[台本]夢の面影
※私作「相思相愛」、「サンタだった姉さん」を読んでいただくと、より理解がしやすいかもしれません。
※この台本は刺激の強い表現が含まれています。※
○日乃夢 真実(ひのゆめ まなみ)
女性、当時21歳、社会人。
都合の良い夢。
○九重 優太(ここのえ ゆうた)
男性、28歳(22歳)、精神科医(22歳の時は大学生)
後悔した現実。
○夢の声
不問。
君たちを穿ち繋ぐ棘。
日乃夢 真実♀:
九重 優太♂:
夢の声 不問:
↓これより下が台本本編です。
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真実:「私たちってなんで生きてるんだと思う。」
~現代、優太の家~
(優太、家で仕事の続きをしている。)
優太:「…………。」
間。
優太:「……ハァーー…………疲れた。
……23時…………今日はもう寝るか……。」
間。
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夢の声:これは夢の話。ありえない話。ありえなかった話。IFの話。
それでも君は、己が選択を悔い、嘆き、“また”見るんだ。魅ちゃうんだ。。
~仕事帰りの道中~
(真実、辛そうに歩いている。)
真実:「…………。」
真実:私は何をしているんだろう。
私はどうして生きてるんだろう。
私はこれから、どうなるんだろう。
私は──
真実:「──っ」
夢の声:黒く靄掛(もやが)かっていく頭の中を振り払うように彼女は髪をくしゃくしゃと掻き乱す。
そんな事をしても何も変わらないのに。
(真実、膝を崩し座り込む。)
真実:「…………嗚呼……生きるってなんでこんな辛いんだろう……」
~回想:真実、優太、当時高校生~
(学校、放課後に真実、優太が向かい合い、机を引っ付けて試験勉強をしている。)
真実:「ねえ、優太(ゆうた)。」
優太:「なに。」
真実:「私たちってなんで生きてるんだと思う。」
優太:「…………。(真実の顔を見ず、ノートと参考書を見て手を動かしてる。)
なんだ、哲学か。」
真実:「ううん、生物学、の超、超超超飛躍。」
優太:「それは時に哲学となんら違いはねぇーよ。」
真実:「まあまあ~
はぁー……今日も今日とてユウタは細かいこと。」
(真実、優太から視線を逸らす。)
真実:「あーあ。
幼馴染の私の事無視して勉強に勤しんじゃってさ……。」
優太:「お前が勉強会しようって言ったんだろうが。」
間。
優太:「……それに、俺が細かいんじゃなくて、真実(まなみ)が大雑把なんだよ。
で、どうしたんだよ急に。」
真実:「え?」
(真実、優太に視線を戻す。と、優太は手を止め真実の方を見ている。)
優太:「“え?”じゃないだろ。“私たちってなんで生きてるんだと思う。”
マナミが切り出したんだろ。
なら、それを考えるに至った経緯でも思惑でもあるハズだ。
俺はそれを軸にマナミの問に答える。」
真実:「…………か……かっ、たいなぁ~……」
優太:「うるせ。」
真実:「……。
哲学者アルガゼルの話はもう習った?」
優太:「……?あー……ああ、そういえば先週、倫理・宗教の授業でやったな。
神の存在証明の為の“原因遡及(げんいんそきゅう)”。」
真実:「そ、現在から過去に全ての事象を遡った時、
必ず始まりが有り、その始まりにこそ“神が居る”、という思考実験による神の存在証明。」
優太:「それがどうしたの。」
真実:「うん、じゃあ、始まりがある以上、終わりがあるワケで。
“原因”がある以上“目標”があるハズでは、と私は考えたの。」
優太:「どういう飛躍だよ。“始まりと終わり”、“原因と目標……目標というよりは結果”か。
この二つの関連性はあるとは言えない。」
真実:「まあまあ、どうでも良い時の思考回路なんて飛躍するものだよ。
……それで、仮に神様が居るなら、
何故“始まり”を起こし、どんな“終わりを想定”したのかなって。」
優太:「……なるほど、“神は全知全能である。であれば偶然は無く、総ては必然である”から、か。」
真実:「そうそう!」
優太:「そうだな……。宗教を絡めて……おい、待て。
これじゃ生物学、の超、超超超飛躍じゃなくてやっぱ完全に宗教や哲学だろ。」
真実:「ん~~~じゃあもうそれで良いよ!
