[台本]愚か者は良くも悪くも自分を見ていない
世界情景、場面状況
独りよがりな愚か者の独白。
そこに1人、部外者が入り込む。
これもまた九つの砕かれた物語の断片の一つ。
神を脅かすでも無く、世界を脅かすでも無く、人を脅かすでも無く。
ただただ自分自身が自分自身を脅かす自滅の物語。
登場人物
○城崎 止(きのさき とまる)
年齢不詳、男性
どんなに世界が残酷でも自分は優しくあろうとする愚か者。
その特性故に他者を傷付けない様にしている。
が、何も出来ない自分に関しては死ぬべきと考える自分嫌い。
○灯(あかり)
年齢無し、女性
名前がなかった誰かの走馬灯の案内人。
本来自我、性格等を持つ事は無いが、持つことが出来たイレギュラー。
今は夢や精神世界に入り込み、干渉、鑑賞する事が出来る。
城崎 止♂:
灯♀:
↓これより下が台本本編です。
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灯:これは愚か者の話。
止:「……。」
灯:「また君は部屋に篭っちゃって、何をやってるんだい?」
止:「……。」
灯:「……ま、私の声は聞えない、か。」
止:「聞こえてる。」
灯:「……じゃあ、なんで無視するんだい?城崎 止(きのさき とまる)?」
止:「君は、僕の頭の中の幻聴だから。
君は僕だ。僕は僕と会話しようとは思わない。」
灯:「……私は確かにトマルの精神世界にいるけれど、
私は君じゃない。君の中に侵入した他者だよ。」
止:「そう……。」
灯:「信じないのも無理もない。」
止:「ああ。信じない。
でも、一応聞かせてもうけれど、
君は何の為にここに来たんだ?」
灯:「それはトマル、君を観に来たんだ。」
止:「観に……来た……?」
灯:「元々私は誰かの走馬灯の案内人でね。
私の思い通り、というわけには行かないけれど
人の記憶、夢を鑑賞出来るんだ。」
止:「……鑑賞出来るだけ?」
灯:「……鑑賞出来るだけ。」
止:「……。」
灯:「今しょうもないって思っただろ。」
止:「思ってない。」
灯:「……良いけどさ。」
止:「……まぁ、好きにすればいいよ。」
灯:「……。」
灯:これが私とトマルのファーストコンタクトだった。
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灯:これはある日のトマルの様子。
止:「別に、人のせいにしても良いんですよ。」
灯:トマルは他者に相談、というか愚痴を聞いていて、
なんか諭していた。
止:「あなたが楽になれるのであれば、あなたの現状を人のせいにしても良いんです。
確か に、人のせいにするのは褒められた事ではありませんし正しい事ではありません。
だけど、正しい事だけでは、あなたは楽になれない。
だから、良いんです。」
灯:事の善悪を度外視したその時の、その人だけが助かる言葉。
その言葉は相手にとってかなり心に来るものだろう。
…………しかし……──
灯:「それはトマル、君にも言えることじゃないかな?
人のせいにしても良いんだよ。トマル。」
止:「僕は良いわけないだろ。」
灯:「ふむ?何でだい?」
止:「僕は別に楽になりたいわけじゃない。
それに、僕は人のせいにしたところで楽にはなれない。」
灯:「それはどういう事だい?」
止:「だって僕の現状は僕のせいだから。」
灯:「だけどさっきの子は人のせいにしても良いのかい?」
止:「ああ。構わない。」
灯:「君とあの子に一体何の違いがあるっていうんだい?」
止:「僕は僕であの人は僕じゃない。」
灯:「……なんだいそれ?」
止:「それが僕の在り方なんだよ。」
灯:「……君って難しいね。」
止:「……そうかもね。」
灯:「……。」
灯:埒があかない。そう思った。
……しかし、彼の言い分には違和を感じる。
ふむ、なんだろうな。この感じ。
きっとこれが分かればこれは解決する……のかな?
