5/1(日)、奈良から高橋先生が30日に2度目の来熊、5/1夜に医療ボランティアの仕事が終わってから、寝袋を返しに家にこられる。ちょうど長男を空港に送って帰ってきたところで、夕食をしようとしていたので、ご一緒に夕食をしていただく。食事中震度2位の地震が一度ある。被災地ではパン、カップラーメンの食事のようである。大変な状態で医療ボランティアを行ってくれている。ありがたい。ありがとうございます。
5/1は、am11時からフードパルに荷物を持って行き、チーズケーキを買って、Taさん宅の植物救助に出かける。車は余り混んでいなかったので目的地にストレスが少なく着くことが出来た。道もどうにか通れる状態である。
4/29に安倍首相が来たこときは、空港から市内の空港2号線の信号を調整する警察官が信号ごとにいた。車は混み合い困った状態である。ヘリコブター上空を飛び、白バイ、パトカーが頻繁に走っていた。何をしにきたのかと言いたいと、同乗したいた方々の意見である。
5/1は、晴天、30日からの晴れで、片付けも進んでいるが、2週間が過ぎ、被災者は疲れもピークになっている。昼間は、家で過ごしている人も、夜は余震があるため、車で寝る方が多く、筋肉痛がひどく、エコノミー症候群、高血圧の方が増えてきているとこのとである。
家の皆も疲れがピークで、ストレスでイライラしているとがぶつかっている。
5/2(月)は、前日に危険の赤紙が張ってあるTaさん宅の庭より救済した植物を甲佐町の借りている畑に移植に行き、昼過ぎに再度植物の救済に伺い、再度甲佐の畑に行く。6時頃終了、明日は雨なので、水を少しだけやって終わる。畑を貸していただいているIseのお婆ちゃん宅に伺う。家の被害は無し、周りに家も数枚の瓦が落ちたところがあるだけだった。場所により被害が大きく違うことを感じる。植物30種位を移植する。4/29〜5/1は休みで片付けている人が多かったが、5/2は仕事の人が多かったようで、片付けの人が少ない。5/1に、福岡ナンバーの空のトラックを停め、身体のでっかい男二人が、壊れた家を見て廻っているのは怪しい光景であった。声をかけたが返事が無かったのは、空き巣だろうか?
5/3(火)、朝から小雨が降る、11時頃から雨が強くなる、昼から土砂降りになるが、3時間位で弱まり、4時頃止む。被害のひどい沼山津の女房の友人の家を訪問、つぶれて家、一階が無くなったマンション、傾いたアパート、家の多さに、愕然とする。コンビニは営業しているのはありがたい。近くで電信柱の入れ替えが行われている。高速道路沿いに田んぼの道を、サントリーの工場の方に移動すると、農道はひび割れたところが多いが、走行は問題ない。ひどいところは早々に補修が出来ていて、ほとんどの道が車で通れるようになっている。高速道路の益城〜御船片側通行なので、ゆっくりと車が走っているが、開通しているのはありがたい。高速道路の下を抜けると、橋脚に補強の機材がすえてある。早く全面開通することを願いながら通り過ぎる。
私の奥さんは、4/14の震災以来、近くのスーパーにたまに買い物に行く位で、ほとんど家にいたので、沼山津、益城の被害のひどさを目の当たりにして、愕然としていた。
明日(5/3)は、雨も上がって天気が良さそうなので、植物さんの救済に出かけようと思っています。まだ100種以上の植物が残っているので、その一部でも移動できればと思っています。
少しづつですが、復興にむけて動いています。まだまだ多くの避難した人がいます。5/9から、学校が始まりますので、避難場所も学校から公民館等に移動しなくてはいけないようです。
電気は早くにと通ったのですが、熊本市内は水道もガスも通じたようで、被害のひどかったところでは水道、ガスが通っていたいところもまだあります。風呂に入れないのがきついですが、市内、郊外にある温泉が早くから開いていました。
少なくなったとはいえ、余震が続いていますので、心が疲れています。夜は車で寝る人もまだ沢山おられます。何か,良い方法はありますでしょうか? 小さいことでも教えて下さいますと嬉しいです。
2016年5月3日 23時25分 (雨のち曇り)