そ・れ・で!じゃあ、私たちは、全生命体は何を目標に種を存続させてるんだと思う?」
優太:「…………。
まあ、生物学的観点であれば全て“意味は無い”で片付けられそうだもんな。
……ん~~~……なんだろうな。
殊(こと)、人類に関しては除外して考えるべきか。」
真実:「うんうん。」
優太:「……いや……それは早計(そうけい)か。
宗教を加味した考えで行くのであれば知的生命体への進化は既定路線かもしれない。
では、知的生命体の役割はなんだろうか。
人類が今後展開していくであろう未来は……
宇宙進出、地球のテラフォーミング……
……いや、敢えてここは我々が実はインベーダーである可能性も加味して──」
真実:「まってまって。流石にそこまで飛躍しなくても良いよ。」
優太:「なんだ、そういう話じゃないのか。」
真実:「流石にね。」
優太:「じゃあ、マナミはどう考える。」
真実:「ふふーん……!
聞いて驚け!私が立てた推論!私が出した結論!
私たちは何故──」
~~~~(ノイズが走り、回想が途切れ、現代の真実の視点へ)~~~~~~~~~
~真実の家~
真実:「──私は何故生きてるの……分かんないよ……。」
夢の声:彼女は過去を反芻(はんすう)する。
かつては輝き煌く、霞んでいく遠い光を思い出したくて、自分を奮い立てたくて。
間。
夢の声:けれど──
真実:「あぁ……あぁ……ああ──……!!」
夢の声:そんな幻に縋ったって、現実は何も変わらないんだ。
真実:「うぅ……ううぅ……」
間。(真実、啜り泣いている。)
真実:「お父さん……お母さん……お兄ちゃん……」
間。
真実:「ユウタぁ…………。」
夢の声:そうやって彼女はまた、泣き疲れて夢に墜ちていく。
暗い、暗い、苦しい深海の様な夢へと。
~夢:真実の実家~
真実:「…………あれ……?ここは……私の家……」
(真実、何か紙を持っている。)
真実:「これは……大学入試の……合……否……」
夢の声:それは、高校3年の二月。
第一志望の大学の合否が出た日。
真実:「いやぁ!!!」
(真実、脂汗が全身から吹き出し、紙を捨てる。)
真実:「はぁ……!はぁ……!はぁ……!!」
夢の声:ユウタと同じ大学に進学する為に、
前から準備していたのに、模試でもB判定以上だったのに、
あんなに対策したのに、あんなに頑張ったのに、
真実:「頑張ったのに……頑張ったのに……」(震えながら泣いてる。)
夢の声:それでも、結果は出なかった。
真実:「うぅ……!うぅ……!!」
夢の声:そんな彼女に、彼女の父と母は言った。
夢の声:『何も大学だけが人生じゃない。そんなに気負いしなくても良いよ』、と。
真実:「うぅ……!ううぅ……!!」
夢の声:けれど、彼女にそんな言葉は届かない。
その代わりに──
夢の声:『ああ。泣けば許されると思ってるんだ。』
真実:「──っ!!」
夢の声:誰もそんな事言ってないのに、
勝手に自分を責める言葉を捻出(ねんしゅつ)して、わざわざ自分を抉り殺そうとする。
真実:「ち……ちがう……ちがうの……ゆるされたい……とか……そんなんじゃ……!」
夢の声:勝手に親に失望されてると妄想し、彼らに無意味に弁解する。
真実:「待って……!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(真実、ガバッと起きる。)
真実:「待って!!!!!」
間。
真実:「…………ゆめ…………」
間。
真実:「…………はぁー……」
間。(真実、ベッドの上で蹲る。)
真実:「…………なんで、私は生きてるの……。」
間。
真実:「…………ユウタ……。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~同時刻:優太宅~
(大学生の優太、勉強をしている。)
優太:「…………。」
(携帯が鳴る。)
優太:「ん?
