[台本]色(しき)を想ふ、空(くう)を感づ
“無駄ではない事”など無い。そんな無駄な雑談話。
登場人物
○空(そら)
年齢不詳、性別不詳
全てを思い出した大天才。
空(くう)な世界を儚み、長い長い余生を揺蕩う。
その在り方は空(くう)の対角線上。
○色(しき)
年齢不詳、性別不問
空の付き人で身の回りの世話を、する義理は無いが、
空の掌の上で転がされている。
空の事を尊敬しているが、同時に呆れている。
空 不問:
色 不問:
↓これより下が台本本編です。
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(空、寝転がって部屋の掃除をする色を眺めている。)
空:「…………。」
色:「ふんふんふん~♪」
空:「…………。」
空:「色即是空(しきそくぜくう)。」
色:「ん、どうしたのですか、自己紹介ですか。」
空:「そうだな、だが同時にそうではない。
私はまたこの言葉を思い出し、儚んでいるのだ。」
色:「はあ。」
空:「君の知る様に、私は大天才だ。」
色:「やめてください、大天才様。
ご自分でおっしゃられると途端に陳腐に感じてしまいます。」
空:「事実であり、誰も言ってくれないのだから、自分で言う他無いだろう。」
色:「一切。納得出来ない論理ですよ。」
空:「そんな大天才たる私は全てを知ってしまった。」
色:「聞いちゃいない……。」
空:「否、否否否(いやいやいや)。全てを知ったとはなんたる傲慢か。
“知る”とは“得る”という事だ。
元々、我々が持っていたモノを思い出したに過ぎない。」
色:「散々言っていますね。
謙虚に振る舞いつつもその言葉の実は変わらず傲慢です。」
空:「謙虚も傲慢で、傲慢も謙虚なのだ。
そういうものだ。」
色:「それは納得の筋です。
それで、此度は何を儚んでおられるのですか。」
空:「うむ。
それこそ、“色即是空(しきそくぜくう)”だ。」
色:「はあ。」
空:「君があくせくと、楽しそうに、鼻歌を歌いながら掃除をしている。
私はそれを見るのが、とく好きなのだ。
だが、それも夢幻なのだと思うと、鼻の奥の違和が生まれてしまう。」
色:「相変わらず、感情豊かですこと。
それをもっと表情として、声色として、表に出されれば宜しいのに。」
空:「ははは、そんな面倒な事をするものか。」
色:「私は泣く貴方を見てみたいですよ。」
空:「そうか。」
(空、表情を変えずに涙を流す。)
空:「どうだ。」
色:「よくもまあ、表情を変えずに涙を流せるものですね。
若干ながらも涙声なのも含め、不気味なのでやめてください。
魔が差した私が悪かったです。」
空:「うむ。」
間。
(色、掃除を再開する。空は相変わらず掃除する色を眺めている。)
色:「…………。」
空:「……。」
色:「しかし、どうして私たちは知性などを持って生まれてしまったのでしょうかね。」
空:「一説には、ウイルスだの細菌だの、或いは植物たちが広範囲に繁殖する為に、
進化を促したという説があるな。」
色:「それは飛躍的に知性が発達した理由としては弱いと感じます。
であれば鳥の方が媒介としては優秀かと。」
空:「確かに鳥類は人間と同じ恒温動物で、現在の種でも太平洋を横断出来る様な種もあるな。
だがな、鳥類とホモ・サピエンスには決定的な違いがある。」
色:「ふむ、それは……やはり道具を使える事ですか。」
空:「そうだな。
だが、それよりは“両手が空いている”事が強い。
両手が空いているという事は場所の開拓にも適しているし、
素手にしろ道具を使うにしろ、“物を運ぶ事”に適している。
故に、アメリカ大陸に家畜を持ち込み、ウイルスだの細菌だのが大流行し、
逆にユーラシア大陸にはとうもろこしなどの穀物が伝播したのだ。」
色:「なるほど、であれば人間の方が向いていると言えますね。」
空:「別に、我々を決め打ちで知性を獲得させたワケでは無いだろうがな。
結果的に、偶々、我々が適していた……いや、成功しただけに過ぎないのだよ。」
色:「流石です。元・名探偵の名は伊達ではございませんね。」
空:「今のは全くもって探偵要素無かったであろうよ。
して、何故そのような事を言いだしたのだね。」
色:「いえ、貴方がそのような無駄な事を考えてしまうのは、
ひとえに人類が知性を獲得してしまったからなんだろうなぁ、と思いまして。」
空:「それは流石に極論が過ぎるな。
だが、仮に私が知性を獲得していない獣であっても、
今と変わらずに世を儚んでいたさ。」
色:「それはそれは、救えないお人ですね。」
空:「そうだろう。
それこそ、私がそういうタチなのだから、遠い過去の祖先たちを睨むことこそ無駄であろう。」
色:「ぐうの音も出ないです。」
空:「ははは。」
間。
空:「…………だが、そうさな。
“無駄ではない事”など、無いからな。君のその思考も決して悪い事ではないよ。」
色:「……。」
空:「はぁ、全てを思い出し、達した境地が、色即是空(しきそくぜくう)とは、実に空虚だ。」
色:「そう思うのも、空(くう)なのでは無いですか。」
空:「そうなのだ。空(くう)なのだ。
だが生憎、私は悟り顔をし、涅槃に至れはしないのだ。
私は大天才と言われる前から、」
色:「多分この世でそう呼んでいるのは私と貴方だけですよ。」
空:「それこそ、生まれた時から、色(しき)を愛する者だったからな。」
色:「……。」