先は長そうだ。
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灯:彼の、城崎 止(きのさき とまる)の過去を鑑賞する事にした。
昔の彼は割かし明るかった。
が、どこかやはり気持ちの悪い暗さがある。
学生だったある日、学校内でトマルが同級生に背中を刺される出来事があった。
止:「……大丈夫、とりあえず、先生たちには内緒にしよう。」
灯:「……どうしてそうなる?」
止:「こんな事が知られたら、君、退学しちゃうかもしんないだろ。
俺は大丈夫だから、皆も普通にしてて。」
灯:「何を言っているんだ。気持ち悪いぞ。
君は刺されたんだぞ。なのになんだその態度は。
何故被害者の君が加害者を庇い、周りと御そうとするんだ。」
止:「…………分かった。俺は保健室に行くから、
皆は落ち着いて。俺は大丈夫だから。
…………。
……さて、保健室の先生にはなんて言おうか…………。
転んだら裂けた、で良いか。」
灯:「何も良くないだろ。
素でこれを言っているのか……トマルは……
気持ちが悪い……。」
灯:そう、気持ち悪いのだ。
彼は自分に対しての害は全て許す。
だが他者へ害が及ぶ事はたとえどんなものでも許さない。
一見、とても良い人間に見えるかもしれない。
実際、この刺傷沙汰はある種の美談として周りに話されてるらしい。
けど彼の場合は何か違う。しかし何が違うのか、それが分からない……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
灯:それより前の彼を鑑賞する事にした。
が、無理だった。
何故かトマルのこれより前の過去は参照出来ない。
灯:「……なあ、トマル。」
止:「何。」
灯:「君はなんでそんなんなんだい。」
止:「そんな事を言われても困る。
僕は昔からこんなんなんだ。」
灯:「……君の過去を少し観させてもらったよ。
中学生の時の刺傷沙汰を。」
止:「……あれが、どうかしたの。」
灯:「君は、トマルは被害者だったのに何故あんな行動を取ったんだい?
あれは加害者の子が全面的に悪かった。
だというのにトマルは庇った。
どうして庇ったんだい?あの子を。」
止:「……簡単だよ。
僕のせいで学校退学なんてシャレにならない。
何よりも僕はあの時別に痛くなかった。
勝手に血が流れてきただけだ。」
灯:「あの子はそれだけの事をしたという事じゃないか。
それに、そこそこの深さだったと聞いたよ。
どれくらいだったのさ。」
止:「覚えてないよ。そんなのどうだっていいし。」
灯:「……はぁー……君には呆れたよ。」
止:「勝手にしてくれ。
とにかく、あれは僕にとって大した話じゃない。
なんなら僕が被害者で良かったと思ってる。」
灯:「……は?」
止:「もしもあの時、別の人が刺されてたらもっと大事になってたかもしれない。
だけど僕だったからあの程度で済んだんだ。」
灯:「けど君は怪我をしたんだぞ。」
止:「ああ、それだけで済んだ。
そして、それ以降あの学校で、僕の在学中は、僕の知る限りでは、
刺傷沙汰は起きていない。
それで良いんだよ。」
灯:「……君は、自分をなんだと思ってるんだい。」
止:「アンタの言う通り、気持ち悪い人間だよ。」
灯:「そうかい……。
君は自分が特別な存在とでも思ってるかい?」
止:「…………。……そうだけど?」
灯:「ふーん。」
止:「正確には、僕は特別な存在でないといけないんだ。」
灯:「どうして?」
止:「……分からない。」
灯:「へ?」
止:「分からないんだ。僕にも。
常に僕を責め続けるこの焦燥感が消えない。
何故責められてるのか分からない。
僕は過去に何かしてしまったのかもしれない。
何か、“約束”をしていて、それを忘れているのかもしれない。
けれど、そんな記憶は無い。
ならば“所謂(いわゆる)”前世というやつなのかもしれない。
ならば、確かめようも無い。
何をやってても、誰と居ても、何を思ってても、
この難詰が脳裏にこびりついている……。」
灯:「……。」
灯:初めて、自分の弱さを語った。
これは本当に参っている、ということだろうか。
灯:「君は、それを知りたいのかい。」
止:「分からない。」
灯:「君は、誰かに許されたいのかい。」
止:「分からない。」
灯:「君は、どうしたいんだい。」
止:「分からない。」
灯:「……君は分からない事ばかりだね。」
止:「そうだね。
僕は分からない事だらけだ。
それは皆一緒なんじゃないか。」
灯:「そうかもしれないね。」
止:「僕はこの難詰が晴れるまで……
いいや、たとえ晴れたとしても僕は変わらないよ。
僕は僕だ。
君が何を言おうと、僕は変わらない。」
灯:「そんな気はするよ。
……君は気持ち悪い。だけど君は優しい。
そういう性分なんだろうな。」
止:「優しい……ねぇ……
そんな事は無いさ。
誰かが苦しんでいる時、もしもの事を考えるんだ。
もしも、自分が同じ状況であればどうだろう。
助けてほしい、と思う。だから僕は助ける。
ただ、それだけ。
さっきの刺傷沙汰も同じだよ。
僕が刺してしまった時、僕は黙ってて欲しいと思う。
だから僕も黙ってた、それだけなんだよ。」
灯:「……歪んでるね。
でも君は、実際そんな状況になっても助けを求めないんだろ?