……。
知らない番号……誰だ……?
んー……まあ、無視で良いか。」
間。(優太、無視して勉強に戻る。その間も携帯が鳴り続けている。)
優太:「…………。
ああもう、はいはい出ますよ。
……。
もしもし、九重(ここのえ)の携帯です。」
真実:『……あ?ユウタ……?』
優太:「……え?マナミ?
なんで俺の携帯番号知ってんの???」
真実:『あ、えーっと……小学生の時の卒業文集に載ってたから……
良かったよ、今も同じで……』
優太:「あぁ……ああー
そういえば書いたっけか……。
で、どうしたんだよ、マナミ。
一応俺たちって絶交中じゃなかったっけ?」
真実:『え……?あ……そ、そうだったよね……
ごめん……迷惑だったね……』
優太:「ああいやいや、そういうんじゃなくて……
んー……マナミは大学どんな感じ?」
真実:『あ……そのー……大学はー……辞めました……』
優太:「え、なんで?」
真実:『…………まあ……あんまり、大学の空気が得意じゃなくて……
今はOLやってるよ!オフィスレディ!!』
優太:「あえ~そうなんだ。
なんか色々と大変なんだなーお前も。
で、用件はなにー?」
真実:「んー?別にー?ユウタ元気かなー?ってね!」(なるべく元気な様に装う。)
優太:「んー普通かなー
え?それだけ?」
間。
真実:『あー……絶交といえばさ。』
優太:「なんだその切り出し方。」
真実:『最近地元帰ってるー?
お正月とか見ないけれどー?』
優太:「最近は帰ってないなー帰ってないっていうか、帰れてないというか……
ほら、今大学4年だからさ。課題の作品制作とか卒業制作忙しくてさー」
真実:『そっかーユウタは美大生だもんねー』
優太:「いやマジで、美大とか絵描いてれば良いと思ってたら結構普通に座学あるし、
4年ってもっと楽だと思ってたから今マジで苦しいわ~」
真実:『……へぇ~!大変だねー!』
優太:「……?マナミ?
…………なあ、マナミ。」
真実:『…………なに。』
優太:「今度一緒に旅行行こうぜ。」
真実:『……なんで。』
優太:「なんでって、そりゃ久しぶりに遊びたいからだよ。
てかマナミと旅行なんてしたこと無かったしな~
強いて言えば小中高の修学旅行くらい?」
真実:『高校は風邪引いて行けなかったけどね。』
優太:「ははは、そうだったわ。
じゃ、高校の分挽回する為に、関西とかどう?」
真実:『いいね。』
優太:「よし、じゃあ決定な。
また連絡するから、ちゃんと金貯めとけよ~?」
真実:『うん、分かった。』
間。
真実:『ユウタ。』
優太:「んー?」
真実:『ありがとね。』
間。
優太:「どうしたんだよ急に。」
真実:『ううん!じゃ、切るね!バイバイ!』
(通話が切れる。)
優太:「…………。」
間。
優太:「どうしたんだアイツ。」
(優太、勉強を再開する。)
優太:「…………。」
夢の声:何か嫌な予感がするものの、君はいつも通りの日々に戻ろうとする。
優太:「……。」
間。
優太:「…………まさか……な。
マナミは強いやつだし……さっきも元気だったし……」
夢の声:けれど、君は知っているんだ。
ここで君が取った選択が間違いだった事を。
縺翫l縺後≧縺斐°縺ェ縺九▲縺溘○縺�〒縺ゅ�縺薙�縺励s縺�繧薙□
優太:「──っ!」
夢の声:だから、せめて──
(優太、立ち上がり、上着と財布と携帯だけを持って外に出る。)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~夜、外~
(優太、走っている。)
優太:「はぁ!はぁ!はぁ!」
優太:「てか、そうだ……!」
(優太、電話を掛ける。)
優太:「…………ちっ、出ないか……!」
優太:「っ!あの!あのー!ヘイ!そこのタクシー!!」
(優太、手を振ってタクシーを止める。)
優太:「すいません!空港まで!なるはやでお願いします!!