空:「そんな色(しき)が、空(くう)とは……いやはや、事実とは兎角残酷なものか。」
色:「ですが、それが真理なのでしょう。
色(しき)とは“意識”の事であります。この知覚のみで構成された私たちの世界。
であれば意識が無くなれば途端に“無”に還る。
いえ、元々無いのですから、“還る”というのも違うのでしょうが。」
空:「そうだな。」
空:「…………そうだなぁ。」
間。
空:「それでも、私は君が好きだよ。」
色:「そうですか。」
空:「ははは、顔を赤らめるくらいしてはどうだね。」
色:「何故私がそんな面倒の事をしなければならないのですか。」
空:「そこまで言われてしまうと、無理強いは出来ないな。」
色:「ふう、掃除、一通り終わりましたよ。」
空:「うむ、ありがとう。」
色:「それにしても、よくもまあ、ここまで部屋を散らかせますね。」
空:「褒めたところで何も出ないよ。」
色:「褒めていませんよ、寧ろ貶しております。」
空:「先にも言ったが、私は君が掃除をする姿を見るのが好きなのだ。
故に、散らかせば散らかす程、君が掃除をする姿を長く見られる。
どうだね、筋が通っているだろう。」
色:「自分が掃除下手で掃除嫌いな言い訳に私を使わないでください。
これ以上散らかる様であれば、私はもう掃除しませんよ。」
空:「おやおや、それは頂けない。
であれば程々にしておかなければな。」
色:「よくもまぁ、こんな体たらくで大天才だの色即是空(しきそくぜくう)だの儚むだのと宣えたものですね。」
空:「良いではないか。
言の葉とは自由なものだ、発するだけならタダである。
その発した後にどうなるかは保証しかねるが、それはそれとして、発する分にはタダだ。」
色:「私はまさに発した後の貴方の様(さま)の滑稽さに呆れているのですよ。」
空:「だがそれも空(くう)だ。」
色:「わ、居直られた。それは流石に大人気なく卑怯ではございませんか。」
空:「そうだな、だがそれも空(くう)なのだよ。
故に、私は自由に生きる。
人の目なんぞ気にしたところで自分を縛ってしまうのであれば邪魔なだけであろうよ。」
色:「無敵の人になられてしまわれた。」
空:「何、かと言って何をやるでもないからな、案ずる事は無い。
それに、君の言う無敵の人と、私では決定的に違うものがあるからな。」
色:「ほう、それはなんなのですか。」
空:「君の言う無敵の人には“未練”があるのだ。
その未練を払うために、己を偽り、全てを投げ打つのだ。」
色:「ふむ、ですが私から見れば貴方も未練タラタラの情けないお人に見えますよ。」
空:「未練の色(いろ)が違うのだよ。」
色:「ああ言えばこう言う……。」
空:「私の未練の色(いろ)は、そうさな。
敢えて色付けするのであれば空(そら)だな。」
色:「それはそれは、また詩的ですね。」
空:「であろうよ。素直に今のは自分でも気に入っている。
空(そら)はころころと表情を変え、人を喜ばし、人を困らせる。
私の未練とはそういうものだ。人が好きで好きで仕方が無い。
故に、“無敵の人”の様に人々を害するのを善しとしないし、
己を悪しと偽る事も出来ない。私も私の好きな人の中の存在だからな。」
色:「……随分と、人を好意的に見ていらっしゃるのですね。」
空:「嗚呼、そうとも。そういう性格故、な。」
色:「…………。」
色:「きっと皆は貴方の事を、貴方の言葉を理解しませんよ。」
空:「構わないとも。」
間。
空:「そういうものだ。人は他を真に理解する事など出来ない。
類似に対して共感するのが精々だ。
だが、それで良い。」
色:「色即是空(しきそくぜくう)、空即是色(くうそくぜしき)だというのに……。」
空:「そうだな。
全ては無であり、無は全て。全ては畢竟(ひっきょう)、同じ。
だのに、人は知性を持ってそれを否定し、自分の理知外を駄とし、嘲る。」
色:「…………。」
空:「それで良いのだよ。
人は斯く在るべしだ。」
色:「……そうですか。」
空:「うむ、人の多様性は色だ。それを空(くう)の一言で一蹴するのは、
事実で真理かもしれないが、芸が無い。
故に、私はそれを良しとしないし、憂い、儚む。」
色:「…………。」
空:「私が君を愛してやまないこの感情を空(くう)とは言われたくは無いからね。」
色:「…………そうですか。」
空:「ああ。」
色:「…………。」
間。
色:「では私はこれにて。」
空:「おや、もう帰るのかね。」
色:「はい。」
空:「そうか、では気を付けてな。」
色:「恐縮です。」
空:「帰ってしまうのであれば、君に買っておいたモンブランは、私が食べておこう。」
色:「…………。」
空:「ふふふ、モンブランは紅茶ともよく合う。楽しみだ。
……む、どうしたのだ。立ち止まって。」
色:「貴方は本当に意地悪ですね、ソラ。」
空:「否、否否否(いやいやいや)、ただの手練手管だよ、シキ。
どれ、茶を淹れよう。
煎茶と紅茶と珈琲、何が良い。」
色:「わざわざ聞かずとも、用意しているのは一つだけの癖に。」
空:「うむ、紅茶だな。座って待っていたまえ。」
色:「はい。」
間。
色:「全く、全てを透かして人をおちょくっておきながら、何が色即是空(しきそくぜくう)と儚むか。
煩悩塗れめ……。」
色:「…………。」
色:「くぅ……!」
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END