[台本]紅遠風財の苦悩
世界設定、場面情景
これは作家もどきと愉快な仲間たちのお話。
登場人物
〇紅遠 風財(くおん ふざい)
年齢不詳、性別不問(笑)
誰かにとっての最優にして、理想の作家、脚本家。
ウエスタンっぽい服を着ている長髪の女性っぽい恰好をしている。
事務所というか、執筆部屋を持っている。名前はペンネーム。
〇御鳥 喜梨香(おどり きりか)
年齢不詳、女性
紅遠風財の執筆部屋に時たま現れる女性。
編集者っぽい感じの事をしているけれど全然そんなんじゃない。
良い人。
○碧延 宝千(へきえん ほうち)
24歳、男性
紅遠風財の執筆部屋に入り浸っている一人称が“拙(せつ)”の男性。
紅遠 風財をよく知っていると自負しており、よくからかっている。
悪い人じゃないけど良い人じゃない。名前はペンネームらしい。
紅遠 風財♀:
御鳥 喜梨香♀:
碧延 宝千♂:
これより下から台本本編です。
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(風財、扉を開ける)
風財:「おはよ~ございま~す」
喜梨香:「おかえりなさ~い。」
風財:「………………え?」
(風財、リビングに入る。)
風財:「喜梨香(きりか)……さん……」
喜梨香:「はい……(何かを黙読しながら)」
風財:「え……っと……ボク、鍵閉め忘れてました……?」
喜梨香:「いいえ?」
風財:「えっ……?じゃあ喜梨香さんどうやっ──」
喜梨香:「(遮る様に)くおんちゃん!今読んでるので!!」
風財:「ぅえっ……!?
……ぁ……はい……」
(風財、リビングのソファーの方へ行く。)
風財:「うわぁあッ!……って、碧延(へきえん)君……!」
宝千:「どうも。」
風財:「ちょ、ちょっと!ヘキエン君もキリカさんもどうやっ──」
宝千:「(遮る様に)しーっ……今、読書中です。」
風財:「え……あ……えぇ……???」
宝千:「締め切り、近いのでしょう。早く執筆作業に入ってはどうです?風財(ふざい)センセー?」
風財:「センセーと呼ぶな!
フン!言われなくたってやりますよ!」
(風財、喜梨香の向かい隣りに座りノートPCを開く。)
間。
(風財→執筆中、喜梨香→熟読中、宝千→読書中)
喜梨香:「う~ん……」
喜梨香:「う~~~ん……」
風財:「……。」
喜梨香:「う~~~……」
宝千:「……。」
喜梨香:「う~~~!!」
風財:「そのうーうー言うの辞めてください!!」
喜梨香:「くおんちゃん!!」
(喜梨香、ぐいっと風財に寄る)
風財:「えっ、あっ、はい……な、なんですか?」
喜梨香:「くおんちゃんって男女での付き合う前の恋愛ってあんまり書かないよね。」
風財:「え゛……。」
喜梨香:「そう思いません?くおんちゃん?」
風財:「えーっと……いや……そんな事は無いと思うのですか……。」
宝千:「確かに、御鳥(おどり)さんの言う様にあまり多い方ではありませんね。」
喜梨香:「あ、ホウセンさん。いらしたんですか。」
宝千:「ええ、ずっと。
あと拙(せつ)のペンネームは“碧延 宝千(へきえん ほうち)”です。
ホウセンでは無いです。
男女間の恋愛を書くにしても、基本的にはもう付き合ってたり、もう両想いだったり、
付き合うまでの流れ、つまり過程をあまり書かない傾向にありますね。
ね。フザイセンセー?」
風財:「センセーと呼ぶな!
……そうでしたっけ?
う~ん……スゥーーーーーーー………………そんな気もしてきました……」
喜梨香:「どうしてなの?」
宝千:「それは拙も気になりますね。何故です?」
風財:「え?えーっと……別に理由は、無い……ですけど(明後日の方向を向く)」
喜梨香:「あ!絶対何かあるやつだ!!」
風財:「なッ、何も無いですよ!!」
宝千:「ふむ、パッと考え付くのは恋愛経験が乏しいから、とかでしょうか。」
風財:「ぐッ……」
宝千:「おや。おやおやおや……(ぐい~~~っと顔を寄せる)
そ~なんですか。フザイセンセー」
風財:「センセーと呼ぶな……!」
喜梨香:「ちょっとホウセンさん!くおんちゃんに詰め寄らないでくださいよ!」
宝千:「おっと、失敬。ついつい、隙を見せるものでしたから。あとホウチです。」
喜梨香:「がるるるる……!」
風財:「まぁまぁ、二人とも落ち着いてください。
……そうですね……ボクの恋愛経験が少ない、というのは紛れもない事実です……。」
喜梨香:「少ない?経験あるの?」
風財:「…………無゛い゛……て゛す゛……!゛」
喜梨香:「そっか~良かったです~~~♪
個人的にはそっちの方がくおんちゃんっぽくて推せます~~~~~~~~~」
風財:「くゥ……ッ!!!」
宝千:「であれば、書けないのも仕方がありませんね。」
喜梨香:「うんうん、仕方がありませんね!」
風財:「は?べ、別に書けないなんて言ってませんけど???
