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皆様、こんにちは。歴研特派員のKです。二日目は、ベトナム南部、ホーチミンの北西のクチに存在する、ベトナム戦争時に解放戦線(ベトコン)によって使われた地下トンネル、クチトンネルについての取材紀をお送りします。
クチトンネルに向かう道中で撮影
ホーチミン市から北西に車で二時間、ベトナムのいわゆる田舎道を進むと、クチトンネルの存在する町、クチに到着します。
クチトンネルは、ベトナム戦争時に南ベトナム解放戦線、いわゆるベトコンが構築した、全長250kmにも及ぶ地下トンネルで、解放戦線の兵士たちはこの地下道を根拠地とし、周辺でのゲリラ戦を展開しました。また、このトンネルには、村が枯葉剤や戦闘の影響によって使用不可能になった住民たちも避難してきており、彼らの生活の拠点としても使われました。
クチトンネルに到着し、手続きを終えるとまず、20分ほどのビデオを鑑賞し、クチトンネルについての理解を深めます。(ビデオには、日本語で解説を行ってくれるものも存在します)
ビデオや現地ガイドの説明によれば、トンネルの内部には銃眼(敵を銃で攻撃する穴)や武器の修理工場などの軍事施設だけではなく、病院や小劇場などの施設もあり、中の人々はかなり自由に生活をしていたようです。
ビデオの鑑賞を終えると、現地見学に移ります。
クチトンネルの史跡として観光客に公開されている場所には、様々な戦争遺跡が残されています。
巧妙に偽装されたトンネルの入口
蟻塚に偽装された空気穴
偽のトンネルへの入口。アメリカ兵を誘い込むために、わざと大きめに作られている
B52爆撃機による爆撃の痕
クチトンネルに存在した設備やトラップは、大変知恵を感じるものがほとんどで、当時のベトナム兵たちの勝利への意志の強さが伺えました。
使われたトラップの一種。この中に足を踏み入れると、鉄の針で刺されてしまう
ベトナム兵は、木の上などの高所から棘のついた鉄球を投げ落とし、近くを通るアメリカ軍を攻撃した
見通しが悪いジャングルは、地の利のあるベトナム兵の味方をした
当時のベトナム兵たちは、ずっと地下で暮らしていた訳ではなく、襲撃の心配のない時には、トンネルから出て仕事に勤しんだり、休憩したり、歌や踊りを鑑賞したと言います。
半地下式で作られた武器工場。米軍や南ベトナム軍の放棄した武器を解体・加工し、自軍の戦力にする
休憩中のベトナム兵の様子を再現した人形
クチトンネルには、史跡の他に、当時使われていた武器と同じ物を使うことの出来る射撃場があり、筆者も実際に当時使われたのと同型の中国製AK-47小銃(56式自動歩槍)を使っての実弾射撃体験を行いました。
実弾射撃を行う筆者。整備不良のためか、装弾不良が多々起きた
初めて持つ本物のライフルは、当たり前ですが普段から持ち慣れたエアガンよりも重く、重厚感のある外観で、当時のベトナム兵たちはこれに命を預けていたのかと思うと、少々胸が熱くなる瞬間もありました。
撃ってみた感想としては、当たり前ながら火薬を使うため、音はイヤーマフ越しでも大きく、立ち上る煙からは火薬の、いわゆる硝煙の香りがしました。引き金を引いた瞬間に伝わる反動は鋭敏ですが、安全管理のために銃が固定されているからか、正しい射撃姿勢を取れば、連発してもそれほど苦になる物ではなく、むしろ「この程度か」と拍子抜けするほどのもので、風の噂でよく聞く「素人が撃つと骨を折る」や、「反動で肩にアザができる」というような話は必ずしも正しくないな、と感じました。(反動の感じ方には射撃姿勢などにより個人差があります。また、射撃場が、一般的な弾薬より火薬量の少ない減装弾を使っている可能性もあります)
この射撃の経験を経てか、射撃体験後は現地ガイドの戦争解説をより深く理解することができ、やはり体験して得た知識は深く心に刺さるものだな、と思いました。
二日目はクチへの移動が大半を占め、訪問できたのはクチトンネルだけに留まりました。
ベトナム滞在最終日となる3日目の記事は、再びホーチミン市内の史跡・名所の解説となります。