それは何故だい?」
止:「周りの人は助けるのが面倒だと思ってるからさ。
だから、僕は助けを求めない。」
灯:「君は本当に矛盾を抱えているね。」
止:「矛盾なんかしていない。
それが僕と僕以外の違いでしかない。」
灯:「……皆を助けるのが君なら、君を助けるのは誰なんだい。トマル。」
止:「誰も居ない。
僕を助けるのは僕の様な人間だけ。
……仮に僕がもう一人居れば、ソイツに助けてもらえるかもしれない。
いいや、真にそれが僕と僕なら、助けないかもね。」
灯:「自分も自分を助けないのかい?
なんでそう自分の事を雑に扱う。」
止:「僕は何よりも、自分が大っ嫌いだから、大事にするなんてまずない。」
灯:「知ってるかい。トマル。自分を愛せないヤツは誰にも愛されないし、誰も愛せないんだぞ。」
止:「……なんだ藪から棒に。
だけど、その通りなのかもしれない。
だから今僕はこんなんなんだと思う。
自分が嫌いで、愛せなくて、だから他人を信用できなくて、
……勝手に独りぼっちになって、今、アンタという妄想と会話してる。」
灯:「前にも言ったけど、私は君じゃない。
そして君の妄想でも無い。」
止:「そんなアンタは何故僕と会話する?
何故、僕を鑑賞している?
僕を鑑賞する理由は?」
灯:「……理由は無いよ。トマル。」
止:「嘘。何が目的だ?
元・誰かの走馬灯の案内人。
……いや、せっかくだ、名前で呼ぼうか。“灯(あかり)”。」
灯:「……ッ!?……私、君に名乗ったかい……?」
止:「いいや?
ただ、一つだけ言っておこう。
何もアカリだけが観てると思わない方が良い。
さあ、アンタがここにいる理由を教えてくれ。」
灯:「……。
今は言えない。」
止:「そう。
まぁ、いいけど。
……今日はありがと。」
灯:「え……?」
止:「妄想相手だとしても、沢山喋れて楽しかったよ。
じゃ、おやすみ。」
灯:「だから私は……!……ま、おやすみ。トマル。」
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灯:また、別の日の話。
その日のトマルは何もしなかった。
ただ寝ていただけ。
数時間おきに目を開けるが、
何か苦しそうな顔をして目を伏せ、外の世界と自分を遮断する。
それを繰り返すだけ。
灯:「トマル。もう日が暮れているぞ。
君は一体何をやっているんだい。
日がな一日寝ているだけだなんて、勿体ないじゃないか。」
止:「……それには同意するよ。
だけど、一日寝るのも十二分に有意義な過ごし方の一つだ。
僕は勿体ないと感じるけど。
…………虚無なんだ。
何もやる気が出ない。」
灯:「それは大変じゃないか。」
止:「ああ、由々しき事態だと思う。
本当にどうしたものか……
やらなきゃいけない事はたくさんある……
やりたいと思ってた事もたくさんあった……
けど、何もかもが億劫だ……。」
灯:「ふむ、何か出来たら良いのだけど、
生憎、私は物理的干渉が出来ないからな。
出来る事が限られ過ぎている……。」
止:「……気にしないでくれ。
直接触れ合えた所で変わんないよ。
まぁ、一人で黙々としているよりは今の方がマシ、かな。」
灯:「おや、今日は一段と優しいじゃないか。」
止:「本当の事だ。
君と会話が出来るのは、正直助かっている。」
灯:「…………いえいえ。お安い御用だよ。
私の出来る事は鑑賞と干渉だけだからね。
そんな私でも出来る事があるのは私自身も嬉しいよ。」
止:「そう。
……お腹空いたな。」
灯:「何か食べなよ。」
止:「……いいや、億劫だから、寝る。」
灯:「……ものぐさだなぁ。
ま、次に起きたらちゃんと何か食べなよ。
…………明日が、トマルにとって良い日になる事を祈っているよ。」
灯:そう、私が願った夜だ。
彼は突然起きて錯乱した。
止:「ああ!ああああ!ああああああああッ!!