ボクだって付き合う前の甘い恋愛書けますけど????」
喜梨香:「あ!そうなんですか!」
風財:「はっ……はい……!」
宝千:「で、あれば、書いてもらいますかね。付き合う前の甘い恋愛を。」
風財:「くっ……や、やってやらぁよォ!!」
喜梨香:「わーい!くおんちゃんの甘い恋愛が読めるー!!」
風財:「待っててくださいよっ!今!今書いて見せるので!!!」
(風財、パソコンに向き合う)
宝千:「……。」
喜梨香:「(小声)ナイスアシストでホウセンさん。」
宝千:「(小声)ホウチです。いえいえ、拙も読んでみたいと思ったので。
利害の一致というやつです。
……それに」
風財:「う゛~~~……ん゛……甘い……恋愛……う゛~~~……ん゛……」
宝千:「(小声)フフフ、センセーの悩み唸る姿は実に……良い物ですから……」
喜梨香:「きっしょ。」
宝千:「拙、貴女のそういう急に梯子外してくる所嫌いです。」
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喜梨香:数時間後♪
風財:「で、出来たぁ~……」
喜梨香:「お!出来ましたか!流石くおんちゃん!」
宝千:「お疲れ様です。センセー。」
風財:「せ、センセーと呼ぶな……」
喜梨香:「読んでみても良いです??」
風財:「はい、構いませんよ。」
宝千:「ふむふむ。せっかくですし、演じてみますか。」
喜梨香:「あーそれもありですねー」
風財:「えっ、今ここでですか???」
喜梨香:「はい♪せっかくの劇台本ですし♪」
風財:「ん~……まぁ、別に良いですけど。」
喜梨香:「じゃ、アタシ女の子役やるので男の子役くおんちゃんやってください!」
風財:「え?」
宝千:「え。拙では無いのですか?」
喜梨香:「はい、くおんちゃんのお芝居聞きたいので。」
風財:「えぇ~そ、それはヘキエン君にやってもらった方が……」
宝千:「いえ、拙もセンセーのお芝居聞きたいので、今回は聞きに徹しましょう。」
風財:「えッ!?ヘキエン君!!?あとセンセーと呼ぶな!聞き逃してないからな!!
…………こほん、まぁ、良いでしょう。
ボクが男役ですね。」
喜梨香:「はい♪アタシはいつでも良いですよ♪」
宝千:「では僭越ながら、拙がモノローグ、ナレーションをやらせていただきますね。」
風財:「は……はい……。」
宝千:「こほん……
『舞台は安鶴(あづる)町という名の港町。
大資産家“皇 重蔵(スメラギ ジュウゾウ)”は気まぐれに町外れの館から
町へと一人で降りてきた。
娯楽も刺激も無い代わりに、平穏と爽風が流れるアヅル町。
精神が摩耗したスメラギにとってこの町は安寧であった。』」
風財:「『この町には、悪意が無い……。』」
宝千:「『そう言って微笑むスメラギの目にふと、浜辺を歩く少女が入った。』」
喜梨香:「『~♪(鼻歌)』」
風財:「『…………。』」
宝千:「『彼は少女に見惚れていた。
浜辺を、鼻歌を歌いながらスキップするその姿は、
彼の内の安寧を絵に描いた様な景色だ。
少女は両腕を後ろに組んだ状態で麦わら帽子を持っている。』」
風財:「『……フフフ、平和だな。』」
宝千:「『瞬間、爽風(そうふう)は、突風へと変わった。』」
喜梨香:「『わっ!』」
宝千:「『突風は少女の麦わら帽子を攫っていく。』」
風財:「『あっ!』」
喜梨香:「『待って~!』」
宝千:「『少女はふわりとたゆたう麦わら帽子を追いかける。』」
喜梨香:「『ああ!海に!』」
風財:「『うおおおおおお!!』」
喜梨香:「『えっ?』」
宝千:「『麦わら帽子を追いかけていたのは少女一人では無かった。
スメラギ ジュウゾウ、彼も麦わら帽子を着水させまいと駆けていたのだ。』」
宝千:「『麦わら帽子が着水してしまう瞬間。』」
風財:「『まァに合えェ!!』」
喜梨香:「『きゃっ!』」