成田でも羽田でもどちらでも良いんで!!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~真実の部屋の前~
優太:「はぁ……はぁ……はぁ……こ、ここが……マナミが住んでる……とこ……」
(優太、インタホーンを鳴らす。)
優太:「…………っ」(息を呑む。)
(優太、ノックをする。)
優太:「ま……マナミー?」
間。
優太:「いるかー?」
間。
優太:「……。」(再度、電話を掛けようとする。)
(ドア越しに真実の声が聞こえる。)
真実:「……ユウタ?」
優太:「──っ!
ああ!俺だ!ユウタだ!!」
真実:「ど、どうして……というか、なんで私の住所……」
優太:「マナミの親に聞いた。」
真実:「えぇ……!?」
優太:「あと、どうして、てぇのは──」
真実:「…………。」
優太:「マナミに会いたくなったからだ。
だから、開けてくれ。」
真実:「…………うん、待ってて、ちょっと片付けるから!」
優太:「おう。」
間。
優太:「……ふぅー……」(胸を撫で下ろす。)
間。(ガチャリ、と部屋の扉が開く。)
優太:「!」
真実:「お待たせ!」
優太:「…………ッ」
夢の声:彼女は笑顔を作っていたけれど、その顔には、その目には、疲れを抱えていた。
真実:「……ユウタ……?」
優太:「……あ、あー……お邪魔します。」
真実:「うん……。」
優太:「……。」
夢の声:物が散乱し、洗われていない食器が積まれたキッチンの流し台。
ドアの隙間から見えた、髪の毛が沢山抜け落ちているユニットバスの洗面台。
優太:「……っ」(唾を飲む。)
夢の声:自室のドアノブには麻縄が括りつけられていた。
優太:「……ッ!」
間。
優太:「なあ……この縄って……」
(真実、無気力に膝をつく。)
優太:「……!」
真実:「…………。」
夢の声:君は間に合ったと胸を撫で下ろしたけれど、そんな事はない。
彼女の心は、未だ虚のまま。
優太:「……マナミ、ここ玄関だぞ。
肩貸すから、部屋に行こう。」
真実:「……うん。」
夢の声:ふと、彼女の携帯が目に付く。
通話履歴。君と彼女の家族、そして会社。
最新の二件以外、会社で埋め尽くされていた。
優太:「…………。
マナミ、携帯の電源切っとくからな。」
真実:「……。」
夢の声:予感がする。いや、予感なんかじゃない。
ここで間違えたら、彼女は──
優太:「なあ、ご飯は食ってるか。」
真実:「……。」(首を振る。)
優太:「そうか。
じゃ、作ってやるよ。」
夢の声:そうやって君は途中のスーパーで買ったものを見せる。
真実:「……あははは……ユウタは料理好きだもんね。」
優太:「おう。
部屋の掃除もしてやろうか。」
真実:「それはー…………やっぱ、お願いしようかなぁ。」
優太:「良いだろう。
俺は料理も掃除も大好きだからな。
捨てちゃいけないモノは先んじて言っておけよ。」
真実:「うん。」
夢の声:冷蔵庫の中には何も入っていなかった。
とりあえず、洗い物を片し、調理を開始する。
真実:「なに……作るの……?」
優太:「んー?なんだと思うー?」
真実:「……卵……牛乳……鶏肉……玉ねぎ……サトゥのごはん……ケチャップ……
オムライス……。」
優太:「ああ、マナミの好物。」
真実:「……ははは。」
夢の声:彼女は力なく、痛々しく笑う。
けれども、それでも、君はそれだけで良かった。
優太:「──さて、ちょっぴりだけ片付けするか。」
真実:「あ、私も──」
優太:「良いよ、俺がやる。」
真実:「……。」
間。
真実:「……ありがと。」
間。
優太:「……おう。」
夢の声:床が見える程度には片付け、机を拭く。
彼女はそれを何も言わずに眺めていた。
君も何も言わずに、そのまま調理を再開する。
優太:「よし、出来た。」
(優太、真実の前にオムライスを置く。)
真実:「わあ、綺麗な黄色……!」
優太:「ふふん、俺の一番の得意料理だ。
絶対に美味しいぞ。食え。」
真実:「うん……いただきます……。」
間。(真実、一口食べる。)
真実:「おいしい……」(無表情のまま、ぼろぼろと涙を零す。)
優太:「……そっか。良かったよ。