うぅッ……ウウゥッ!!!
はあああッ!ハアアアアッ!!ああああッ!!!」
灯:「トマル!?どうしたんだ!?
落ち着いて!落ち着くんだトマル!!」
止:「頼む!待ってくれ!待ってくれ!!
やめてくれ……!連れて行くなァ!!やめてくれぇ……ッ!!」
灯:「トマル……。
……。
君のその夢、鑑賞させてもらうよ……ッ!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
灯:城崎 止(きのさき とまる)の夢の中。
それはノイズだらけで、あまり状況が理解出来るモノでは無かった。
とりあえず分かるのはここが屋上である事と──
灯:「──……光が、舞っている……?」
止:「■■■……ッ?」(■■■は無音でも雑音でも良い)
灯:「え、トマル……じゃ、ない……?」
灯:屋上の奥の方に私がいて、
屋上の入り口辺りにトマル、の様な人物がいる。
灯:「怖いです……■■■さん……。」(■■■は無音でも雑音でも良い)
灯:「えッ……!?
私の口が、勝手に……!?
私が干渉するのではなく、私が干渉されてるッ!?」
灯:「■■■さん……!
私、死にたくないよ……!
怖いよ……!怖いよ■■■さん……!
助けて!私を助けて!」
灯:私の声を使って誰かの悲痛な心が叫ぶ。
本当に悲痛で、状況を理解できない私も胸が苦しくなった。
誰だ?これはトマルの過去なのか?
止:「ああ、助ける……ッ。
僕が助ける……!だからッ、こっちへッ!!」
灯:いいや、多分違う。
私の目の前にいる人物は今のトマルと同じくらい、或いは少し上くらいの年齢だと思う。
であれば、あれも誰だ?前に言っていたトマルの前世とやらか?
再び、私の口が勝手に動く。
さきほどの悲痛な声を抑え、涙を堪え、覚悟を持った笑みを浮かべ──
灯:「──……“約束”してください。■■■さん。
多分、今私を助ける事は出来ないです……。
だから……、“約束”してください。
私を、“私たちをいつか、助けてください”……ッ!」
止:「何を言ってる……!
今助けなきゃ意味無いだろ!!
こっちに来い!まだ、まだ助けられる方法があるハズだ!」
灯:「■■■さん……。」
止:「お願いだ!まだ諦めないでくれ!!」
灯:「……■■■さん……ありがとうございます……。
だけど、だから、
“お願いします……!私たちを助けてください”……ッ!」
止:「分かった!約束する!!
だからッ、こっちへッ!!」
灯:必死な形相。
私には状況が理解出来ない。
故の困惑。だが、これが多分、トマルにとって大きな何かなのは間違い無い。
再び、勝手に動く。
灯:「……ありがとうございます。■■■さん……ありがとう……。
だけど……だけど……やっぱり、怖いよ……
消えたくない死にたくない忘れられたくない……怖い……怖いよ……!!」
止:「ッ」
灯:彼は言葉に詰まる。
その瞬く間、強く風が吹く。
止:「うぅッ……!
風が……ッ!■■■ッ!
………………ッ!
ああッ、ああああああああ!!
あああああああああああああああ!!!」
灯:風と共に光が溢れ、彼の前から私を使った誰かは消えた。
そこで世界は暗転する。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
灯:「……うっ……夢の中から追い出されたのか……?