宝千:「『ざぶん、と水飛沫が飛ぶ。』」
喜梨香:「『うっ……はっ!』」
風財:「『ぶくぶくぶくぶく……』」
喜梨香:「『えっと……あの……だ、大丈夫……ですか……?』」
風財:「『ぶくぶくぶく……ぷはぁっ!』」
喜梨香:「『わわわぁ!!』」
風財:「『はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……』」
喜梨香:「『……だ……大丈夫……ですか?』」
風財:「『麦わら帽子……!』」
喜梨香:「『え?』」
風財:「『麦わら帽子、無事だよ……!』」
宝千:「『スメラギの言う通り、麦わら帽子は濡れていなかった。
自分自身はずぶ濡れになっていたが、
麦わら帽子だけは、と掴んだ方の腕を水面より上へ挙げていたのだ。』」
風財:「『はい。君の麦わら帽子だ。』」
喜梨香:「『……ぷっ!』」
風財:「『え?』」
喜梨香:「『あはははは!あははははは!!』」
風財:「『え?え?え?』」
宝千:「『スメラギは今の状況を呑み込めず目を白黒していた。
何故少女は笑っているのか。何故そんなに楽しそうに笑っているのか。』」
喜梨香:「『あははははは!あはは……ご、ごめんなさい……!あははは……
えっと、うふふふ……ありがとうございます。お兄さん。』」
風財:「『あっ……』」
宝千:「『少女は明るく、向日葵の様に明るく、笑顔を弾かせた。
それを見たスメラギは、少女を──』」
風財:「『──好きに……なってしまった……。』」
風財:「──って感じなんですが……どうでしょう……?」
宝千:「ほうほう……なるほどなるほど……」
喜梨香:「おお~!いいじゃないですかいいじゃないですか~!!
最初の印象だとジュウゾウさんはもっと疲れてて病んでる人かと思いましたよー
くおんちゃんの登場人物大概そうですし。」
風財:「うぐっ……」
喜梨香:「けれど、平穏を願う穏やかさ、己を顧みない行動力、
少女を好きになってしまった初心!
ああ!良い!良いじゃないですか~~~~!」
宝千:「最後の方の“好きになってしまった”、これをモノローグ、ナレーションでは無く、
スメラギさん本人が言ったのが良いですね。
オドリさんの言う事と被ってしまいますが、彼の素直さが痒くない。
流石ですね。」
風財:「え、えへへへぇ……それほどでもないですよ……」
喜梨香:「いえいえ!流石ですよ!くおんちゃん!
ささ!続き!続きを紡ぎましょう!!」
宝千:「はい。では……
『それから数年後、少女と番いとなった……がその数日後、少女は事故死した。』」
喜梨香:「ちょっ、ストップ!ストップ!!」
風財:「え?な、なんですか?」
喜梨香:「“え?な、なんですか?”じゃないですよ~~!
一気に飛びすぎですよ!」
風財:「え~そう、ですかねー……?」
喜梨香:「いやいやそうですよ!
アタシは付き合うまでの過程が読みたいのに!結婚してるし!
そしてやっぱり悲劇になってるし!!」
風財:「うぅ……」
宝千:「……流石ですね。フザイセンセー(笑)」
風財:「センセーと笑いながら呼ぶな!!!」
宝千:「フフフ♪」
風財:「そうかな…………うーーーん……そうかも……
……あああああ……!またやってしまった!
ボクはいっつもそうだ……すぐ悲劇に持っていこうとする!
そんな頭になってしまった……
まぁ、それもまた味、ですよね!てへッ☆」
喜梨香:「くぁいい~~~~ってなると思いました???なりませんよ!」
※くぁいい→可愛いの意
風財:「しゅん……」
宝千:「まあまあ、すぐすぐ出来るものでもないでしょう。
紅遠 風財(くおん ふざい)、貴方の理解者として、
一つ、僭越ながら拙から案を出しましょう。」
風財:「え?」
喜梨香:「???
自称:理解者さんです?」
宝千:「違います。自他共に認められています。」
喜梨香:「アタシは初知りなので認めてませんけど!