じゃ、バスルームの方掃除してくる。」
真実:「待って。」
(真実、優太の裾を掴む。)
優太:「ん。どした。」
真実:「バスルーム……下着干してるから、後にして……」
間。
優太:「了解した。」
夢の声:そう言って君はキッチンの掃除を始めた。
彼女は黙々とオムライスを口に入れる。
真実:「…………ねえ。」
優太:「んー?」
真実:「……私、なんで生きてるんだろう。」
優太:「…………。」
夢の声:君は思い出す。高校時代にした会話を。
真実:『ねえ、ユウタ。』
真実:『私たちってなんで生きてるんだと思う。』
間。
優太:「さあ、なんでだろうな。」
真実:「……。」
優太:「俺が言えるのは──」
夢の声:“マナミが死ぬことを許さない理由くらいだ。”
優太:「…………。」
夢の声:──そう、言いたかった。
真実:「……。」
優太:「……昔マナミが出した答え、“星の運営を続ける事”。
そこから外れる事は無いんじゃないか。」
真実:「………………ああ……私、そう言ってたんだ。」
優太:「……うん。」
真実:「じゃあ……私から何か、未来に引き継ぐ何かが無いから……生きる意味無いんだね。」
優太:「…………。」
夢の声:嗚呼。間違えた。君はそう思ってる。
じゃあ、君はどうする。
優太:「マナミ、何があったんだ。」
夢の声:そう、もうそうするしかない。
踏み込んで、知るしかない。
そうやって君が手を伸ばさないと、君が取りたい手は取れないから。
真実:「……………………。」
優太:「……。」
真実:「……生きるのが、辛いの。」
優太:「そっか。
それは、どうして。」
真実:「…………。」
間。
優太:「アルガゼル。」
真実:「……え?」
優太:「原因遡及(げんいんそきゅう)だ。
俺はマナミが“辛い”と思う理由を知りたい。」
真実:「……。」
夢の声:彼女はぽつり、ぽつりと自分の現状を零す。
毎日7時に時間外出勤、17時の退勤時間を超えた21時までの時間外労働。
それなのに薄給で家賃光熱費税金、奨学金の返済で手元に残る金は雀の涙ほど。
なのに税金も、物価も光熱費も上がっていく一方。
辞めて転職しようにも次に繋がる何か、資格も特技も実績も無い。
そんな現状に絶望している事を。
真実:「お母さんたちを頼ろうって思うこともあった……。
私は行きたい大学落ちてて……入った大学も中退してて……
その上仕事も続かなくて……
けれど、お兄ちゃんはしっかりしていて……
……ううぅ……」
優太:「………………。
よし、じゃあまずは仕事辞めるか。」
真実:「えぇ?」
優太:「そんなクソみたいな会社、居てもマナミが潰れるか死ぬかの未来しか無いだろ。」
真実:「で、でも、私、どうやって生活すれば……
お母さんたちを頼るのは──」
優太:「俺がいる。」
真実:「………………えぇ?」
優太:「俺は今、3DKの部屋に住んでいて、ひと部屋余っている。
このまま持て余したままでは部屋は埃が貯まる一方で不愉快だ。
そして俺はさっきも言ったが料理も掃除も好きだ。」
間。
優太:「それに、俺はお前が好きだ。」
真実:「……」
優太:「だから、俺の家に来い。」
(優太、真実に手を差し出す。)
真実:「…………。」
優太:「一つ条件を出す。」
真実:「……っ」
優太:「断るな。」
真実:「…………。
ははは……今日のユウタは、いつもよりも凄く強引だね……。」
優太:「時にはそういうのも大事だって知った。」
真実:「……ありがとう。」
夢の声:そう言って彼女は君の手を弱々しく握る。
優太:「……こちらこそ、ありがとう。
俺の手を取ってくれて。」
夢の声:けれど、君は分かっているんだ。
まだ、まだなんだって。
ここからが本当に気を付けないといけないって事を。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
夢の声:それから、朝日が登って必需品や服を数着持って君の家へ。
地元から飛行機で二時間、都会から少し外れたマンションの四階の角部屋。
~優太の部屋~
真実:「ここが、ユウタの住んでる所……。」
優太:「な、なんだよ……。」