ッ!トマルは……!トマル!大丈夫か!トマル!」
止:「…………ああ。」
灯:「……はぁー、良かったよ。君が無事で……。」
止:「……今のは、なんなんだ……」
灯:「私にも分からない。
君は、いままで同じ夢を見たことがあるか?」
止:「…………分からない。
だけど、どうしても既視感がある。
何よりも……あの声……。」
灯:トマルは震えだす。
多分、トマルには私の姿に見えず。私の声には聞こえなかったのだろう。
彼にはどの様に映っていたのだろうか。
止:「……あの声が響くんだ。
……いつも……いつもいつもいつもいつも……
あの声が僕を急かすんだ……
あの目が僕に訴えるんだ……」
灯:「だけど、何を急かしているのか、何を訴えているのか、分からなかった。」
止:「……ああ、そうだな。その通りだ。
そして、結局今も、分からない。
“私たちをいつか、助けてください”……
……どういう事なんだ……誰から?どこから?何から?
何も分からないままだ……。」
灯:「……とにかく、それが君の根底を形作っているんだね。
君は、誰を、誰かからか、どこかからか、何かから、助けるか分からない。
だから君は誰もを助けようとする。
君を縛っている“約束”を果たす為に。」
止:「……。」
灯:「君は自分を特別な存在、いや、特別でないとならない存在だと自分を称した。
それは栄光だの誇りだの矜持だのからではなく、
自責、贖罪、難詰からだ。
その大元は、さっきの夢の出来事。夢の中での“約束”。
“約束”は呪いに変性し、トマル、君を蝕んでいる。」
止:「……。」
灯:「だけど、トマル。
よく考えて欲しい。
これは飽くまでも夢だ。
私は君の記憶を鑑賞したが、あんな場面は無かった。
そもそも、多分あれは君の記憶じゃない。
大方、何かの作品のワンシーンが強く印象に残って、
それがぼやけ、まるで自分の出来事の様に勘違いしてるだけさ。
だから、トマル、君が気にする必要は無いんだよ。」
止:「……ダメだ。」
灯:「……どうしてだい。」
止:「アンタの言う通り、多分あれは僕の思い出じゃない。
僕の知り合いにあんな人はいなかった、と思う。
だけど、そんなのは理由にならない。
僕は、助ける。」
灯:「あの様子だともうこの世にはいなさそうだけど、
どうやって助けるのさ。」
止:「分からない。」
灯:「そもそも、あれは実際に起きた事なのかい?
あれがもしも現実に起きた事でなかったら助けるも何もないじゃないか。
真偽は分かってるのかい。」
止:「分からない。」
灯:「それでも、あの子を、あの子たちを助けようとするのかい。」
止:「ああ。当たり前だ。」
灯:「……そうかい。」
灯:不屈。
それが今のトマルに相応しい言葉だろう。
己の事であればいくらでも屈服する癖に、
己以外の事であれば不屈を保ち続ける。
如何に孤独で、虚無で、悲痛であっても、
彼の心は折れない。あの“約束”という名の呪いのおかげで。
灯:「おや、どこに行くんだい。トマル。」
止:「外の空気を吸いたくなった。」
灯:「そうかい。ごゆっくり。
…………分かったぞ。分かったぞトマル。
君の違和の正体を、君の気持ち悪さを……。」
止:「…………誰なんだ……君は……
……“私たち”って……。」
灯:「君は自分を見ていない。
正体不明の幻影の演者として振る舞い、転び続けているだけ。
残響に身を震わし、無力な現実の自分を蔑み、嫌う。
しかし、これはトマルの、世界が残酷でも自分は優しくあろうとする、という善性。
果たして、良い事なのか、悪い事なのか。」
止:「……助けないと…………でも、どうやって……」
灯:「……多分、トマル以外にとっては良い事だ。
正しさを度外視した救済。
そして、トマルにとっては、本人の意志はともかく、悪い事だ。
己を苦しめるだけの愚行。
……愚かだ……愚かだよ。トマル。君は。」
止:「……僕は、なんなんだ……?」
灯:「愚か者だよ。」
止:「ッ……。」
灯:「トマル。君は愚か者だ。」
止:「……。」
灯:「君は良くも悪くも自分を見ていない。
君は間違いなく遠くない未来に自滅する。
トマル。君はそれで良いのかい?」
止:「……良いさ。
これは、自暴でも自棄でも無い。
だけど、アンタの言う通り自滅ではあると思う。
それでも良いさ。僕はそういう存在なんだ。」
灯:「……。」
灯:城崎 止(きのさき とまる)の物語は間違いなく断片の一つだ。
だけど、ある一人を除いて、何ものもこの物語を脅かすモノはいない。
それ故に、彼は神を脅かす事も、世界を脅かす事も、人を脅かす事も無い。
灯:「自滅の先に、君は何を見るんだい。」
止:「分からない。
けど、何も見れないと思う。
……あ。」
灯:「……?
