いにも昨年秋に youtube で昭和28年に公開された映画「夜明け前」夜明け前1953年製作 を観ることができ、少し思い出すことがありましたので、林 雅彦先生のことを書いてみたいと思います。
多少、前置きになります。林先生は毅然とされていた先生でした。皆さんも覚えがあるかもしれませんが、清陵といえどもクラスの中に一人や二人は「ワルガキ」がいて、しょうもないことで先生の授業の揚げ足を取り喜んでいる生徒が私の時もいました。その「ワルガキ」が成績優秀な生徒というのですから、始末に負えません。ちなみに私ではありません(笑)。ある時、林先生はとある熟語の意味を解説されていて、ある辞書ではこう記述、また別の辞書ではこう記述しているといったお話をしていたのですが、そのワルガキは先生は一体何冊くらいの辞書を網羅して説明してるんですかと問いかけました。
先生は自宅に英和辞書は100冊以上の蔵書があり、それらを基本にしていると答えられました。それをワルガキは逃さず、俺は信じられませんと。失礼にも「嘘をついているのではないか」という意味のことを言って、教室は騒然としました。例の緑のボックスでこげ茶のカバーの研究社の辞書1冊で四苦八苦している生徒からすれば、100冊以上という辞書は確かににわかに信じがたいものだったのかも知れません。
その時、クラスの茅野 浩一 氏(横浜市在住・上諏訪出身)が「俺が先生のご自宅に伺って辞書のことを確かめてくる」と笑顔で言いだし、その場は収まった記憶があります。林先生はいつでもどうぞと言った感じで、微笑んでいたと思います。
翌週の英語の授業の冒頭に茅野氏は起立して「日曜日に四賀の教員宿舎の林先生のご自宅を訪れた。辞書を拝見したが、100冊を越えていた」と発言しました。その後、そのワルガキがどういう態度をとったか、記憶にありませんが、このことは様々な意味で私に強い印象と教訓を残しています。
本文は下記画像の下に続きます。
筆者が清陵時代に使っていた研究社の英和辞典。その後大学進学後も使い続けた。今はほとんど使っていないが、なぜか捨てられない。
前置きが長くなりました。話を本題に戻したいと思います。
林先生が授業中に、島崎藤村の「夜明け前」夜明け前 - Wikipedia の話をしたきっかけははっきり覚えていないのですが、先生は懐の深い方で、時々脱線して日本文学のことや歴史のことなどを話してくれていましたので、その一つと思います。
先生は「木曽谷の馬籠は信州では京都から最も近く、情報が早く入り、明治維新の荒波を受けた」と説明され、「夜明け前」の主人公、青山 半蔵がなぜ精神に異常をきたし、狂気になったのか、君たちも一度読んで考えてもらいたい」といった趣旨のことを言われたことを記憶しています。
そして、「青山半蔵が一度は期待した明治維新に裏切られ、精神に異常をきたして狂気となり、青い蕗(ふき)の葉を頭にかぶったおどけた格好で寺に放火してしまう。滝沢修 滝沢修 - Wikipedia が演じたが、本当にうまい演技で感動した」と言われたのを覚えています。その時はそれが映画なのか演劇なのか先生は言われなかったので、わかりませんでした。
後付けですが、林先生がおっしゃりたかったのは、勝者の歴史だけではなく、歴史に翻弄された人々の歴史も「夜明け前」を読むことによって、理解し、幅を広げて成長していってほしいということではなかったかと思っています。
藤村は実際に馬籠の生まれで四男。父は庄屋で実際に精神に異常をきたして座敷牢に入れられ、そこで亡くなっていますから、事実に即した歴史小説です。生きた歴史資料と言ってもいいかもしれません。
しかし、その後数十年間、夜明け前を読むことはありませんでした。第一部上下及び第二部上下にわたる長編で文庫本でも4冊です。ようやく、手に取って読了したのは、2014年だったと記憶しています。実に林先生のお話を聞いてから44年ほどの時間が経っていました。それでも読んだのは、2012年に52 回生今井 文人氏(故)に関西支部を紹介され、総会や行事に参加して、敬愛していた林先生のことがよみがえってきたからかもしれません。
読んではじめて、青山半蔵の苦悩の一端が分かるような気がしました。馬籠の庄屋で本陣も兼ねる青山家の当主半蔵は平田篤胤の国学を納めており、王政復古を呼号して倒幕に成功した新政府に期待します。しかし、木曽の民衆に対する過酷な仕打ちや無軌道な西洋化にその期待は無残にも裏切られていきます。そして、林先生の言われた「青い蕗(ふき)の葉を頭にかぶったおどけた格好で寺に放火してしまう」という箇所も読みました。小説の中では(映画でも)、半蔵は祖先の墓が寺のような外国から来た宗教施設にあるのはおかしいと、墓を掘り起こして改葬しようとしますが止められる場面も出てきます。
そして、今回、youtubeで幸いにも昭和28年に公開された映画「夜明け前」夜明け前1953年製作 を観ることができ、林先生の言っていた滝沢修の演技はこれだったのかと確認することができました。本当に鬼気迫る演技だと思います。ちなみに公開された昭和28年は、私の生まれる前年です。
以下にその青い蕗をかぶった場面を映画より抜粋して設置しました。
もしよろしければですが、ご覧いただければ幸いです。
最後までお目通しいただきありがとうございました。(了)