真実:「あんまり物置いてないんだね。」
優太:「え?ああ、まあ、割と必要最低限かも。」
真実:「……ねえ、ここが、作品制作用の部屋だよね。
……見てもいい?」
優太:「別にいいけど。」
夢の声:彼女は扉を開ける。
木炭と黒鉛、練り消し特有の匂い、スケッチブックの山がいくつもあり、
イーゼルには描きかけの作品が置かれている。
真実:「…………。」
優太:「……マナミの部屋はこっち。」
真実:「あ……うん。」
間。
真実:「ねえ、ユウタ。
今日は学校無いの。」
優太:「んー?無いよ。
けど、17時からバイトがある。」
真実:「バイト。」
優太:「ああ。
喫茶店でバイトしてる。」
間。
優太:「大丈夫かマナミ。」
真実:「え。
あ。
……もしかしたら眠いのかも。」
優太:「そっか。
俺が言うのもなんだけど、色々と急だったもんな。
疲れてんだろ、寝ろよ。」
真実:「うん。そうするね、おやすみユウタ。」
優太:「おう。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~真実の夢~
真実:私は、何がしたかったんだろう。
夢の声:“パティシエ。”
真実:そうだったかも。
夢の声:“漫画家。”
真実:そうだったかも。
夢の声:“デザイナー。”
真実:そうだったかも。
夢の声:“■■■■■■■■。”(無音かノイズ)
真実:やめてよ。
夢の声:“作るものは誰にも届かない。”
真実:そうかも。
夢の声:“どんなに時間をかけて、どんなに努力したって全部無駄になる。”
真実:そうだよ。
夢の声:彼女は誰にそう言われた訳でもなく、
勝手に言葉を継ぎ接ぎして自分を殺そうとする。
真実:私が大学落ちて、ユウタが受かったの、納得だった。
私はユウタほどの努力をした?
夢の声:自分の部屋の匂いは?
真実:記憶にない。
夢の声:スケッチブックの山は?
真実:せいぜい束が一つあったくらい。
夢の声:何かを自主的に──
真実:無いよ、そんなの。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~19時、優太の部屋のベランダ~
真実:「何も、無いよ。私には……。」
夢の声:風が気持ちいい。
真実:「知らない風だ。」
間。(ベランダのフェンスに手を掛ける。)
真実:「本当に、夢じゃないんだ……ユウタ……。」
夢の声:都合が良すぎる。
間。
真実:「とても苦しい。頭が、耳が、胸が痛い。君の目を見れない。
張り裂けそうな身体を夜風が抑えてくれている。」
夢の声:都合が良すぎる。
真実:「本当に、そうだ。」
間。
真実:「私にそんな価値無いよ。」
優太:「マナミ。」
(優太、真実の手を強く握る。)
真実:「……ユウタ。」
間。
真実:「おかえり。」
優太:「ただいま。
何してるの、ベランダなんかに立ってさ。」
真実:「…………んー風に当たってただけだよ。」
優太:「……そう。
そういえば、マナミの仕事の件、退職代行にお願いしたから。」
真実:「……うん、ありがとう。」
優太:「おう。
なあ、退職祝いにケーキ買ってきたんだ。
一緒に食おうぜ。」
真実:「チーズケーキある?」
優太:「当然。」
真実:「“夢”みたい。」
優太:「“現実”だぞ。」
真実:「……。」
優太:「だから、終わらないぞ。」
真実:「終わるよ、いつかは。」
優太:「今じゃない。明日にもしない。明後日にもしない。」
真実:「……。」
優太:「なるだけマナミの寿命伸ばして、そして死ぬまで、お前を幸せにする気でいる。」
夢の声:“酷い人だなぁ。”
真実:「……ふふっ……優しい人だなぁ。」
(真実、優太の手を解いて部屋に入る。)
真実:「うん。分かった。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
夢の声:21歳。
もしも君が有言実行して、上手く行ったとして、
彼女が死ぬのはあと60年くらいだろうか。
真実:「……長い。」
夢の声:虚な日々を60年。
真実:「……永い。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
