終電になるまで
何本の電車を
見送ったことだろう
「帰ろうかな」
アナウンスの声が響く度
一瞬の思いを打ち消しながら
目の前にある顔から
思いが離れない
「帰ろうかな」
電車が通り過ぎてゆくように
人々もホームへ流れていく。
「帰ろうかな」
電車が時を知らせることが
ないならば
一体いつまで
私は
片耳で聞いているあの人の話を
あの人の繊細な優しさを
自然な瞳が好きだからという
理由だけで
あの時間(とき)の中に
居続けるのだろうか――
心の鎖がだんだんと
ほどけてゆくのを感じる時
この人と共にいる
不思議さを
通り過ぎる人の足音と
列車の到来を告げる
アナウンスの数だけ
思う。
「帰ろうかな」
終電に近づく頃
あの人はいつも
私にタイムオーバーを告げる。
そして
瞬間がときめきに変わる頃
最後のアナウンスが鳴り響く。
「帰ろうかな」
私はいつも最後に
あの人の
後ろ姿を眺めている。