そしてここにくおんちゃんを知っているのはアタシとホウチさんしか居ないので、
自他の“他”はアタシになる、という事で他であるアタシは認めて無いので
やっぱり自称:理解者さんです!」
宝千:「………………まぁ、別にそういう事でも良いですけど。」
風財:「ボク的にはヘキエン君に理解者ヅラされるの物凄く嫌なんですけど。」
喜梨香:「ふふーん♪」
宝千:「……で、案なのですが……
貴方は一話完結の短編モノを悲劇に書く傾向にあります。
勿論、例外は存在します。
が、ラブストーリーとなると特にそうなりがちです。」
風財:「ほ、ほう……。」
喜梨香:「うーん、確かに。
そんな気がしますねー」
宝千:「そうでしょう。
しかし、連作の場合は、その限りではありません。」
喜梨香:「連作、ですか」
風財:「要は一話二話と続いたり、過去編を挟んだりした場合は悲劇では無い物が多い、と。」
宝千:「前者はそうなのですが、後者、過去編を挟む、
或いは実は地続きパターンはそうでも無いです。
なので、ラブストーリーを書くのであれば前者、一話二話と続くタイプが適している、という事です。」
風財:「ふむふむ。」
喜梨香:「あ、確かに物語の深み、延いては
恋愛の深みを出す簡単な方法である物量に頼る事も連作ならできますね!」
宝千:「ええ、その通りです。そういった意図も勿論あります。流石ですオドリさん。」
喜梨香:「それほどでも♪」
風財:「物量に頼る……か……。」
宝千:「……もしや……そういうの嫌でしたか?」
喜梨香:「やっぱり勝負するなら質ですか……?」
風財:「え?まさか?ボクにそんな拘りはありませんよ。
確かに、“長文は駄文”だと思ってるタイプですが、
飽くまでもそれは“内容に対して見合わない無駄な物量”に対してです。
今回提示されている物量は決して無駄では無く、必要なモノだと思ってます。」
宝千:「それなら良かったです。」
風財:「ふふ、ボクは君たちが思ってる程プライドがある方ではありませんよ。」
喜梨香:「そんな事格好付けて言われても……」
風財:「まぁまぁ、とにかく。
ヘキエン君ありがとうございます。その方向で作ってみようと思います。」
宝千:「いえいえ。」
喜梨香:「むー……なんだか、ホウセンさんに良い所取られた感じがします。」
宝千:「はっはっは。ホウセンではなくホウチです。」
風財:「ふふふ。キリカさんもありがとうございますですよ。
貴女が今回指摘してくれなかったらこの結論に至るのが
もっと後だったかもしれません。
なので、ボクは喜梨香さんにも感謝してます。
ありがとうございます。キリカさん。」
喜梨香:「え……えへへへ……役に立てて、良かったです。くおんちゃん。」
宝千:「フフフ、新たな目標が見つかり、より一層励めますね。」
風財:「そうですね。
(お腹が鳴る。)
……あ……そういえば今日何も食べて無いや……」
喜梨香:「あらあら!それは良くないですよ!
何か食べないと!」
風財:「そうですねー……あ、せっかくですし、三人で何処かへ食べに行きませんか?」
喜梨香:「……。」
宝千:「……。」
(喜梨香、宝千、互いの顔を見合わせる。)
喜梨香:「賛成です!」
宝千:「好いですよ。」
風財:「では決定で!」
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宝千:ほんのちょっぴり、そう、数分後。
(風財、扉を閉める。)
風財:「よし……あ、あれ?」
宝千:「どうなさいました?」
風財:「部屋に鍵を忘れちゃったみたいで。」
喜梨香:「ああ、それならアタシ鍵持ってますよ。」
宝千:「拙もありますよ。」
(喜梨香、宝千、鍵を出す。)
風財:「かかったな!アホが!」(二人の鍵を奪う。)
宝千:「あ。」
喜梨香:「ちょっと!くおんちゃん!返してくださいよぅ!」
風財:「返してください、じゃないですよ!まったく!
なんでボクの家の合鍵造ってるんですか。“また”!!」
喜梨香:「……それは──」
宝千:「拙たちが──」
喜梨香:「くおんちゃんの事を──」
宝千:「好きになってしまったから──」
喜梨香:「ですよっ☆」
風財:「わー息ぴったり~!ってそんなあざとく言っても許しませんよ!」
喜梨香:「しゅーん!」
宝千:「フフフ……第二の合鍵を奪取したとしても第三、第四の合鍵が……この通り。」
喜梨香:「この通り~~~」
風財:「ヒエッ……なんでそんなにたくさん……」
宝千:「フザイセンセーのそのドン引き顔が見たかったからですよ。」
風財:「きしょ……あとセンセーと呼ぶな……!」
喜梨香:「いや~くおんちゃんの苦悩は絶えないですね~」
風財:「いや!原因の一端貴女たちですからね!!!!!!!!!????」
宝千:愉快な愉快な紅遠 風財(くおん ふざい)と仲間たち……でした、と。
喜梨香:ちゃんちゃん♪
────────────────────────────────────────
END