優太:「マナミ、今日は何食べたい。」
真実:「しょうがやき。」
優太:「マナミ、今日は何したい。」
真実:「にっこうよく。」
優太:「マナミ、今日は遊園地行こうか。」
真実:「たのしみ。」
優太:「マナミ、もうすぐ誕生日だろ、何が欲しい。」
真実:「いっしょにいてくれればいいよ。」
間。
真実:「。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~優太の部屋~
(真実、部屋を暗くして隅で蹲っている。)
真実:「……。」
夢の声:彼女が初めて好きになった君。
最初は泣き虫で弱虫で、けれど優しくて弱くても負けない君。
真実:「……ふふ。」
夢の声:彼女の勝手で傷つけられ、傷つけられ、そして絶交を突きつけられた君。
真実:「それなのに、こんなに優しくしてくれて……想ってくれていて……
こんなに沢山もらってるのに……」
夢の声:“私も何かあげたいのに。”
真実:「私……何もない……」
間。
真実:「なんにもないよ……。」
夢の声:“私は何をしているんだろう。”
真実:「わかんない。」
夢の声:“私はどうして生きてるんだろう。”
真実:「わかんないよ。」
夢の声:“私はこれから、どうなるんだろう。”
真実:「かんがえたくないよ。」
夢の声:“私は──”
優太:「マナミッ!!!」
真実:「──っ!!」
(真実、ベランダのフェンスに立っていた。)
真実:「ひゃっ!!!!」
優太:「──ッ!!!」(真実を部屋の方に引っ張る。)
間。
真実:「…………っ。」
優太:「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
真実:「ゆ……ユウ──」
優太:「間に合って良かった……。」
真実:「…………ユウタ……」
優太:「…………これからどうなるとかさ、どうして生きてるのかとかさ……
ぶっちゃけ考えたくないよな。」
真実:「……ユウタ……。」
優太:「まだ二十年過ぎた程度しか生きてないけどさ……
……本っ当にマジ無理。」
真実:「…………。」
優太:「高校生の頃は……そういうの、全部見えてる気で居たのにな。」
真実:「指針が……ブレちゃったからねー……」
優太:「そうだな……。
指針がブレたから、未だに後悔してんだ。」
真実:「……。」
優太:「俺、お前を助ける為に“先生”になったのに……。」
間。
優太:「自殺したくなる気持ち、分かるようになっちゃったんだ。」
(優太、真実をより強く抱きしめる。)
真実:「ユウタ……?」
優太:「けれど、マナミに死んで欲しくない……。」
真実:「……。」
間。
真実:「私も、ユウタに死んで欲しくないよ。」
間。
優太:「マナミ……?」
真実:「だからさ──────」
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
~現代、優太の家~
(優太、目を覚ます。)
優太:「────────っ」
間。
夢の声:おはよう。
優太:「………………ゆめ……。」
夢の声:そう、夢。君の選ばなかった選択は、現実じゃない。
君が唯一否定していた彼女の言葉こそ、夢なんだ。
優太:「また、この夢か……。」
間。
優太:「……はぁーーーーーーーーーー…………
俺はいつまで……」
夢の声:けれどね。
君が選んだ選択が現実で、それによって多くの人を助ける事になったんだ。
間。(優太、ベッドの上で蹲る。)
夢の声:彼女は死んじゃったけれど、君は生きないと。
優太:「なるだけ多くの人を、お前の様にならない為の……僕だ。
だから僕は“医者”になった。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~心療内科「ゆかりひさクリニック」~
おどおどした女性:「………………。(知らない場所で緊張してる。)」
女性の弟:「……。」
優太:「初めまして。僕の名前は九重 優太(ここのえ ゆうた)。
これから、長い付き合いになると思うから宜しくね。」
───────────────────────────────────────
END