令和7年6月9日掲載 72回生 植松 高志氏寄稿
2025/6/9 付で、72回生の植松 高志氏より以下のようなメールをいただきました。
『今回の兄貴との阿弥陀岳登山について、「同窓生からの寄稿」の欄に寄稿しようと思います。下記に文章を記載しますので宜しくお願いします。』
上記より、いただいた文章を下記に掲載いたします。植松様、誠にありがとうございます。
文責:名取和一(75回生)
(以下、植松高志氏ご寄稿)
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■清陵同窓会関西支部の「春季歩こう会」は6月1日に行われ、75回生の名取和一事務局長がHPにその報告を致しました。
名取事務局長から私に「藤森潔さんという方から、『72回生の植松さんの元気そうなお顔を見れて嬉しいです。』というコメントをいただきましたのでお知らせします。」とのメールをいただきました。
藤森君は上諏訪に住んでいて「パナショップ”マルヤス電気㈱”の御曹司で現在は社長」です。
彼は松下電器産業㈱のパナショップ二世養成の「商学院」で学び、パナソニック社員だった私とは昔からの友人です。
彼の「コメント」を聞いて、私もとても懐かしく嬉しくなりました。
■私は6月6日~8日にかけて田舎(諏訪郡富士見町立沢)に帰省し、6月7日に兄貴(77歳)と一緒に「八ヶ岳・阿弥陀岳2805ⅿ」に登山してきました。
幼少の頃から毎年、親父に連れられ薬草取りに立場川を上り詰め中岳のコルから阿弥陀岳に登山していました。親父は今年13回忌になりますが兄貴から「薬草取りをした頃を思い出し阿弥陀岳登山をしよう」との提案があり、奈良に住む私は喜び勇んで出かけた次第です。
薬草取りの道程は、今は「一般コースでなく」大変危険なコース(南陵コース)になっていました。這々の体で頂上に着くと、若い登頂者から「えらいコースを登ってきましたね。昨年は4人のパーティーが滑落して4人とも亡くなったコースですよ」と言われたのには背筋が凍りつきました。しかし頂上からの360度の大パノラマの眺望には感激しました。今日(6/9)は関西には梅雨入りしたとのニュースが流れましたが6/7の八ヶ岳の天気は日本晴れ、富士山、南・中・北アルプスの眺望、目を転ずると目の前の主峰赤岳2899ⅿの雄姿が迫ってきました。諏訪湖も清陵の辺りも奇麗に見えました。
朝4時30分に実家を出て、5時から登山道に入り、頂上は12時、下山して駐車場には17時で
家に帰ったのが17時30分での長丁場で疲労困憊の登山でした。
兄貴とは久々の登山でしたが、親父の供養もでき、思い出に残る登山ができたことをお互いに喜び合いました。
以上(植松高志:72回生、富士見高原中学校出身)
阿弥陀岳頂上兄貴と
左:阿弥陀岳から赤岳・横岳 右:阿弥陀岳から富士山
掲載(了)
植松様 ご寄稿ありがとうございます。改めてお礼申し上げます。
植松さんから、(私が不在電話をしていたので)6/8,の朝、富士見駅から返信の電話をいただき、阿弥陀の南稜を登って阿弥陀頂上に行ってきたと聞いた時、私は思わず、「それなら、地図、磁石以外にザイルも持って行ったんですね」と聞きました。へっぽこ部員だったとはいえ、大学で山岳部に属してなんとかやめずに通した私は、冬期に阿弥陀周辺の山稜を登っていたので、阿弥陀南稜についても多少の知識があったからです。冬期は雪と氷で安定し、登りやすいのですが、無雪期は恐らく浮石が多く足場も不安定と思われました。
ところがお答えに驚嘆しました。地図も磁石も携行せず、ザイルも持って行かなかったというではありませんか。私は本当ですか!と聞き返してしまいました。電話はそれで終わったのですが、あとからいろいろ考えました。
私は富士見町の西端の生まれで、入笠山周辺の山ならば(持ってはいきますが)地図も磁石も必要なく、歩きまわる多少の自信はあります。小さいころからの経験で体で覚えているという多少の自負があるからです。
恐らく、富士見町の東端のお生まれで、まさに八ヶ岳山麓に育たれた植松さん(及びお兄様)は、小さいころからお父様と八ヶ岳を渉猟され、体が地形と方角を覚えているのだと感じました。それとザイルなしで険しいところを通り抜ける経験も体に染みついているのかもしれないと思いました。
考えてみれば猟師は獲物を追って川を渡り、山を越え、谷をたどりますが。いちいち地図を見たり、磁石で方角を確かめたりはしません。そんなことをしていれば獲物を見失うからです。植松さんとお兄様は八ヶ岳に関しては熟練の猟師なみということかもしれません。
ただ、偉そうなことを言って恐縮ですが、今後は少し慎重になっていただければ嬉しいです。
名取 さん へ
お世話になります。
HPに掲載ありがとうございます。
また、投稿への「素晴らしいコメント」をありがとうございます。
確かに3つの越えなければならない難所には苦労しました。
今、振り返っても滑落しそうになったことが思い出され背筋が寒くなります。
今後はもう少し「慎重」でありたいと思います。
植松高志
植松様
コメントの掲載をご了解いただきありがとうございました。私の昔の写真を見たのですが、南稜の写真はなく、ネットで阿弥陀南稜を確認しましたが、今更ですがレベルが高いところですね。私は、行ったとはいえ、50年前。今回、あらためて険しさを認識しました。
多少の経験で、色々申し上げて恐縮です。今後ともよろしくお願いいたします。
これを読んでいただいている同窓の方のご参考に八ヶ岳・阿弥陀岳南稜の写真を添付しました。冬季バリエーションを夏に行く 阿弥陀岳南陵ルート 写真の右側の稜線です。
植松様
植松様と同じ72回生の藤森 潔様(諏訪市在住・上諏訪出身)から、私が歩こう会の実施状況 <実施状況 >を掲載したフェイスブック(清陵同窓会プライベート)で、植松様に関してコメントをいただいたことはご寄稿のとおりです。その後、私の方から藤森様に本ページのリンクをお示しして、お目通しいただくようお願いしたところ、藤森様から以下のコメントをいただきましたので、お伝えします。
清陵柔道部主将の植松さんは、一言で言えば『猛者』
実直なお人柄に今だに感服を致しております。帰省されましたら、是非お立ち寄り下さるようお伝えください。
この間のフェイスブックのやり取りを画像にしました。藤森様からご了解をいただきましたので、以下に掲載いたします。