どうしたんだい、トマル?」
止:「一つ。答えを得た。」
灯:「え……?」
止:「……アカリ。
僕は先へ行く。」
灯:「君……何を言って……」
止:「その前に一つ、ネタ晴らしをしておくよ。
アカリ。僕が君の名を分かった理由を。
別に僕は君を鑑賞なんかしていない。」
灯:「へ?じゃあ、なんで私の名を……」
止:「当てずっぽうだよ。
走馬灯の案内人って言ってたから適当に“灯(あかり)”って言ってみたら当たっただけさ。
人の虚をつく時、当てずっぽうというのは存外効くモノでね。
ま、外してたら“何言ってんだコイツ?”案件だけど、
外れてなくて良かった。
……あの慌てようは実に僕好みだったよ。」
灯:「なっ!き、君ッ!い、良い性格してるじゃないか……!」
止:「ははは。申し訳ない。
ま、他に言うことは、無い、かな。
じゃ、行くよ。アカリ。」
灯:「どこに行くって言うんだい。トマル。」
止:「だから“先に”だよ。」
灯:「は……?」
灯:トマルはそういうとおもむろにカッターを手に取り刃を出す。
灯:「トマル……君……お前、何をやる気だ……!」
止:「だから……先に行くんだよ。
これはその為に必要なんだ。
…………。
ぐッ!!あ、ああ……いってぇ……!」
灯:「馬鹿!胸を刺していってぇで済むかよ!!
一体何を考えてるんだ……!!
トマル!トマル!しっかりしろ!!」
止:「あっあぁ……こっ、これで良い……
僕は……これで、先に、行ける……」
灯:「どんな理由があっても死んでいい理由にはならない!
くそ!こんな時に私のこの身体は役に立たない……!!
誰かっ!くそ!!どうすれば……ッ!!!」
止:「気に、しなくて、いい……。
アカリが、気にしている事も、大丈夫、だ。
“不屈”の断片は……悲劇でも、喜劇でも、無く、終わる……」
灯:「……ッ!トマル……君は一体何を知って……!!」
止:「それに物語、の断片た、ちは皆不屈だ……、僕だけの、善性じゃ、無い……
僕が居なくても、成立する、さ。
故に、僕の物語、は、一旦、幕を閉じる……」
灯:「本当に、何を言ってるんだよ!トマル!」
止:「これは、自滅の、物語……。
しかし、自暴でも自棄でも無い……。一足先に、行くだけ……。
アカリ……この数日は、とても楽しかった……ありがとう……。」
灯:「目を閉じるな馬鹿!
何一人合点して締めようとしてるんだい!!
ちゃんと話せ!急に意味の分からない事ばかり言いやがって!
君は!一体、何者なのさ……!!」
止:「僕は……愚か者、さ……。」
灯:「……トマル…………。」
灯:そう言って、彼は事切れた。
これは九つの砕かれた物語の断片の一つ。
一見、修復とは言えない結末。
だが、この物語はこれで問題無い……らしい……。
灯:「……愚か者は良くも悪くも自分を見ていない……か……。
本当に、そうだったな……。」
灯:神を脅かすでも無く、世界を脅かすでも無く、人を脅かすでも無く。
ただただ自分自身が自分自身を脅かす自滅の物語。
自滅を選んだワケは、私には分からない。
分かる事はただ一つ。
灯:「君は──」
止:「──僕はどこまで行っても愚か者さ。」
───────────────────────────────────────
END